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声の神に顔はいらない  作者: 上松
311/403

311 声だけで伝える難しさ

『いったんCM行きまーす』


 そんな声が聞こえた。どうやらスタッフさんが気を利かせてくれたらしい。いきなり寸劇だもんね。もしかして私じゃなくて、新人さん達に気を遣ったのかも? この放送はネットで配信してる訳だけど、実際百パー出資はクアンテッドだからCMなんてのは流す必要は無い……と思うんだけど、色々と告知しておきたい事はあるらしい。まあテレビにまではやってないしね。

 精々声優専門学校の宣伝くらいはテレビでやってるけど……こういう自社の番組でないとやれない事もあるんだろう。この番組がもっともっと多くの人に聞かれるようになったら、それこそCMを流して欲しいとかの依頼が他の企業とかかから来たりするのかもしれないが、まあ今の所そんな事はないよね。


「どうして……こんな……」


 そういうのはパリピ名二人の内の一人だ。どうやらCMに入って素が出てるらしい。さっきまで一緒に「えー楽しそうー」とか言葉尻のばして言ってたんじゃん。嫌なら嫌って言えばよかったんだ。私は強制なんてしてない。まあ断れる訳はないと思うけど……愛想良くして無いといけないんもんね。その点私が興味引かれてる彼女は全然愛想良くとかしてない。


 別にイライラしてるとかでもなく、ただビクビク、ずっと困った感じって事だ。


「せんぱーい、ちゃんと私達の事上手く引き出してくださよ~」

「そうですよー。先輩静川さんを引き立ての上手なんだから、期待してますよ~」


 くっ、裏ではこんな事を宣ってるなんてしったら、声優ファンは悲しむだろうね。まあだからって声優に諸女性とかまで求めてる今の風潮はどうかと思うけど。まあそれを売りにしてたら叩かれるのも仕方ないとはおもうよ。でも私達にも人生って奴があるからね。声優として老後までやっていける人って本当に少ないだろう。


 彼女達はどういう風に自分を売っていくのか……とか決めてそうだよね。クアンテッドはそこら辺結構細かくデビューの前にやるらしい。私は他事務所だから知らないけど……とりあえず小生意気な彼女達もちゃんと引き立てはする。仕事だしね。放送事故にはしちゃいけない。


 CM明けを告げるカウントが聞こえて、音楽と共に早速私が口を開く。


「視聴中皆さんお待たせ~。ではでは早速やっていこうかな。シチュエーションは簡単に、意地悪な継母に従ってきたけど、遂には堪忍袋の緒が切れるお姫様が何をいうかって感じで。あ、ちゃんと気品は忘れずに。聞いてる人達がこれはお姫様だってちゃんと思わせる演技をしてね」


 一応CM中にどういう感じで行くかは考えてる筈。三人とも、ここは緊張してる。私もそれなりに緊張してる。言ってしまった手前、私はそんなそぶり見せないが……手汗がヤバい。なにせこれって私の実力も必要だし。彼女は達はまだいきなりスイッチを切り替えるとか出来ないだろう。

 まずは私の台詞だし、それを聞いて、彼女達新人は物語を意識するだろう。これはいわば、私がどれだけ彼女達をその現場へと引きずり込めるか……というのにも掛かってる。そして視聴者にその光景を幻視させないといけない。

 だから、緊張しないわけ無い。


「さて、では誰からいこうか?」


 そんな言葉を掛けると、パリピの二人は大人しい彼女を見る。まあそうなるよね。私的には本命だったから後にしたかったが……これが数の暴力か……知ってた。


「それじゃあ良いかしら?」


 その声に彼女は震えながら頷く。良いも何も、やるしかない――そんな感じ。ごめんね。でも見せてほしい、彼女がここにいる価値を。

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