屑女再生の道は遠く……
そして、総務課長が文書を回覧して、2週間が過ぎた頃、そのことが高田雄一の耳に入ると、彼は亜美の顔を思い浮かべた。
どう考えても、亜美の父親の会社と、丼の店が、交渉している案件などあり得ないし、秀人に確認しても呆れていた。
彼がSNSで呟き始めた。
彼はまず理由もわからず、社員に課された会社側の一方的な文書を疑いもしないで受け入れている組合を罵倒した。
組合の委員長は慌てて、総務課長に問いただしたが、歯切れが悪い。
その内には、この話が亜美の父親である社長の耳にも入り、全ての事実が明確になり、この文書は、全てが解決したとされ、撤回された。
翌日から、丼の店は賑わいを取り戻したのだが、娘の愚行に呆れた父親、筋木工業の社長は、雄一を会社に招いた。
「高田君、何とかならないだろうか? 」
この社長は若い頃より、父親に従い、ある易の先生にお世話になっていたのだが、最近は、先生の指示によりその弟子である高田雄一がこの社長の相談にのっていた。
「社長、私もその都度、対応してきたつもりですがなかなか、成果が出ませんね」
「どうにもならないか……」
「社長、県北に女性だけの集団で自給自足の生活をしているところがあるんです。そこは、生きて行くことに疲れた人や、心に迷いのある人、失恋して死のうかと思った人、様々な女性が生活しています。力を取り戻して社会に戻って行く人、そこから離れることができなくなる人、来ては帰りを繰り返している人、果実はそれぞれですが、知らない人達の中で自分を見つめなおすことができる…… そういう場所があるんですが、ただ……」
「ただ…… どうしたのかね?」
「うーむ、彼女がそこへ行くと、もうここには帰ってこないかもしれません……」
「えっ、もう会えなくなるのかね?」
「いえっ、そういうことではありません。時々は顔を見せるでしょうが、拠点をそこに置いてしまって、そこで多くの時間を過ごすようになると思います」
「そうか…… でも、そこで生活して、人として恥ずかしくない人間になることができるのだろうか……?」
「ええ、そうなっていくと思います…… でも5~6年かかると思います」
「もうそれしか道がないのかね?」
「難しいですね……」
「君が話してくれるのか?」
「はい、私が話した方がいいでしょう」
「よろしく頼む!」父親は苦渋の決断をした。
翌日、会社の応接室で亜美が待っていると、高田雄一が現れたことに彼女はとても驚いた。
「何であんたが来るのよ!」
「まあ、そう怒るなよ」
「何が怒るなよ、全部、あんたのせいだからねっ、あのSNSの呟きだってあんたでしょっ、わかってるんだから!」
「お前さ、よく考えてみろよ、全てはお前の罪だよ。俺はそれを正しい軌道に戻しただけだよ」
「何が正しい軌道よ、そのおかげで私はもう誰も相手にしてくれなくなったわ、あんたのせいよっ!」
「俺はさ、お前の罪をそのたびに清算させて来たんだよ。あんな罪、全部背負って一度に清算することになったら、命落とすことになるよ」
「ふん、死んだっていいわよっ」
「でもな、すんなり死んであの世の地獄に行ければいいけど、この世の地獄に落ち込んだらどうするんだよ」
「……」
「親父さんだって辛いよ、俺だって辛いよ。だからその都度、罪を償わせてため込まないようにすることで精一杯だったんだよ……」
「何よ、美味いこと言わないでよ……」
「人って言うのはさー、道を踏み外しちゃダメなんだよ、生きていれば思い通りにならないことの方がはるかに多いんだよ。だけど、みんな歯を食いしばって頑張っているんだ。お前みたいに腹が立つたびに何かやってたら、ほんとに生き地獄に落ちてしまうよ」
「今頃、そんなこと言われたって、どうにもならないわよっ……」
「おまえはさ、これからどうしたいんだ?」
「何もしたくないわよ、誰もいない所に行きたいわよ。もうこんな町なんていやよ……」
「だからさ、そこが間違ってるだろ、周りの皆が最初からお前を敵視していたわけじゃないだろ…… お前が罪を犯して、お前がその報いを受けたんだろ、その結果が今なんだろう」
「もういいわよっ!」
「よくないよっ、誰も悪くないんだ、悪いのはお前なんだよ、そこを理解しろよ、そうじゃないと、どこへ逃げたって同じことになるよ」
「もういい、そんなことはわかってる! だけど…… だけど、もう取り返しがつかないじゃない……」亜美は目に一杯の涙を浮かべて、すがるように雄一に訴えてきた。
「そんなことはない、いまはマイナスだけど、ここから取り戻していくんだよ」
「そんなことできる訳ないよっ!」
「できるよ、俺がついているからできるよ……」
「あなた、いったい何なのよ、パパの所によく来ているけど……」
「人間って、皆、生まれながらにして星を持っているんだよ」
「えっ、星って……」
「まあ、宿命みたいなものだな、放っておいても成功する奴、どんなに頑張っても報われない奴、色々居るんだよ。だけど、それに負けないで、道を踏み外さないで頑張って行けばいつかは明かりが見えてくる。だけど、負けてしまったら、取り返すのにもっともっと頑張らなくっちいけなくなる」
「あんた霊媒師なの?」
「はははっはっ、まあ、似たようなもんだよ」
「へえー」
「腹が立つかもしれないけど、もう少し聞いて欲しいんだ」
「……」彼女は黙って頷いた。
「例えば、お前の嫌いな彩ちゃんはな、生まれながらにすごい星を持っているんだ。人間って、運がいいと、努力しなくなったり、人のために尽くそうなんて考えなくなってしまうんだけど…… だけど、あの子はその上に胡坐をかいたりはしない。人を大切にして毎日を大事に生きているんだよ。秀人の魂に触れてしまって、懸命にあいつを輝かそうとしている。だけど彼女の輝かすっていう意味はお前が考えている輝きとは意味が違うよ。どこにいてもいいんだけど、どんな仕事していてもいいんだけど、秀人が1日1日を大切にして、笑顔で生きて行くことができたら、それでいいんだよ。彼女に取って秀人が輝くっていうのはそういう意味なんだよ」
「……」
そこまで話しを聞いてしまうと、憎くて憎くて仕方なかった彩が、自分とは全く異なった、何かすごいところで生きている人のような気がして、亜美は無言のまま俯いてしまった。
「去年の暮れ、彩ちゃんの親父さんが腰を痛めて、秀人が天ぷらを上げていたことがあるんだ。その時のあいつは幸せそうだったよ、彩ちゃんだってそれに気づいたはずだよ。だから、今の秀人は輝ける場所に居るんだよ」
「……」
彼女はプロにまでなった人間なのに、天ぷらやで働くのか、プライドはないのか、そう迫った自分の愚かさに、今さらながらに押しつぶされそうになっていた。
「お前は、野球で有名になれなかった秀人は、もう輝けないって思ったんだろ、だから別れたんだよな……」彼は静かに、諭すように続けた。
「だけど、そんなレベルの高い話されても……」
雄一の話は、聞けば聞くほど亜美を落とし込んでいく。何となく理解はできるが、人として低いところまで落ちてしまった彼女からすれば彼の話は、聖人君子にでもなれって言っているかのようで、自分の今の人生からは相当にかけ離れていて、とても手が届きそうになかった。
「県北の山奥にさ、女性だけで自給自足の生活をしているところがあるんだよ。生きて行くことに疲れたり、心に迷いのある人、失恋して死にたいって思っている人、旦那の暴力から逃げている人、様々な人達が一緒に生活しているんだよ。力を取り戻して社会に帰って行く人がいれば、そこに居着いてしまう人もいる。来ては帰りを繰り返して、自らを調整している人もいる。そんな知らない人達の中で自分を見つめてみろよ…… 思い悩んでいることが馬鹿みたいに思えてくるよ。今の人生を変えるって考えたら大変だけど、一度リセットしてしまえば、そんなに大変でもないよ。そこで納得したら、帰って来て、秀人の所へ行って二人に頭下げるんだよ。そして秀人の天丼食って、おいしかったって笑顔でお礼を言うんだよ。そしたらお前の周りにも陽がさしてくるよ。 そして俺と結婚しよう」
「えっ、なんでそうなるの、あんた、パパの後、継いでくれるの……」
「社長なんて、身内じゃなくてもいいじゃないか、会社が存続していけば、従業員の生活は守ってあげることができるよ」
「なるほどね、そういう考え方もありかもね…… でも、そこはあんたのお勧めなの?」
「ああ、今のお前のためにあるようなところだよ……」
「わかった、あんたがそこまで言うんだったら行ってみるよ、だけどあんたと結婚するかどうかは自信ない…… でも、あんたは待っていて!」
「はははっは、帰って来たときに、嫌だと思えばしなくていいよ、そうなれば俺もその方が楽になるからさっ」
そして二日後、亜美は雄一に見送られて出発したが、心身ともに回復した彼女は
(どうして私が修行みたいなことしなくちゃいけないのよっ! 馬鹿みたい)
そう思ってしまい、最寄りの駅では降りずにそのまま北に向ってしまった。
一方、雄一は
(あそこにたどり着くまでに、2~3年はかかるだろうな……)
そう思って大きなため息をついた。
完
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