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あの女が憎い  作者: 此道一歩
10/11

義理堅い人

 そんなある日、プロ野球時代の後輩が、名古屋からの帰りに、わざわざ新幹線を静岡で降りて、秀人の店に顔を出してくれた。


 彼は、今や時の人で、開幕以来、7連勝中の投手、松尾であった。

 彼は、秀人のスライダーにあこがれていた投手で、秀人が球団を去る前日にやって来て別れを惜しんでくれた唯一の人間であった。


 秀人は薄暗くなったグランドで、彼にスライダーを投げさせた。

 スライダーになっていない…… そう思った彼は、

「松尾、スライダーって、曲がる玉だと思う? それとも真っ直ぐだと思う?」そう尋ねると


「先輩、そりゃ曲がる玉ですよ」彼は笑いながら答えた。


「違うよ、スライダーはまっすぐだよ」


「えっ、どういうことですか」


「握ってみろよ」彼がボールを握ると


「うん、中心から指一本か、きれいだな」


「先輩、どうしたんですか?」


「お前さ、それで真っすぐを投げてみろよ」


「えっ、それは無理ですよ、絶対、曲がりますよ」


「だけど、そこを曲げずに真っ直ぐを投げてみろ」


「できるんですか?」


「やるんだよ」


 彼は不思議に思いながら、秀人が構えるミットをめがけて、渾身の思いでストレートを投げた。

 一瞬、秀人の2.5m手前でボールが消えたのかと思うほど、球は左に逃げて、秀人はそれを取ることができなかった。


 驚いたのは投げた松尾だった。


「先輩!」


「松尾、これがスライダーなんだよ……」


「先輩! 」


「今年は、10勝は固いな……」


「先輩、ありがとうございます。絶対にこの御恩は忘れません。ありがとうございます」


 秀人はこんなことを思いだしていた。



「おい、今年はすごいなー、破竹の勢いじゃないか……」


「先輩のおかげですよ。静岡には足向けて寝ていないですから!」


「大げさだな……」


「そんなことないです」


「お前だから、あのスライダーが生きるんだなー、俺は駄目だったけどね……」


「先輩っ、でも美人の奥さんと幸せらしいじゃないですか?」


「まだ、結婚はしていないけどな、でもありがとうよ」


「実は、今日、帰る前にテレビ取材があって、このまま東京ですかって聞かれたから、美味い天丼の店があって、名古屋からの帰りには必ず寄るし、東京から食べに来るときもあるって、ここの店、宣伝しましたら、そんなには来ないと思いますけど、もし迷惑かけたらすいませんね」


「そんなことはないよ、ありがとう、だけどお前、食ったこともないのに大丈夫か」


「大丈夫ですよ、先輩の顔思いだしたら、絶対に上手いって思ったんですよ」


「そうか、ありがとう」



 そして、その翌日から何故か見知らぬ顔を見るようになった。

 特に土曜日、日曜日には遠くから足を運んでくれる客もいて、売り上げは徐々に回復していた。


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