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声の神に顔はいらない  作者: 上松
13/403

13 編集

「先生、何か隠してますね?」

「ええ? 一体なんの事やら……」


 手近なファミレスで此花編集と対面してるといきなりそんなことを言われた。なに、この人超能力者? 実は俺よりも俺の事がわかってるんじゃないかと、時々怖くなる。編集と会うという事は打ち合わせという事だ。


 前の打ち合わせで言われた小説を何個か書いて見せてた訳だけど……ふいに此花編集がそういったのだ。


「確かにどれもいいです。先生らしさが出てますし、打ち合わせで言ったことを上手く作品に落とし込んでくれてます。流石は先生です。感服いたします」

「それでは問題ない――ということで」

「――ですが――」


 一口コーヒーを啜った此花編集は少し垂れてた髪を耳に掛けてそしてこちらを見る。


「先生はここ最近、作品作りに没頭してましたよね?」

「すみません」

「いいえ、責めてはいません。それで良い作品が出来るのなら、良いのです。先生方は編集の事なんか考える必要なんてないんです。私達は先生方の一番のファンなのですから。十分見返りは貰ってます。こうやって世に出てない作品まで読めるのですから」


 く……この人はほんと……人を乗せるのが上手い。素なのかもしれないが、そこはよくわからない。そこまで感情表現豊かな人でもないしな。


「ですが、この作品も確かに商業で十分通用するレベルですが、先生ならこのくらい片手間で書けると私は知っています。先生が没頭する時は、それこそこれの比ではない傑作であるはず」


 そういって彼女の目が鋭く俺を射抜く。


「いやいや、それは……買い被り過ぎってものですよ。あはは」


 そういってみるが、此花編集の眼光が弱まる事がない。その瞳の奥の眼光は確信めいてる。


「先生はそこらの作家とは違います。私にはわかる。貴方は歴史に名を遺す人です」

「いや、それは言い過ぎ」


 マジで。確かに鼻高々で調子乗ってた時期には俺もそんな事を吹聴してたことがあったが、今はそんな事ない。自分がそんな大層な人間なんて言えるほど、メンタル強くないんだよ。


「言い過ぎではありません。先生の脚本を元に作った映画が大ヒットすれば、先生は世界的にも有名になります。そうなれば、飛躍的に作品の売り上げは伸びるでしょう。今はまだ日本を代表する作家の一人ですが、いずれ先生は世界を代表する作家の一人になります」

「持ち上げすぎだから。皮算用ですよそれ」


 そういうと、彼女はデータを予め送っておいたPCをすっとテーブルに置いて、こちらに見えるくらいの位置まで滑らせる。


「なら、早く本命をください。確かにこれでは、役不足なのですよ」

「それでもいいと今言いませんでした?」

「良い、と、ベストは違います。良いですか先生? 私達編集は作家の作品を世に届けるのが仕事です」

「知ってますが?」


 結構誰でもそう思ってる。まあ本当はもっと色々とあるんだが、編集者とは、作家と出版社を繋ぐ役目を請け負ってる人たちだ。最近はネットで公開する場が増えたから、編集者を介さない作品は大量にある。


 けど、公開する前に誰かの意見が貰えるというのは貴重だ。それにネットの第三者よりは真剣に意見くれるしね。まあ向こうも仕事だからってのがあるだろうが。俺は少なくともこの人は信頼してる。けどここまで言われると……気恥ずかしい。


「私達編集者は先生たちのベストの作品を世に出したいと願ってます。たしかに諸々の事情で諦める事もありますが、これは先生にとっての最大級のチャンスです。出し惜しみなど、しないでください」


 その目は真剣そのもの。彼女が俺の作品を広めたいと思ってる想いは本物だ。それを知ってるだけに、この真摯な訴えにどう答えようか悩む。確かに俺がここ数日怒涛の勢いで書いてたのは、此花編集に見せた奴ではない。

 けどあれは……


「此花さん、これを読んでもハリウッドの方にもってくとか、そういうのは一旦置いといて貰えますか?」


 やっぱり今まで一緒になって作品を作って来た彼女に嘘はつきたくない。なので隠すのはやめた。彼女は確かに一編集者だ。けど互いにそれだけでない、心許してる関係を築けてると勝手に思ってる。


「それが条件というわけですね」


 そういって彼女は俺の目をまっすぐに見つめてくる。普段は気恥ずかしくて目を逸らすところだが、この作品に関しては負けられない。俺は此花編集の視線を真っ向から受け止める。すると、一つ息を吐く。


「わかりました。そこまで言うのなら、先生の意見も出来るだけ尊重出来るように善処します」

「それって充てに出来ない言い回しの代表じゃないですか?」


 普通とは違うだろうが、俺もそれなりに社会経験という物を積んできた。その経験則で言えば、今のは社交辞令のような物だ。とりあえずそういってこの場を流すみたいな……でもそれはこのさくひんでは許せない。


「此花さん、これは友人としての頼みです!」

「せん……せい。わかりました、そこまで言われたら、私も仕事ではなく一友人としてまずは拝見させていただきます」


 テーブルに埋まるくらいに頭を下げたかいがあった。これだけ言うのなら、この人は俺の意に沿わないようなことはしない。編集者としてなら、なかなかに強引だからな。確かに優秀なのは間違いないし、普段は頼もしい。

 けどこればっかりはその強引さに屈する訳にはいかないんだ。俺は言質を取ったから、取り出したUSBメモリーを此花編集のPCに差した。


「タイトルはまだなしですか。先生にしては珍しいですね」

「まだこれだってのが浮かんでないんですよ」

 

 俺は大体最初と最後を決めて書き始めて、イメージでタイトルは決める。時々彼女に変えられたりもするが、俺は感性でタイトル決めてるから、早い段階でタイトルは決まってるんだ。けどこの作人はまだタイトルはない。


 既に書き終わっててこういう事は自分でも初めてだった。書き終わってもまだなんかモヤモヤしてる。想いはぶつけた。けどどうなんだろう? それはきっとこの人が見つけてくれると思う。


「なかなかの分量かありますね」

「ゆっくり読んでください。感想は後日伺います」

「私がこれを勝手にハリウッドの方に送るとか危惧しないのですか?」

「これは仕事ではない。そうでしょう? だから信じて待ちますよ」

「そうですか」


 そういうと彼女はパソコンをバッグにしまい、立ち上がる。そして伝票を持ってこういった。


「わかりました。じっくりと読んでみます。そして忌憚ない意見述べますね」

「ほどほどにお願いします」


 この人の意見はかなり胸にくるからな。こう鋭利なナイフで切りつけられてるような感じ。だから一応お手柔らかに……といってみたが、どうだろうか? ともかく、此花編集を見送って、しばらくして俺も店を出た。


次回は正午に予約投稿してます。

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