121 酷くても、奇跡のような時間
「はあ……」
疲れた。けどそれなりに充実した疲労感だ。今日のラジオ収録はなんとか上手く出来たと思う。勿論反省は多い。でもラジオをして、私はもっとこのキャラ達を知ることが出来たと思う。これはきっとアニメの方にも反映できるだろう。
あと最終話だけなんだけどね。それも実際、ちゃんと放映できるのかわからないが……あのプロデューサーの事だ。一回線画で出してるんだし、落ちる位なら線画で出すと思う。作画はもうどう考えてもスケジュールが崩壊してるから、どうにも出来ない。なら声しかないじゃない。
絵を保管できる程の声なんてありえない。あり得ないというのが、常識だ。だって視覚のほうが圧倒的に情報量が多いんだからね。それに音で勝ろうとなんておこがましい発想だ。でも……声優なら誰もが思うんじゃないだろうか? 思わない? でもそんなの試す機会なんてほぼないわけだけどね。
朗読会とかする人たちもいるが、それは朗読がメインであって映像がなかったり添える程度のものだったりな訳で、比べられるものじゃないよね。
でも、こっちは曲がりなりにも動いて、しかも見てる人達は音を聞きに待機してる訳じゃない。だってアニメ何だもん。
ここまでこのアニメを見てる奇特な人達は怖いもの見たさがあるかもだけど、そこに良い感情はないはずだ。
そんな人達を驚かせたいって私は思ってる。私のこの声でだ。
「その為には……」
もっともっとキャラを深く知ることが大切だ。確固たるそのキャラ――人が自身の中に在れば、きっとそれは説得力になると思う。
酷い絵に声で説得力を出す。そう言うチャレンジやってみたい。
「多分それって、今回が最初で最後のチャンス……」
なにせ、全てのキャラを一人でやるなんてことは、これから先有るなんて思えないからだ。可能性が有るとしたらそれは五分アニメとかなら……ワンチャン有るかも? と思えるけど、普通の三十分アニメではきっともうない。
「そもそも、有ってたまるかって感じだし……」
今このアニメを放送出来てるのは奇跡のような気がしてきた。だって作画は溶けて、声を当てる筈の声優も私一人……聴いた話によると次々と作画スタッフは倒れていって、分散したカットはもう何所に発注したかもわからないとか?
安く速く上がる海外とかに依頼してたからクオリティーはお察しで、もう何所に発注したかわからないから、ただ絵が来るのを祈って待つしかないというね。
「制作進行の人が仏教に目覚めそうって言ってたな」
机の上で寝ずにデータが送られてくるのを待ってるらしい。ずっと手を合わせて拝みながら……そんなこのアニメに関わった人達みんなこのアニメが成功だなんて思ってない。
勿論私だってそうだ。このアニメは語り継がれるくらいに酷い出来だ。けどいくらネット上で叩かれたって、スタッフ全員(プロデューサー除く)一生懸命やってきた。
一緒に戦ってきた仲間だ。だからすこしでも報われたって良いじゃん。絵も話も今からじゃあどうしようもないのなら、後は声だけ……そしてこのアニメの声優は私だけ……他に誰もいない私だけだから挑戦できる。
声だけは誰のせいにも出来ない、私だけの聖域だ。
次回は17時に予約投稿してます。




