159 大きな子供の、大きな夢 16
開いた台本はフランス語だった。普通ならこの時点で絶望だ。開演まで数時間……これだけの時間でフランス語をマスターしろ? 不可能だろう。そもそも僕はそこまで頭が良いわけじゃない。皆さん、そのことに気付いてないのか?
「あのフランス語なんですけど……」
なんて聞こうとおもったが、止めた。皆わかってる。そもそもアメリカから連れてきたとミーシャさんは紹介してた訳だし、僕が話してるのはさっきから英語だ。わかって無いわけ無いだろう。なら僕だけ強引に英語で? いや、それもあり得ないだろう。役の一人の言語が違うってなんだよ……客だけじゃなく、舞台も混乱する。てか世界観がおかしくなる。
そんなの許容できる訳ないだろう。ならこれは……僕は今までバックダンサー達が集まる場所にいたが、花形の役者達が集まってる所にいってとりあえず頭を下げた。
「皆さんの演技を勉強させてください。よろしくお願いします!」
そう言って頭をとりあえず下げる。通じてるかわからない。彼等は何も反応しない。それはそうだろう、なにせ僕に役を取られるかも知れないんだ。すると団長が何やらいった。多分通して練習でもするんだろう。本番も近いんだし当然。
そして通しの練習なんてそんなに出来ないだろう。貴重な時間だ。僕にとっても彼等にとっても。彼等は僕に視線もくれずに横を通り過ぎていく。けど最後に僕の横を通った人……この劇団の花形であろうその人がフランス語で何かいってくれた。多分「やってみろ」とかそんなんだと思う。僕は「はい」ともちろん返す。
そして彼等の演技を食い入る様にみつめる。台本と彼等の台詞を照らし合わせて細かい発音のイントネーションを書き込んでいく。台詞の意味はこの際どうでもいい。本当ならそんな事無いが、ここは彼等の演技でそれがどういう事かを察して行く方がいいだろう。
僕は別にフランス語をマスターしたいわけじゃない。役になりたいんだ。なら、今彼等が発してる言葉を覚えればいい。文字ではなく、言葉で覚える!! 通しの練習は二時間くらい続いた。それを食い入る様に見て聞いてた。
そして一通りの練習が終わった時、団長声をかけたきた。
「奪う役は決まったか?」
その言葉に僕は立ち上がって壇上の一人をみる。それはもちろん、この劇団のスター。そして主役を演じてるその人だ。すると彼はニカッと笑って「こいよ!」って言った。と思う。僕は前に進み出る。本当ならもっと端役奪うのが簡単だろう。主役ともなると台詞の量も段違いだ。けど……僕はどうしても彼から目が離せなかった。それだけの魅力があった。だから……だからこそ、あの役がいいと思ったんだ。
「よっしゃ、じゃあやってみな。そうだなクライマックスで言いだろう」
団長さんに指定された箇所は目に焼き付いてる。簡単にしてくれた? いや違う。クライマックスをヘタに演じれる訳ないからだ。この人もまた、こんなことやらせといて、役が覆るなんて思ってない。いや、この場の誰もがそうだろう。でも……僕は其れでも僕は壇上を模す印の場所に向かった。そしてその場所から周りを見渡した時、あと少しで戻ってこれると、僕は今の空気を……舞台の空気を身に纏う。




