370 運命の日 5
私達はようやくオーディション会場である武雄スタジオについた。実際、制作会社のビルでオーディションを行うというのは珍しい。普通はどこぞのスタジオを借りてやったりするものだ。それこそクアンテッドくらいの大手なら、設備だって充実してて、自社のビル内で完結できるのかもしれない。でも……
「なんかみすぼらしいビルですね。私達の事務所とそんなに変わりないですよ?」
「流石に……これよりはまだマシだよ……多分」
浅野芽依がビルを見上げながらそんな事を言うから、ちょっとフォローしてた。たしかに我らがウイングイメージもそこまで誇れる様なビルには入ってない。そもそも間借りしてるだけだしね。
ビルをなまるごと何棟も持ってる大手とは違う。どうやら武雄スタジオは建物的には一棟丸々あるようだ。それだけでももしかしたらこっちが負けるかもしれない……いやそもそも何と戦ってるかしらないけどさ。
そもそもが制作会社と声優事務所を比べるのはお門違いの気もする。武雄スタジオは古ぼけた壁に蔦が絡み合ってて、窓は割れてて、けどガラスを入れ替えてなくて、ガムテープで補強してあるのが丸見えだ。看板とか傾いてるし、玄関先にある表札は消えかかってる。近づくに連れて安心じゃなく、不安が勝ってくるスタジオってのも珍しい。
いや、私達の他にもオーディションに来たと思われる人たちが集まってるわけだから、多分大丈夫だと思うけどね。皆が狸かなんかに化かされてもない限り、ちゃんとここは武雄スタジオでいいはずだ。
「ねえ、本当にここでいいの?」
「てか、大丈夫なのここ?」
「こんな所であの先生のオーディションなんてやる?」
「聞いたことあるけど、先生のアニメは予算が半端ないって話よ?」
「ええーでもここってそうは見えないわよ?」
「だよねー」
とかなんとか、私達以外にも不安に思った声優達が、そんな話をしてた。まあそう思うよね。本当なら中に入っていいんだろうと思うけど、このやってるのか、やってないのかわからない会社の風貌から皆二の足を踏んてるせいで、どうやら会社の前に声優達の人だかりができてるみたいだ。
いつものオーディション会場なら、さっさと中に入って受付済ませて、一応中は温かい筈だから、一息ついてオーディションへの緊張を高める……とかが普通だけど、皆外で寒い思いをしてるのに誰も中に入りたがらない。
相当だよね。実際お化け屋敷……とまでは行かないが、なんか怪しい……とは本能で思うほどには見すぼらしい。それに先生の作品のアニメ化って事で、色々な期待が大きかったのも影響してる。
確かに彼女達が言うように、先生の作品をアニメ化するとなれば大々的に宣伝して予算に上限なんてないみたいな……そんなイメージあるからね。
そうなると、こっちへの待遇だってオーディション会場一つ取っても違うんだろうっ夢があったのかもしれない。けど現実はこれだ……期待の大きさからの落差に彼女たちは今回の話が怪しいと、そう思ってるみたい。
そんな風に私が武雄スタジオの前で立ち往生してると、なんか見覚えのある高級車が道端に止まった。
(あれは……クアンテッドの)
私もよく乗ってるから知ってる。あれはクアンテッドの社用車だ。と、なればそこから出てくるのは勿論。
「なんでこんな所で皆さんたむろってるんですか?」
やっぱり……フワモコなコートを来た静川秋華が高級車から降りてきた。




