秀人の帰郷
野球の話が出てきますが、野球の物語ではありません。
言葉にできない女の憎しみ、怨念を描いたつもりです。
秀人の帰郷
9月で24歳になった中村秀人はその年の暮、久しぶりに故郷の静岡に向かっていた。
高校を卒業後、プロ野球、東京スターズへ入団し、5年目のシーズン終了間際に自由契約選手となった彼は、6年目の今年はバッティング投手を勤めたが、そろそろけじめをつけたいという思いが生まれ育った故郷へ足を向けさせた。
新幹線の中で頭に浮かんだのは、いつも傍にいてくれた彩の笑顔だった。
中学、高校と野球部のマネージャーだった彼女は、チームのため、そして秀人のため懸命に尽くしてくれた人だった。
彩にはメール入れとくか、そう思った彼は
『今日、そっちに帰る、8時過ぎになるけど、天丼食えるか?』
と打ち込むと、直ぐに
『了解、気を付けて!』と返ってきた。
( 天丼食いたくてメールしてきたのか…… 馬鹿たれ!)
それでも斎藤彩は久しぶりのメールがうれしかった。
直ぐに天丼屋、『丼の店』を営む父親に電話を入れる。
『父さん、秀人が8時過ぎに天丼食いに来るって!』
少し弾んだ娘の声に
『帰ってくるのか?』と父親が聞き返す。
『らしいよ……』
『わかった、待っているよ!』
時刻表を調べると、おそらく8時15分着、そう思った彩は改札口の外で待っていた。
キキキキッーっというブレーキ音が、高架下の改札口に電車の到着を知らせる。
( 何年ぶり? 成人式の時に見て以来かー、4年ぐらいは経っているのか…… )
そんなことを考えながら、胸の高鳴りを抑えることのできない彩は、大きな瞳を見開いて、改札口を見つめながら、昔を思いだしていた。