10 収録
あれから一週間。最初の収録が行われる現場へと私は来てた。初めての収録だからか、主要なキャストや、収録に関わるスタッフさん達が勢ぞろいしてる。オーディションの時は別段紹介とかなかったけど、今回はちゃんと紹介してくれるらしい。アニメ会社の人が監督さんやらを紹介してくれて、今回のアニメを皆さんで盛り上げましょう的な事を言ってくれる。原作者の先生も挨拶してくれた。ラノベ作家とか、私と同類かと思ってたが、挨拶してくれた先生はとてもフォーマルな感じの男の人だった。清潔感もあるし、背筋も伸びて凛としてる。
なんか悪い感じがした。同類と思っててごめんなさい。そう思ってると、目があった。多分。ペコっとしてくれた。なのでこっちも軽く頭を下げる。私達声優陣も挨拶した。メインのキャストの皆さんが先に挨拶して、そして大物陣、最後らへんに私もした。
「こ、この度びびは採用していたたたただき、あああありがとうございます。『ベアトリス』役の匙川ととののののです」
滅茶苦茶てんぱった。一人一人挨拶してくのとか苦手なんだよ。しかもこの場の皆さんの視線が一斉に集中するのが更に恥ずかしさを掻き立てる。私はなるべく見られたくないんだ。それから監督さん達は別室に、私達はマイクが三本くらいたってる部屋へと移動した。部屋の隅には椅子が用意されてる。マイクに近い椅子から遠い椅子がある。勿論私は一番端だ。主要キャラの声優さん達は一番マイクに近い中央らへんに陣取る。当たり前だね。何回もマイクの前に立つんだし。
そうしないと効率的じゃない。
「あう!?」
入口付近で躓いて前方に倒れた子がそんな可愛い声を出した。
(あの子は……)
この中で一番の最年少の十七歳。現役高校生声優さんだ。しかもメインヒロインの一人だ。浅野芽衣が狙ったのは多分この子のポジションだろう。多分無名で、このアニメがデビューじゃないだろうか? 見ててあのカチコチ感がなんかわかる。私もそんなアニメに出てる訳じゃないから緊張してるしね。名だたる声優さん達が、転んだ彼女へと手を差し伸べてる。優しい世界だ。けど私は傍観してる勢である。だって私が何できる? あの人には悪いけど、私は自分自身の事で精一杯だ。
それにきっと関わり合った所でいい事なんか多分何もない。なぜなら彼女は可愛いからだ。可愛い子は生きる世界が違うのだ。私はなので台本に没頭する。既に何回も読んで喉を通したセリフ。けど、もう一度……と小さな声で復唱し続ける。実際は本で読むことなんかないんだが、こういう場では皆さん台本を持ち込んでくるから、私も台本を持って読んでる。勿論新品同然じゃ使いこんでない感があるから、ある程度使いこんでます感を出す為に何回かくしゃくしゃとしてる。
実際タブレットの何がダメなのか……と思うけど、やっぱり現場では肩身が狭くなる。そもそもが形見狭いのに、目を付けられるような事はしたくない。それこそいい方に注目されるのなら、やぶさかではないけど絶対に悪い方になるに決まってる。だからこういう場ではきちんと紙の台本を持ってくるようにしてる。そんなふうに思ってると……誰かが隣に座って来た。
誰かと思ったらさっき転んだ高校生声優だった。
(なぜにここに座る!?)
私は驚愕してる。あんたは中央でしょ! といいたい。けど言えない。だって気持ちはわかるから。なにせ新人がどんな顔して真ん中の席に座れるというのだろうか? かなりの図々しい奴じゃないとそんな事出来ないよね。
ここは先輩としてなにか言った方がいいのだろうか? そう思ってちらっと見たら、目が合った。めっちゃ気まずい。とか思ってたら、ペコっとお辞儀してくれた。良い子である。どっかの調子乗ってる声優とは偉い違いだ。
こんな私に嫌な顔せずにお辞儀してくれるなんて……とかおもってると今度は彼女iPad取り出した。
(まさかまさか……)
彼女は台本を取り出す様子はない。そもそも必要最低限の物しか入らないポーチしか彼女はもってきてない。iPadでぎりぎりの大きさ。まあ薄い台本なら入りそうではあるが、後はきっと女の子に必要な物が入ってるんだろう。
彼女は指でスワイプしながらiPadを眺めてる。その表情は真剣だから、きっと台本はあの中に入ってるのだろう。私が出来ない事を変然と……
(これが若さか)
と思った。何者をも恐れない。そんな感じが若さだよね。座る席では恐れが出てたが……わたしの傍なら安心なのかな? ちょっと複雑である。
「あの……なんだかおかしいですか?」
どうやら凝視してしまってたようだ。彼女『篠塚 宮』ちゃんは不安気に眉根を下げる。う……これはもう話さない訳にはいかないよね。ここで無視したら、それは嫌な奴だ。
「えーと、それは……」
「ああ、実はこれに台本入れてるんですよ。スキャンして貰ってデータ化して貰ってるです。こっちの方が便利なんですよ」
知ってる。だって私も普段はそっちスタイルだし。けど流石に現場でまでは使えない。そう思ってると、彼女は他人との距離が近いのか、体を寄せてきてなんだかいい匂いがした。
「どうですか。書き込みだって出来るんですよ。紙と変わりません」
鼻高々だけど、篠塚宮ちゃんに厭味ったらしさが全くない。ただ純粋に自慢してるみたいな……まるでちいさな子供が得意な事を自慢してる感じで逆に微笑ましくなるから不思議だ。間近で見る篠塚宮ちゃんの肌はとても綺麗だった。
私のそばかすの肌とは違う。透明感もまさに若さ……十代のプルプルの肌。ボブカットの髪も艶々で照明の光で天使の輪が出来てるし、枝毛なんて一つもない。清潔感と無邪気さが同居してる恐ろしい子だ。
もしかして私は凄い子と話してるんじゃないだろうか? と気押されてしまう。この業界には私の方が絶対に長くいるのに……まあ声優の先輩として何かをアドバイスとか全然できないからね。けどパソコン関係は得意な方だ。
見たところ、彼女の台本のデータはまんまだ。まさに取り込んだまま。確かにそれでも今は書き込んだりとかは出来る。でももっと上手いやり方があるのに……と思ってしまう。
ふ、素人だな……と、いつもなら鼻で笑って優越感に浸る所なんだけど、話題が欲しいからちょっとそこら辺を指摘してみる。
「もっと……上手いやり方がある」
ぼそぼそと喋ったはずだけど、近い彼女にはちゃんと聞こえたようだ。
「ええ!? えっと……えっと……」
何やら彼女はiPadを弄ってそしてこういった。
「匙川ととの先輩! 上手いやり方とは何でしょう?」
コテッと首を傾げる篠塚宮ちゃん。そんなあざとい仕草でさえ、似合ってしまうこの子が怖い。多分iPadにスタッフとか共演者の情報をメモってたのだろう。とりあえずそこはスルーして、私のやり方を口頭で説明してあげる。けど案の定、彼女はよくわかってなさそうだった。
iPadとか、直感的に使えるもんね。
「えっと匙川先輩、ちょっとよくわからなかったので――」
そういいかけた篠塚宮ちゃんに声がかかる。
「ちょっと貴方。メインキャラの声優はそんな端ではなく中央に居なさい」
それは大物と呼べるベテラン声優さんだった。そんな人に声を掛けられたから、ちょっと萎縮してしまう篠塚宮ちゃん。大物さんの声はまさに大物という凄みがある。だから威圧感が凄い。いや、実際は大物さんは別に凄んでる訳じゃない。
けど本人が目の前にいてその声を発せられると……新人の子は勘違いしちゃうよね。
「えっと……その……」
ここは私がフォローしたほうがいいのか? ちらっと大物声優さんを見る。
(いや、むりむり、こんなブサイクが口出していい相手じゃない。私は壁です)
そう思って私は無言に徹する覚悟を決めた。私はこんな嫌な女なのだ。不細工で性格も悪くてごめんなさい。ほんと救いようがないって思うよ。けどブサイクで性格いいとか幻想だから。周りが性格を歪ませたんだ。
そんな嫌な女な私なのに、篠塚宮ちゃんは震える手で私の服の裾を掴んでる。私女なのにキュンキュンしちゃうよ。可愛い女なんて嫌いな筈なのにこの子はなんか愛らしいと思える。
(だ、大丈夫。言葉を間違えなけば……大丈夫)
ただ一言「そうだね。それがいいよ」とかいえばいい。私が同意すれば、篠塚宮ちゃんもそういう物だと思ってくれるだろう。そして大物声優さんに対しても余計な事を言わずにすむ。
(よ、よおーし)
私は覚悟を決めて口を開きかける。けどそんな私の覚悟をあざ笑うかのような声が聞こえた。
「そんな言い方しちゃ新人は勘違いしちゃいますよ~。大丈夫だよ~、別にこのおばちゃんは怒ってる訳じゃないんだよ~」
「あんたね~」
「えへへ―」
凄い……流石は人気を確立してる声優さんだ。メインキャラの声優の一人で個人でもグループでも活躍してる『御手洗 秋』さんは毎期絶対に三本以上のアニメに出演してる。全盛期……といっていいかわからないけど、その時よりは落ち着いたけど、確実に仕事が来る声優さんの一人だ。
声優界の大物ともあんな親し気に……きっと何回も共演したことがあるんだろうなって察せれる。
「でも……私はこれが初めてのお仕事で……新人で……」
御手洗秋さんと大物声優さんのやり取りを見て少し緊張が和らいだのか、篠塚宮ちゃんがそういった。けどそんな篠塚宮ちゃんに御手洗秋さんは優しい声を出してこういうよ。
「わかるわかる。新人にそんな度胸ないよね。そんなのあの秋華ちゃんくらいだよ。うんうん、いいね~可愛い!」
そういってガバッと篠塚宮ちゃんを抱きしめる御手洗さん。おいおい、ちょっと私に許可取ってよ。まあ、そんなのいらないんだけどさ。なんかちょっとムッとした。
「あ、あのっ――」
「まあまあ、新人だけど、メインキャラはマイクに立つことが多くなるから、中央の席にいた方かいいんだよ。誰もそれに文句なんか言わないから」
「そうなんですか。ありがとうございます」
そういって篠塚宮ちゃんは立ち上がる。その時私を見てちょっと寂しそうな顔をした。大丈夫……私はどこでもボッチだから。そんな意味を込めて慣れない顔を作った。笑顔になってればいいな。不気味な顔して引かれたらショックだ。
でも圧倒的にそっちが多いんだよね。そんな事を思ってると、御手洗さんが「ごめんね」って小声で言って篠塚宮ちゃんを中央の席にエスコートしてく。
(ごめん? なんに対して?)
わからない。私は何も出来ない壁だったのに。やっぱりああいう気配り出来る人が人気者になってくんだろうか? 売れてるのに後輩の面倒もちゃんと見て……立派だ。私はあんな風になれないだろうなって思う。
だって下が上がってくるって事は自分の居場所を奪われるって事だ。私は奪われる席もないけどさ……それでもどんどん生まれる女性声優には危機感覚える。もう何人に追い越されたか……あの人『御手洗秋』さんはきっとその位置を盤石にしてるんだろう。
それが余裕に繋がってる。だってもう六・七年は第一線で活躍してるしね。眩しい。
(私にもまだチャンスはある? いや、これがチャンスなんだ!)
そう思って私は気合を入れる。ポカする訳にはいかない。
『それでは収録始めまーす』
というスタッフさんの声がスピーカーから聞こえた。いよいよだ。念願の初アニメのアフレコ。私は気合十分で挑んだ。
次回は正午に予約投稿してます。