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声の神に顔はいらない  作者: 上松
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03 編集者

「ふう……」


 キーボードを叩く手を止め、時計に目をやる。既に昼が過ぎ、おやつの時間が近くなってた。出前でも取るか……それとも外に食べに行くか? このマンションは高層マンションだ。一時の憧れでここを選んだのだが……正直失敗したか……とおもってる。高さなんて、景観の良さと自尊心しか満たせないとわかったからだ。普段の生活で便利とかない。いや、夏に蚊が居ないのは便利といえば便利だが……今やそんなの文明の利器でどうとでもなるからな。


 景観なんてのは一週間でなれる。使えるのは口説きたい相手を招いた時くらいだ。後は箔付け……か。普通のマンションに住んでるというよりも、高層マンションの上階に住んでるという方が、女の子への受けは確実にいい。「きゃー行ってみたいぃ!」って声が一オクターブ上がるくらいにはね。だが住んでみると案外不便だ。なんにしてもエレベーターを使う必要がある。それが煩わしい。外に出るにも、出前取るにもさ。まあ出前は動かなくていいが、出前の人をここまで上がらせるのが小市民な俺には気が引ける。


 そんな事を考えてるとスマホが鳴った。手に取ってみると、そこには担当のメッセージがあった。


「打ち合わせをしましょう。場所はここで」


 そんなメッセージと共に地図もある。ようはここで打ち合わせしましょうという事だろう。面倒だが、迷ってたからいい後押しにはなる。軽く身だしなみを整えて上着を羽織って外へと向かう。タクシーを呼んでおいて、そう待たずに乗り込んだ。



「お久しぶりです先生」

「いや、ほんと久しぶりだな。三ヶ月くらい会ってなかったからな」


 マジで、編集ってこんなに作家を放置する物なの? まあ何故か自分は放置されちゃう系作家みたいなんだが。まあそれも信頼の証と思ってるけどね。この人は『此花 寿々子』さん。かなりやり手の編集さんだ。俺がネット小説を投稿してる時から応援してくれたと様で、そんな自分に近づきたくて編集にまでなってきたという、ちょっと見方を変えるとヤバイかもしれない人だ。けど間違いなく優秀だ。


 眼鏡が似合うクール系大人美人だ。まあ大人といっても俺よりも年下なのだけど。タイトなスーツに後頭部で結った髪が出来る感じを醸し出してる。まさに仕事女子って感じ。この人とは仕事以外の話しをしたことがない。それくらいストイックだ。ならなぜ自分のファンかと知ってるかというと、初対面の時にそう自己紹介されたからだ。


 だからまあ、いくら面倒だと思ったり、数か月放置されてたりしても、信頼はしてる。


「お待たせしました」

「いえ、急に呼び出したのこっちなのでいいですよ」


 そういって紅茶を啜る此花さんはとても絵になる。これが落ち着いた大人の女性だ。そう思ってると、注文してたのか、料理が運ばれてきた。ここはエスニック風のオシャレなレストランだ。なので運ばれてきた料理もなかなかにオシャレな物ばかり。


「失礼いたします」


 さっき料理を置いて行ったホールの人が再び料理を持ってきた。もしかして、俺の分も頼んでおいてくれたのかな? とか思った。けど……


「お待たせしました」


 今度は別のホールの人が別の料理を運んできた。この時点で「おや?」と思う。するとその予感は当たった。次々と料理が運ばれてくる。何故に此花さんが一人で四人掛けのテーブルを占拠してたのか、その理由が分かった。二人だけなら広々としてるテーブルは、運ばれてきた料理によって埋め尽くされてしまってる。


「あの……こんなに食べれませんが?」

「誰が先生の物だと言いましたか?」


 ええ? そう思ってると、彼女はMy箸を取り出して丁寧に頂きますをする。そして静かに食べだした。それはとても黙々としてる。あまりにスムーズでびっくりだ。まあビックリというか、見とれてただけだが。食事って育ちの良さとかが出る部分だと思ってる。キャラの性格を表す時、俺は食事の動作に結構気を使ってる。だってヤンチャなキャラがいきなりパンをちぎってモソモソと食べだしたりするのはおかしいじゃん。そういうキャラはがっつかないといけない。


 まあ偏見とかイメージでしかないが、絵がない小説にはそういう分かりやすさは大切だと思ってる。勿論狙ってやるなら別だが。ギャップというのは簡単にキャラに魅力をつけれるスイッチだが、違和感で埋め尽くされないようにしないといけない。それに究極的には正当性で魅力を出せるのが腕だとも思ってたりする。


 なので此花さんはとても正統的だ。出来る女で見た目通りの育ちの良さを見せてくれるこの人は、いつしかこういう人の魅力を出し切ったものを書いてみたいと思わせてる人だ。まあけど、彼女の細身の体でこれだけ食べるというのはギャップだが。てか今日初めて知った。確かにこれまでも出版社のパーティーとかにお呼ばれしていった事はある。が、そういう所ではやっぱりそこまで食べたりはしない。料理は添え物然としてる。つまむ程度、パーティーでガチで食ってる奴なんて目立って仕方ない。


 此花さんはそういう人ではやっぱりない。ちゃんと凛としてた。てか今も凛としてる。


「先生」

「あっはい」


 流石に凝視しすぎてたか? とか思ったが、そうじゃなかった。


「お昼はお済ですか? お済でないなら遠慮なさらずどうぞ。ここはお勧めですよ」

「はあ……」


 確かに此花さんの食べてる料理はどれも美味しそうだ。いや、此花さんが美しく食べてるからきっと花を添えて美味しそうに見えてる。まさか食事で美しいと思う日が来るとは思わなかった。やっぱり三十くらいになっても驚きはどこにもある物だ。刺激になる。けど問題は量である。既に二皿くらい平らげてるからある程度スペースはあるが……あれじゃね? またあのテーブルから注文来たよ……とかここのスタッフ思ってそうじゃん。けど流石にこれだけ目の前で食べられたらこっちも減ってた腹が更に減るというものだ。


「おすすめはありますか?」

「ここはウズガラ・キョフテがお勧めですよ」


 はて、ウズガラ・キョフテとは? いや、料理を作中で出す為に一応は色々と調べたからちょっとは知識はある。どっかの国の郷土料理だろう。間違いなし。エスニックとか言ってるからきっとアジア圏の国の料理だろう。


「こういう感じの料理です」


 そういって少し腕を伸ばして、一つの皿をこちらに見えやすいように傾けてくれる。勿論、手に持ってた箸とかは完璧な所作で置いている。手に持ったまま皿を持つとかしない。箸で料理を差すとか言語道断。流石は此花さんはイメージ通り完璧だ。


 ちなみにウズガラ・キョフテはトルコ版ハンバーグらしい。ハンバーグならいいかとそれを注文した。美味しかった。が、完璧なマナーを体現してる人の前で食べるとなんか緊張した。どう見ても見劣りしてるよなって感じでさ。そんなの気にする必要なんてないんだろうが……なんとなくね。自分は基本劣等感を感じやすい人間なのだ。


「先生はハリウッドには興味ありますか?」


 どういう話しの流れなのか……いや、普通に食事しながら此花さんは言って来た。けど不思議な事に、美しさが全然損なわれてない。一体どういう事なんだ? 何かが滲み出てそれが補正してくれてるのか? いや、今はそれではないか。ハリウッドがどうとかが問題だ。


「興味がないかあるかで言えばありますけど……それがなにか?」

「先生も日本では既に手狭になってきたかと思いまして。先生の作品は世界でも売れているんですよ」


 それは薄々は知ってた。外国語に翻訳して出版してくれてるし。まあ今の時代、出版というか、配信というか。もう外国とかではそっちの比率が高いからな。わざわざ外国に本を持ってくなんてしなくても世界中で売れてしまうんだ。個人がするにはそれでもやっぱり限界があるが、俺はプロである。俺の代わりに俺の作品を世の中に出回らせるのが出版社の役目だから、個人では出来ない翻訳とかもその道のプロとかを雇ってやってくれている。


 一応完成したのは見本本とか渡されるんだけど……いかんせん読めないから翻訳家の技量を信じるしかない。勿論難しい表現とかの時はどんな言葉に置き換えられるかとか、質問が来たりする。ちゃんとこっちの意図を崩さないようにしてくれてるとわかってそういうのは嬉しい物だ。そして翻訳家の人の仕事が良いからちゃんと海外でも売れているんだろう。もう共同執筆者みたいなものだよ。まあ会ったこと無いんだが。


「それは薄々聞いてますが、けどそれって日本の書籍にしては……って事ですよね? 海外のランキングに入るような売れ行きではなかった筈では?」


 そもそも一定数オタクと呼ばれる人種はどの国にもいる訳で、そういうマニアな界隈での売り上げ程度だった筈。まあ電子配信に移ってからは日本の本の値段もこっちと変わらなくなったから一般の人も手に取りやすい価格にはなったとは思うけど。流石に海外で販売する紙の本は、色々なコストの事情で高かったのだ。けど電子本ならそこは翻訳料くらいの上乗せですむ。移送なんてしてない訳だからな。でも料金が安くなったからってそう易々と売り上げが伸びる物でもない。


 まあ少しは売上伸びてるみたいだが、まだまだ知名度低いしな。向こうでは俺の名前何てなんの販促効果もない。それこそ一部のマニア層だけが知ってる程度だろう。本場の書籍には勝ててない。そう思ってたんだが、此花さんは静かに箸をおいてその瞳でこちらを見ていって来た。


「いいえ、先生の本は海外のランキングにも乗るほどに売れています」

「そうなんですか?」


 そういって彼女はカバンから出したタブレットを操作して海外のサイトを表示してその画面を見せてくれる。すると確かに英語の本の中に、俺の本が……本が……


「どれですか?」

「これです。向こうでは向こうの郷に従ってカバーを変えてあります。ハードカバー風の方が売れるんですよ」

「なるほど」


 大体、こういうのって文字だけ英語とか外国語にして出してる物だと思ってた。いや、そういえばハードカバーの本も貰ってたかもしれない。そもそもがハードカバーならどんなデザインがいいか聞かれたかも。けど電子ならハードカバーとか関係ないよな? まあ見た目の問題なんだろうが……さすがにまだ外国の人は萌絵の表紙ではぽちりにくいのかもしれない。色々と出版社も考えて作ってるんだな。けどそれなら更に本は高くなるような? 実際ハードカバー(風だけど)ならそれなりにするものだ。けど$表示を見るとこっちの値段から一ドルか二ドルくらいしか違わなかった。


「表紙変えてるのに案外値段変わってないですね」

「そこは頑張りましたので。先生の本は沢山の人に触れられ、この国の作品の窓口になっていただけたらと思っております」

「はあ」


 つまりは日本書籍普及の為の戦略的価格という事か。まあ俺の本がどこまで売れるかはわからないが、これで日本の本に興味をもってもらえれば、確かに良いことだ。そうそう、そのランキングでは七位だった。うん、七位って微妙な順位な気がするけど、星の数ほどある本の中で七位ってのは単純に考えれば凄い。


「それでこの本をハリウッドで映画化しようとする声があるのです」

「おおー、確かにこれはSFですし、行けなくもない気はしますね」


 ハリウッド映画とか派手な印象だしな。日本だと実写でしたら、予算の関係上作り物感がどうしても向けないしな。アニメならそこら辺どうとでもなるが……どうやら出版社はもっと大きな窯で煮込みたいようだ。確かに映画で大ヒット原作物は沢山ある。有名なのがハリー〇ッターとか。あれは映画の大ヒットと相まって原作の小説もめっちゃ売れた。三千円から四千円はする本がバカバカ売れたんだから凄い。自分のもそうなれば……とも思うが、世の中んな単純ではない。

 皮算用はやらない。チャンスがゼロとも思わないけど、なるべく現実的な思考を俺は心がけてる。作家としてそれもどうなのかという気がしないでもないが、これで今まで来れたから大丈夫だろう。


「先生は前向きに検討してくれますか?」

「その相談だったんですね」

「ええ、まあ」


 此花さんの返事はちょっとそれだけじゃい感じが出てる。


「実は次回作の事でも相談がありまして?」

「それの続編ということですか?」

「いいえ、こちらは綺麗に終わってますので、蛇足は結構です」


 蛇足って……確かにその作品に関しては蛇足でしかないが……編集者としては売れた作品ならシリーズものにしたいのではないだろうか? まあこの人は見てる物が他の編集者とは違うのは分かってるんだけど……そんな俺の視線を感じ取ったのか、此花さんはこう続けた。


「先生には次々と別の作品を作り出していただくのが一番と理解してます。熱しやすく冷めやすいのが先生なので」

「はは、すみません冷めやすくて」


 そうなのだ。俺は自身の作品で同じシリーズを五冊以上出したことはない。どれだけ売れても、最初に思い描いたラストまで来たら後はもう書かないのだ。熱が冷めて、一気にモチベーションが下がる。その後はファンが勝手に妄想する二次創作を見たりするので十分。


「いえいえ、同シリーズを何十冊も出す作家は他にも沢山いますので、これは先生の持ち味です。先生のメールで定期的に送られて来るプロットの物で気になった作品をピックアップしておきました。今日の打ち合わせではこの中のどれかに的を絞れたらと思いまして。そしてそれを先方に提出したく思ってます」

「先方ですか?」


 この場合の先方とは? 編集長とか?


「ハリウッドのスポンサーの方です。次回作の件で」

「いや、一作目すらないですけど?」


 ハリウッドではまだ一作も作ってない。それなのに次回作って……なにそれ? そもそも映画化は決定なのか? 


「お任せください。先生の期待と作品に応えて見せます」


 そういう此花さんは頼もしかった。まあこの人が頼もしくなかった事はないんだが。とりあえずこの人には信頼がある。なのでそれ以上は何も言わずに二人で食事しつつ、打ち合わせをした。有意義な時間だった。やはり此花さんはいい刺激になる。なかなかに会えないのが問題だが……まあ今はネットを介せばなんでもできるからな。不便はない。ただ時々はあの姿を見たくなるだけだ。


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