293 酒は敵か、味方か
都内の寂れた居酒屋に俺はいる。何度も昔通った場所だ。よくここで……そんな事を思い出そうとしたらガラ……ガンガンと立て付け悪い扉が開く。俺はカウンターにいるから、奴も直ぐに気付いた。まあこの席も思い入れがある場所だ。いつも俺達はここに座っていた。
「ようタケ、お前なら話しを聞いてくれると思ったよ」
「ふん……こんな所にお呼びとは、俺には高い酒を出す気はないって事か?」
この居酒屋は寂れてる。亭主は既に80を超える爺さんで店内の補修とかにまでは手が回らないらしい。昔よりも確実に古びてる。まあまだ有ったことに若干の驚きはあったがな。壁に貼り付けられてるメニューも既に色あせててなんて書いてあるかわからない。それに手元にもメニューはない。なんかもう常連しか相手に為てない感じがありありだ。
椅子は引く度にギシギシ言うし、座敷もあるが、畳は色あせてる。やってきた男は「はは」と笑いながら横の椅子を引いて腰を下ろす前に酒を注文してる。そしてコップを二つ。おれがちびちびと水を飲んでた事に速攻で気付いたらしい。
「ほらよ。驕りだぞ?」
「ふん、これはお前が勝手に奢ったんだ。いいな」
「まあ、それでもいいさ」
俺はコップを受け取って、更に出てきた瓶を受け取りコップに注ぐ。昼間から酒なんて……とも思う。頑張ってくれてる社員がいるからな。だが……飲まずにはやってられないこともある。特にこいつと話すときとかだ。
「おいおい、一人で飲み干すなよ」
「なら、お前もグッといけ!」
俺はそう言って酒を奴のコップにも注いだ。俺の今回の目的はこいつから有利な条件を引き出すことだ。なら、酔わせた方が良い。酒の席での事? そんな言い訳は通らないように、ちゃんと契約書だって仕込んでる。だがこいつはあくどい。
俺が一杯も酒を飲まなかったら、普通に真面目な感じで話しが進むだろう。そうなると困る。なにせ俺は交渉事って奴は苦手だ。こいつのペースに持ってかれるのは目に見えてる展開だ。ならそれを崩すことから始めるべき。それが酒だ。俺は一時期浴びるように飲んでたからな。内臓の強さには自信がある! 酔っ払わせれば、こっちの物だ。
十分後
「んべぇぇ! おめえなんべぇそんなぁしけた面ぁぁしてぇんだぁぁぁぁ!!」
「ふん、俺はもっと度数も高く、高級な奴を飲んでるからな。安酒には酔わない体になったんだよ」
「んだとぉぉぉ!?」
そこにはベロンベロンに酔っ払った自分と、まったくしらふなままの奴がいた。おいおい、もうこっちは頭回ってないぞ……やべぇぇ。




