不死身は死なない
学校の授業。
特に、お昼ご飯を食べ終わった直後の座学はとても眠たくなるものだ。
まだお昼前だけど。
そして、睡魔と戦っている人達を差し置いてここに一人の鈍感な少女がいる。
「伏見さん」
僕は、前の席の女子に教えてあげる。
後ろにいる僕に丸見えの、その後頭部のことを。
「コンパス、刺さってるよ」
伏見さんは不死身だ。
鈍感というより無感だ。
感覚が全く無と言っていい。
「え?あ、本当だ。ありがとう」
伏見さんは、不死身の影響なのか知らないが、痛みを感じないようだ。
だからこうして思いっきり頭に刺さっていても、気づかないことがある。しかし、もちろん他人には内緒だ。
僕は、伏見さんが不死身だということをたまたま知ってしまっただけ。
そう、たまたまだった。
「あ、ティッシュいる?」
「ありがとう西里君。いつも悪いね」
後頭部から流れる血を、僕は拭いてあげた。
後ろ向きではやりづらいだろう。
まさか女子高生の後頭部の血を拭いてあげるなんて、生きていてもなかなか出会わない場面だろう。
「いやいや、お安い御用だよ」
伏見さんと出会ったのは、高校生になってからだ。
僕は、掃除当番としてゴミを捨てに行った時だった。
突如、女の子が上から降ってきたのだ。
僕は両手にゴミ袋を抱えていたし、咄嗟の事だったので反応出来ず、女の子は見事に地面へと不時着した。
そして、腕を骨折。それも見事なもので、人間の体の構造上曲がってはいけない方向へと曲がってしまっていた。
僕は、目の前に落下して来る女の子を受け止められなかった悔しさに思わずゴミをぶちまけたくなったが、女の子はすぐさま立ち上がった。
「え?だ、大丈夫......?」
なわけがない。が、思わず聞いてしまった。
そして、女の子は僕の存在に気付くと
「大丈夫、大丈夫。大したことないから」
などと言って、折れていた方の手を振る。
それは、折れていないアピールでは無く、普通にさよならの、バイバイと手を振る感じだった。
なぜなら、折れていなかったからだ。
次の日、女の子は僕と同じクラスなので、聞いてみることにした。
やはり昨日と同様、腕は折れていない。
あの音で体が無傷なんてありえない。しかし、本当に女の子は何も無かったかのようだった。
「昨日、なんで落ちてきたの?」
「え、あぁ昨日の人か。いやぁ、ちょっと足を滑らせちゃってね」
滑ったくらいでは窓から落ちたりしない。
「それと、なんで怪我してないの?」
「え?」
それが始まりだった。
それからというもの、僕は伏見さんの秘密を知っている唯一の人となった。
なぜ不死身なのか。それはまだ分からないが、とにかく不死身らしい。
先程の出会いを聞いての通り、伏見さんは真面目だけど意外とドジっ子なので、僕がフォローしてあげなくてはならない。
周りの人達に、秘密がバレないように。
「ねぇねぇ、西里」
伏見さんは、先生が黒板に字を書いている隙に、僕の方を振り向いた。
そしてコソコソと話す。
「さっきのお礼に、一緒にお昼食べない?」
お誘いだ。
普通、女子からのお誘いなんてそうそうあるものでは無い。
伏見は女子の中でも可愛い方だ。男としてはとても嬉しい限りだ。
しかし、相手が伏見さんだと言うことを忘れてはならない。
この人は、可愛さとグロを兼ね備えた女子高生なのだから。
伏見さんは不死身だ。
しかしドジでもある。
僕は、なぜか伏見さんに気に入られたようで、ほぼ毎日のように会っていた。
まぁ、学校なのだから当たり前なのだけど。
僕は、ほぼ毎日のように伏見さんと遊んでいた。
授業中にも関わらず、伏見さんなゲームに付き合ったり、昼食を一緒に食べたり、帰りにお店へよったり。
休日にはどこか遠くへ遊びに行った。
カラオケ、映画、水族館、遊園地、いろんな所へ行った。
伏見さんはドジだから、すぐに怪我をしてしまう。しかし、同時に不死身だから、すぐに怪我も治る。
それを隠すのは大変だったけれど、どれも楽しい思い出だ。
いつの間にか、僕は伏見さんと一緒にいる時間が好きになっていた。
楽しいと思えるのだ。
「いつ死ぬか分からないんでしょ?私よりも早く死ぬかもしれない。明日、また会えないかもしれない」
いつかの夜、伏見さんはそんなようなことを言っていた。
なんてことは無い、ただの高校生の戯言だ。
しかし、考えてみれば確かにそうだ。
伏見さんは死なないけれど、僕はいつ死ぬか分からない。
だから、今遊んでおこうと言うつもりなのだろうけど。
「そんなことは無い。少なくとも、明日会えないなんて」
そうだ。
とんでもない重病にかかっているわけでもないし、近いうちに戦争に行く訳でもない。
普通に過ごしていれば、死ぬなんてそうそうありえないのだ。
「それじゃあまた、明日生きてたら」
「うん。明日生きてたら」
それが、僕と伏見さんのいつもの別れの挨拶だった。
冗談半分の、半分本気。
伏見さんはそう言ってたけれど、僕は冗談としか受け取れなかった。
そんなある日。
いつも通りの学校だ。
「ホームルームを始めます。ですがその前に、一つだけ伝えなければならない事があります」
あれ?今日は伏見さんいないんだな。
遅刻かな?と、その当時僕は思っていた。
なんてことは無い。いつもの事だ。
しかし先生は、伏見さんのいない席を見ると、表情が少し強ばる。
今にも泣きそうな、悲しみを噛み締めたような顔。
そして先生は、その言葉を放った。
「伏見 暁音さんがお亡くなりになられました」
教室は静まり返った。空気が凍りつく。
皆は驚きで声も出ない。
誰一人微動だにせず、誰一人として声も発さなかった。
まるで一時間ほど固まっていたと思うくらい、その時間は長く感じた。
けれど、失った時間は戻ってこない。
驚くのは当たり前だ。そりゃあクラスメイトが死んだら、誰だって驚く。
でも、僕は違った。
伏見さんだから驚いたのだ。
伏見さんは、不死身。そのことは僕しか知らない。
『死なない人』が『死んだ』のだ。