304 取り込まれてる気がしてくる
オーディションから遠ざかって一ヶ月は経った。去年から続いてたアニメは声優としてもう関われることはない。更に二期とかがあれば別だけど……でもそれも直ぐにはないだろう。早くと二年とかだと思う。それまで、私がこの業界に入れるのか……とても危うい。
いや、静川秋華の身代わりとしてなら、私はこの業界に居るかも知れ無い。でもそれは匙川ととのという声優としては死んでるんだろう。私はこのままではダメだと思いつつ、静川秋華の身代わりとしての仕事を受け続けてた。だって他に仕事が……本当に今や、私のレギュラーはラジオだけなのだ。
たまにナレーションがあるくらい。ほぼ前の状態に戻った。それに今はオーディションにも参加してない。それはもう、業界から去ったと同じでは? とおもわなくもなくて、かなり不安な毎日がすぎてる。でもそれでも私がまだ頑張れるのは、これまでの繋がりのおかげだった。宮ちゃんは当然として、あれだけ生意気だと思ってた芽依もそう。毎回ラジオの度に私を煽ってくるのは、多分激励なんだなって勝手に解釈してる。最初は本当に凹んでたけど、最近出来た繋がりで色々とゲストとして、ラジオとか一発のアニメの現場とかに顔を出せるのだ。
そこでベテランの声優さんに言われた。
「本当に彼女は君に止めて欲しいのかな? そうじゃないと思うよ。だって本当にどうでもいい人には、そんなことは言わないよ」
――て、優しく言われた。それは流石に良い声の声優さんと言われるだけあって、これまでの人生でひねくれてきた私の心にもストンと入って来た。それからは浅野芽依の嫌みも寛容になれるようになった。ちょっと前までも受け流せてたんだけど、それは余裕があったから……って事に気付いたよ。人間、余裕がなくなると人当たりがきつくなるんだ。
でもそれはこっちの勝手な都合であって、誰かには関係なんてない。そういうときこそ、誰かには優しくした方が良いって……そして事情を知ってる人はきっと思ってくれてると……教えられた。それが例え嫌みであってもだ。
浅野芽依も相当にひねくれ者だ。だから嫌みばっかり言ってくるんだろう。
「ととの聞いてよ!」
「なに?」
黒塗りの高級車に乗ってると、静川秋華がやってきて顔を寄せてくる。本当に止めて、その顔が近付くだけで、私のHPは削られるんだから。さらっさらの髪に染み一つ無い肌。唇もプルップルで、瞳は大きくキラキラしてる。更に良い匂い。もうなんなの? 私の事ディスってる? 本当にそう思う。
私もなんとか片目出す程度には人見知りとか改善してきたけど……静川秋華と居ると、やっぱり目を出すの止めようかなって思う。そのくらい違う。
「先生が、何かやってるのみたいなの。それを私に秘密にするんだよ。ようやく、ようやく電話の許可降りたのに!」
「先生も忙しいんだから毎日百軒も電話掛けちゃダメでしょ」
静川秋華は幾らでも恋愛経験ありそうなのに、めっちゃ情熱的だよね。それの標的にされてる先生はかなり大変そう。二ヶ月くらいは静川秋華には先生への接近禁止令が出てたからね。多分その反動なんだと思う。けど先生は大人気作家なんだから、邪魔しちゃダメでしょ。一応そういう釘を刺しておくけど……こいつが私の忠告をきくことはないよね。
私は今日も静川秋華と仕事をして、静川秋華の所属してる事務所に寄ってる。もうこれ……私自身がどっちに所属してるかわからなくなるね。




