113 犠牲者が後を絶たない
「せーんぱい、お疲れ様です」
そう言ってまなびする声を出すのはご存じ浅野芽衣だ。あれから更に一日経って、私たちは事務所の一室にいる。メンツは私と私のマネージャーに浅野芽衣、それに愛西さんにアニメの監督さんだ。アニメの監督さんはやばいね。収録の時にちょくちょくあってるが、見るたびにやつれていってる。
アニメが終わると同時に、死ぬんではないだろうか? ちょっとマジでそんな気がするから心配だ。まあスケジュールボロボロのアニメだからね。
けど監督さんよりもボロボロなのは制作進行の人だ。てか……その人は既に倒れてしまった。今は別の人が引き継いでるが、その人も状況をあまり理解してなかったのか、引き継いだ後に更にスケジュールがボロボロになるというね。この間の放送なんて、線画を演出と言い張って放送したからね。
多分史上初だと思う。確かに演出上、それを見せるアニメはあった。でも本編全部を線画で流したアニメは史上初だろう。そもそもよくテレビが許可したよ。一応線画といっても白黒にはしてたからね。演出で通ったのかもしれない。勿論それは円盤では修正……されるかはわからない。
普通は修正されるものだけど、修正にもお金がかかる。ただで人を働かせる事は出来ないんだ。まあアニメーターなんてほとんど安月給で体壊すまで働かされてるんだけどね。それに比べると、声優なんて売れなくなると仕事無くなるだけだ。まだホワイトなのかもしれない。
「監督さん達もよろしくお願いします。浅野芽衣です。匙川先輩には~、とてもよくして貰ってるんです」
キャピキャピと口からでまかせをのたまう浅野芽衣。よくもまあ、すらすらと嘘を言えるものだ。ある意味感心しちゃうよ。けどそんな浅野芽衣が隣にいても、私の心はささくれだったりしない。なぜならこれよりもまがまがしい存在を私はしってしまった。いや、出会ってしまった。あの化け物『橘アリス』に。
だからか、こんな浅野芽衣の小物くさい嘘くらいではイライラとすることもない。寧ろ安心する。浅野芽衣の小物臭さに安心するなんて、私も成長したって事だろう。
「ほら、浅野さん皆さん忙しい中集まってくれたから……早く本題に入ったほうがいい……と思う」
「ええ……っと、まあ、そうですね」
何やら浅野芽衣は私とマネージャーを交互にみてる。私が今の様な発言をするのを珍しがってるのかもしれない。マネージャーがいるのなら、マネージャーに任せればいいしね。わざわざ自分から浅野芽衣にいったのか珍しかったのだろう。
なにせ私はなるべく浅野芽衣に関わらない様にしてた。つまりは浅野芽衣は自分が私から嫌われてるってわかってた筈だ。それに私はこいつがしつこく来ない限りは口を開く事も無かったし、私からあんな事を言われるとは思わなかったんだろう。
「ええっと……とりあえず無事ラジオを始められそうなのはよかった……ありがとうございます」
そう言って監督さんが頭を下げる。このアニメ、原作とか無いオリジナルだ。そしてそのオリジナルは監督が持ち込んだ企画。だからどんなにクソでも投げ出さないんだろう。ラジオでのキャラの設定も愛西さんと煮詰めたりしてたのかもしれない。
「とりあえず、今日は顔合わせみたいなものだろ。特にええっと浅野さんだっけ? 番組を回す役目になるが、大丈夫か?」
監督さんと違って愛西さんはまだ余裕がある感じだ。厳しい目を浅野芽衣に向けてる。そんな目に一瞬ひるむが、浅野芽衣はそんな物で引く奴じゃない。
「もちろんです~。私、精一杯このアニメ盛り上げたいって思ってます~!」
果たして本当にそうなのか……私の印象的にちょっと疑わしい。
次回は17時に予約投稿してます。




