397 運命の日 32
「お疲れさまですお姉さま」
「うん」
オーデションの部屋から出てきた静川秋華にそう言って温かい紅茶を差し入れてる本郷さん。貴女はそれでいいのかな? といいたいが言わない。なんか付き人みたいになってるよ。てか付き人ならあの人が……しれっと本郷さんがいれば必要ないと思ってか居なくなってるね。
戻ってきた静川秋華は本郷さんから渡された紅茶を口に含んで一息をつく。
「どうでしたか? いえ、愚問でしたね。お姉さまが受からないはずがありませんもの。なので私と一緒に合格を待ちましょう」
「いや、待たないけど……」
「ええ、そうでしょう。お姉さまですものね。きっとあの部屋で『素晴らしい、合格だ!』と言われたんですね」
「そんな事はないから」
「なるほど、でしたら、運命……ですね」
「まあ私が合格するのは運命とは思う」
「流石です。これで共演できますね」
なんか二人がよくわからない会話をしてる。まあよくわからないのは、静川秋華の信者になった本郷さんだけど……あの子大丈夫? 主に頭が。静川秋華はひと目が有る所……というか先生の前以外ではまともだから、本郷さんがヤバい人に見えるよ。
本郷さんがどれくらいの経歴なのか……私にはわからないが、そこまでの新人なのかな? 期待の新人なら、たしかにわからなくもないけど……そもそもこんなに目立つ人なら、どっかのオーデションで出会ってたら流石の私でも覚えてるか。色々と声優の事を本郷さんはわかってないみたい。
「ととのちゃん」
「……なに?」
いきなり静川秋華が私の事を呼ぶからビクッとした。静川秋華が真っ直ぐにこっちを見るから、腰巾着と化してる本郷さんがなんか睨んでくる。やめてよ、こっち側に味方はもう……そう思ってると、田中さんが私の肩に手を置いて本郷さんと対峙してくれる。心強い。味方がいてくれた。てか別に対立してるわけではないんだけどね。なんとなくそんな風な構図になってるだけだ。
「役がぶつかってるかはわからないけど、同じ現場で会えるといいですね」
「……そうですね」
役がぶつかってたら、どっちか落ちるけどね! いうだけ言って静川秋華は奥にある椅子に座ってくつろぎだした。あんた大人気声優だから仕事押してるんじゃないの? 絶対に先生がいるこの場所にいたいが為に、他の仕事キャンセルしたな。あいつはそういう奴だ。
「あの静川秋華に期待されてるなんて凄いですね」
「ははは……そんなんじゃ……」
田中さんがそんな風に素直な感想をくれるけど……あれは期待なのか……宣戦布告のように聞こえたけど。
――がちゃ――
「匙川ととのさん、お願いします」
(……やっぱり)
ザワザワと会場がする。なにせあの……あの静川秋華の後だ。それは誰もやりたくないだろう。てかなんで……またなの? 私は静川秋華の後って業界で決まってるの? そんな不満をたらたらと脳内で垂らしてる。
「頑張ってください」
けど田中さんが純粋にそんな応援をくれるから、私はうだうだと考えるのをやめて、前を向いてドアノブに手をかけた。




