350 認めてくれる人がいる
「大丈夫か?」
マネージャーがこっそりとそんな事を聞いてきた。あの後、北大路さんと登園さんと別れて、私と浅野芽依は台本を受けとりにそれぞれのマネージャーのところまで来てた。一応仕切りがあるとはいえ、隣の隣くらいには別のマネージャーがいるし、下手に聞かれては問題になるからマネージャーは声を潜めてるんだろう。マネージャーも私が賄賂でオーディションへ行く権利を手に入れたとしってる。
まあ社長の好意なんだけど……周りから見たら普通に賄賂だからね。だから隠すのが一番。
「なにが……ですか?」
「お前のことだから、罪悪感に潰されそうなのかと思ったんだが?」
流石は私のマネージャーだ。既に数年来の付き合いでわかってくれてる。確かに私はさっきまで皆に悪いと思ってそれで結構胸が苦しかった。でも……今はもう大丈夫だ。さっきの北大路さんと登園さんとの会話で、私でも残せる物があるとわかった。ならズルした分は、その残す道で償う。そのためにも、オーディションに全力で挑むしかないと、そう気持ちを持っていけてる。
「それはもう乗り越えました。今までの……私と思わないでください」
「お……おう。成長したようだな」
そう言ってガサゴソとして台本を取り出してくれた。まあ実際は机の上にあったけどね。なにその小芝居? いらないんですけど。普通に渡してよ。あれかな? いつもは私は台本とかデータで送ってもらうからね。なんかどうやって渡してたのか忘れたのかな? 実際担当してる声優、渡しだけじゃないと思うけど。
「珍しいな」
「それは……これは直接……持っておきたいと思ったから……」
「……それもそうだな」
私はそう言って台本をマネージャーから受け取る。でもなんかなかなか手を離してくれないんですけど? 私が引き抜こうとしたら、指に力を込めて阻止してくる。なに? 嫌がらせ? そう思ってると、マネージャーはちょっと恥ずかしげにこういった。
「お前なら絶対に受かる。それだけの実力はちゃんとある」
「…………はい」
そうしてようやく台本を渡してくれた。それを胸に抱き、私はペコリと頭を下げてその場所を後にする。部屋から出ると、なんか浅野芽依が待ってた。
「先輩、ここからは敵ですから。容赦しませんよ」
「望むところだよ。私だって……同じ事務所だからって容赦しない。声優として戦おう」
浅野芽依がなんか手を出してきたから、私もその手を取った。なんだろう……認められたのかな? よくわからないが、なんか格好良く浅野芽依は去っていった。そして私も早速レッスン室に言って一通り台本を読むことにした。これからどの役に焦点を絞るか考えないといけない。




