214 築いた関係は捨てられない
「匙川さん」
「は……はい」
なんか声を掛けられると自然と背筋が伸びるような感覚がある。いや、体痛くて無理なんだけどね。でもしっかり見ないといけないみたい……目を離す事が出来ない。私が目を離す事が出来ないなんて相当だ。何か変な力を使われてるのかと思う程。そう思ってるとその人は綺麗に頭を下げる。あまりにも綺麗に頭を下げたから、一瞬何をしてるのか分からなかったほどだ。そしてその体勢でそのまま……十秒……二十秒……一分位して私は声を掛けた。
「えっと……頭上げてください」
「そういうわけにはいかないわ」
「なんで?」
意思の固い声。私はこの何者か分からない人に頭を下げられてるのが怖い。だって誰か分からないんだもん。
「それは内のバカがアナタに迷惑を掛けたからです」
「バカ?」
「静川秋華の事だ」
「ええ、本当にあのバカは――全く」
マネージャーが教えてくれたバカとは静川秋華で間違いないらしい。でも静川秋華をバカと呼べるということは……この人はそれなりの地位の人って事で……なんかかなり親しげって事は……まさか――
「もしかしてですけど……静川秋華のお母さんですか?」
「ああ?」
「ひっ!? ごめんなさい!」
めっちゃギロッと睨まれた。何か相当イヤな事のようだ。
「いえ、アナタが謝ることはないわ。ごめんなさい。私はクアンテッド社長『大室 かなえ』です」
ここで新たな社長さんが来た。何? 今年は社長さんと関わる年なの? 恐れ多いんですけど……
「声優界の最大手の社長……さん」
「最大手なんてそんな、今は不甲斐ないわ。あの問題児を看板にしてないといけないんだから」
そういって大室社長は実に憎々しげに舌打ちをした。どれだけ嫌いなの? そういえば静川秋華は時々事務所との不和が噂に上がったりしてた。真実だったのかも知れない。
「本当にあれのせいでアナタにまで怪我をさせてしまったこと、心から謝ります。そして都合良いかもしれないけど、どうかこのことは内密に……してくれないかしら? いいえ、してください! お願いします」
「ちょっ!? ええ……」
私なんかよりも全然偉くて、そしてきっと充実してきた人生を歩んできたと思われる、人生の勝ち組……その人が私に向かって土下座してる。それが信じられない。いや、目の前で繰り広げられてるんだけどね。てか今日は色々と信じられない事がありすぎて……もう頭がパンクしそうだよ。はっきり言って、もう静かにして欲しい。眠りたい。眠って起きたら……全て夢で今まで通りの日常が戻ってこないかなって思う。
でも……そんなことはないんだろうな。だって私は関わってしまった。人間関係って築くのも大変だけど、なくすのも実は大変なんだなって思った。特に自分に比がないとどうあって関係を切るなんて出来ない。人と関わり合ってこなかった弊害か……面倒くさい……そういう感情が高まってるよ。




