230 爆死アニメには出たくない
オーディションに来た。まあ私は事務所に押されてる声優である。オーディションは優先的に回される。トゥモローエナジーも話題のユニットだし、私は仕掛け人であるあの人に我慢比べで勝ったのだ。まあそれで諦めてくれたかと言われるとなんとも言いがたい。そもそも和解とかして無いし。あの人にはどうしても推しの声優がいるらしい。いやいや、そういう立場の人がそんな贔屓を……とか思うけど、実際私を贔屓してくれるんならバチ来いだからね。文句は……私じゃないから言うけどね!!
私は基本自分本位だ。自分が得するなら、何だって良い。自分が損するのは許せない。まあトゥモローエナジーの方は乗り切った訳だし、とりあえずは良い。その内三人グループを四人にするとか言いだしそうだけど、別に私が外れないのならね。そこはまだ我慢できる。そもそも私はいつだってセンター狙ってるし……けどトゥモローエナジーとかは実際固定センターなんだよね。
そして私は仕掛け人のプロデューサーに嫌われてる。絶望的だが、まだまだ周囲からの期待が高まれば、可能性はある。要は私が奴も無視できない人気を獲得すれば良いのだ。だからばんばんオーディションに出て仕事を取らないといけない。狙うは勿論ヒロイン。それか二番手の役。ヒロインなら押しも押されぬ感じで最高だし、二番手の役って実は一番ファンがつきやすい。オタクはひねくれてるからね。
一番推されてるヒロインよりもそうじゃない彼女を自分だけは推してる……みたいなのが好きなんだろう。今回来たのは異世界物のアニメだ。うん……なんとかの最終兵器とかよく言われてる系アニメだ。実際もう何番煎じだよって位だが、懲りずに作られるんだよね。ネットから始まって既に固定ファンがいるから、売り上げが見込みやすいんだって聞いた。実際爆死アニメの顔になるのはイヤなんだけど……この時点では爆死になるかは分からない。
台本には一部の台詞しかないわけだし、オーディションでは絵なんて見えない。まあでも他にも判断材料ってのはある。それはオーディションをしてる制作陣の気合いの入り方だ。そしてどれだけの声優を呼んでるのか……やっぱり大きく気合いの入った作品になるとそれこそ有名な人から駆け出し新人まで、金の卵を発掘するぞって感じでやってるのとかあるからね。そう言うのはオーディションだけで何日も掛けたりしてる……らしい。
それでいうと今回のアニメはどうだろうか? オーディション会場も広くて綺麗な場所である。そして私達の様な声優のためにお茶請けとかまである。これはなかなかに気合いを入れてると言っていい。普通はオーディションでこんなの無い。水やお茶くらい自分で持ち込めや――である。それに一人頭の時間が長い。元々が複数人のキャラを演じて欲しいってのは珍しい。大体、声優が自分に合ってそうなキャラを選んでオーディションに挑む物だからね。一人一キャラが通常で、もしかしたらその時に他のもやってくれない? とか言われる程度。けど今回は違う。最初から複数人のキャラを演じる事が前提だ。気合い入ってる。
「あら、芽衣」
「カナンもオーディション受けてたんだ」
「うん、これには出て欲しいって言われてね」
なにその既に受かることが約束されてるような言い回し。まさか……あるの? 事務所枠。カナンは私よりもかなり早く来て、今終わったらしい。まあいいや、事務所枠の事は一端置いておこう。ここは情報が手に入るって事が大切だ。いや、その内適当な知り合いの声優を捕まえてオーディション様子とかを効こうと思ってた。けどカナンがいるなら話しは早い。とか思ってると、会場がざわめいた。この場にいる声優達が一斉に奥から来る一人の女に視線を送ってる。いや、実際二人いるんだけど、存在感って奴がずば抜けてるからだろう。視線が彼女――
「静川秋華」
――にしかいかない。




