ボクはシアワセ
空でシロクマが泳いでいた。歩いている僕が馬鹿馬鹿しくなってしまう、気持ちの良さそうな泳ぎだった。
彼なのか彼女なのか、シロクマは言った。
「いま、とても幸せだからこのまま死んでもいい」
何かボクに悪いことが起こって、すぐに死んでしまっても、後悔はない。むしろ、悲しい気持ちで死ぬ方が、何よりも辛い、と。
カレはそう語りかけた。僕は俯いていた顔を上げて問いかけた。
「まだこれから、良いことがあるかもしれないのに、死んでしまっていいの」
カレは静かに頷いた。
「構わない。むしろ、この幸せから突き落とされるのが、怖くてたまらない。それならいっそ、幸せのまま死んでしまった方がいい。」
僕は再び下を向いた。大小さまざまな石ころが、そこに転がっていた。
「もっと幸せがあるかもしれない。もっと良いことが。」
僕はそう呟くしかなかった。
重くるしいため息が、空から降ってきた。僕はさらに深く下を向いた。歩くことで精いっぱいだった二つの足が、そこで動いていた。片方に重さを預けては、地面を蹴るか蹴らないかの位置で視線の中を横切った。たまに小石が底をかすめた。
ふいにシロクマが話し出した。
「ボクは、今日まで頑張ったんだ。苦手なコミュニケーションを進んでとって、学ぶことを怠らずコツコツ続けた。今まで面倒くさいとあきらめていたことにも挑戦したし、一人で生きられる努力をした。弱音や嫌なことをはかず、一人で悩みこんで泣いて、周りには希望を語った。気を使って、笑顔を振りまいた。そして、感謝された。」
僕は俯いたまま話を聞き続けた。小石が冷たい音を立てた。
「誕生日にはほかの誰よりも贈り物をもらった。手紙ももらった。強くて優しい。しっかりしている。もっと頼ってくれていい。そんな内容だった。ボクは幸せだと感じた。生まれたことをおめでとう、おめでとうと過去の友人にまで言われて、幸せ者だ。家族にも漏らすことなく祝ってもらえた。母親には産んでくれてありがとう、とまで伝えた。もう思い残すようなことはないと思った。もう、死んでしまっても、構わない。」
シロクマの声は淡々としていて、感情がよくわからなかった。
ポツン。ポツン。
空に影がかかり、雨が降ってきたのかと思い、僕は今まで伏せていた顔を上げた。足元に小石はもう、ひとつもなかった。
見上げた空は、雲一つない快晴だった。シロクマの目からは、涙がこぼれていた。
「 。」
僕はシロクマに声をかけた。シロクマは静かに、地面に降り立った。