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声の神に顔はいらない  作者: 上松
12/403

12 俯瞰

 四回目のアニメの収録現場に俺は来てる。実際毎回来たいくらいだが、そんな原作者嫌じゃん。またあいつ来てるよ……とか思われるのは案外心に来るものだ。俺はこう見えて繊細なんだ。


「どうですか監督?」

「それはアニメ全体に対して? それともこの収録に関してかい?」

「収録に関してですよ。アニメの全体の事は信頼してますから」


 この門間監督とはそれなりの付き合いだ。何作かのアニメを作っていただいてる。なので勝手知ったる――みたいな感じ。そんな門間監督にアニメ全体の事なんか聞く必要はない。なにか必要な事があったら、互いにメッセージで解決できる間柄だからな。


「そうなると、あの子の事かな?」


 なんかそういう言われ方をすると、まるで俺が彼女に恋してるかの様だけど……うーんまちがってはいないのかもしれない。勿論恋愛とは違う。ただ俺は声に恋してるのだ。あの声はとても興味がある。


 俺は透明な壁で仕切られた向こう側をみる。


「彼女も大分なれてきたようだけどね」


 そういってくれる門間監督。けどそれはどこか含みがある言い方だ。慣れてきたって事は、まだ完全ではないってこと。ガラスの向こう側の彼女は相変わらず、黒い服来てボッチしてる。服装を変えるだけでも印象は変わるだろうに。

 なんかあそこだけ、ひと際暗く見える。合間合間に他の声優さん達はこそこそと喋ってたりするのに、あの人は違う。なんかめっちゃ見てる。こっちではない。


 演技してる声優さんを見てる。そしてiPadになんか書いてる。なんかメインの方々がやり辛そうにしてるのは気のせいだよな? もう四回目だし。皆さんアレに慣れてもおかしくない。そう思ってると、何やら慌てだす『匙川 ととの』が見えた。とても慌ててる。


 多分出番が近いのだろう。けど何かがない? 台本か? どうやらいくら探しても見つからない彼女は周りを見回してる。ここで中のいい声優さんでもいれば……その人から借りられたのだろう。けど、悲しいかな、彼女には友達と呼べる存在は一人しかいなかった。


 けど、そのたった一人の友達はメインの一人。なかなかマイクの前から動くことはない。だから彼女から借りる事はできない。どうするのかと思ってたら、彼女はiPadを見つめてそして立ち上がる。あれにデータを入れてるのかと思ったが、それは置いてくようだ。


(大丈夫なのか?)


 そんな思いでハラハラしつつ俺は彼女を見守る。こんな贔屓はやっちゃいけないが、どうするのかには興味が沸くじゃん。まあ出来なかったらその時だ。その時フォローすればいいだろう。一歩ずつ、一歩ずつ進んでく匙川ととの。声優たちの見てる色のついてない絵がカクカクと動きながら場面が変わってく。


 そしてひと際酷い……というのは失礼だが棒人間に輪郭がついたみたいなキャラが出てきた。メインではないから、ひと際絵が間に合ってないんだろう。一つあいたマイクの前に立つ匙川ととの。台本も持たない彼女にちょっと周りの目が集まってる。


 けどどうやら彼女は気づいてない。いつもはあんなに周りの目を気にしてびくびくしてるのに、一旦集中すると、どうやら周りが見えなくなるらしい。軽く喉を触って調子を確かめてるのか……そして彼女の声がマイクを通して伝わってくる。


「うんうん、あーそうだよねぇ。わかるわかる。けどけど、それだけじゃないっしょ?」

「え? それって……」

「うん? もち! 今回の校外学習。いやー、なんか二人ともい感じになってないかな~って。どうなのお二人さん?」


 それはまあ、驚きだった。普段の彼女からは想像も出来ない声質だ。ハキハキで元気一杯。ちょっとウザさがありつつ、どこかに鋭い意志を宿してる。まさに、そこには自分の描いたキャラがいた。正直に言って鳥肌がたった。


「これだ……」


 門間監督がそう呟いたのが聞こえた。俺も同じ意見だ。これだよ。これが聞きたかった。彼女は間違いなく、俺のキャラに命を吹き込んでくれてる。それからも、彼女は台本を手にせずに役を演じきって見せた。

 どうやら彼女は追いつめた方がいい演技を……いや、キャラになりきってくれるらしい。俺と監督は同じことを考えてほくそ笑む。


「彼女はやっぱり当たりだったようですね」

「ええ、後は頼みます」

「おや、調子いい彼女の声を聴いて行かないんですか?」

「それはもう十分聞きましたよ。おかげでいいアイデアが湧き出てくるんです。今のうちに書きたい気分なんです」

「はは……それは楽しみです」


 そういって手を振ってくれる門間監督。こっちも手を振り返してチラリと声優陣の方を見る。席に戻った匙川ととのの所には一段落ついた篠塚宮ちゃんが隣に来てた。あの子がいてくれれば、まあ大丈夫だろう。


 この現場でもあの子が居ればボッチではないはずだ。俺はこの高揚を作品にぶつける為に急いで帰った。

次回は明日あげますね。

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