第9話 冒険
再開します、すいません。
カオメレンを出てから1週間。貧民街から南へと降り、森の中腹を彷徨っていた。時折現れる魔獣を仕留め、食料として調理し1週間を難なく過ごす。
進行方向から人の声が聞こえてくれば身を隠しやり過ごしてきたが、そろそろ隣国の村"ヘステル"が見えて来る頃合いだ。
因みに、シグロの継承してきたスキルには生活で使えるような物も多くあった。調理から鍛冶に至るまで幅広く発現していたのだ。まさにご先祖様様である。
旅立ち当初はある程度飛んで行けば、隣国にも早々到着できると軽い気持ちだったシグロだが、初日でその計画が崩れたのだ。
すぐ人に見つかった。「何だあれはっ!?」とこちらを指差し大声を出す5人組のパーティーを組んでいる風の者達に発見された為、飛んでいくのを諦めコソコソと歩いて向かう羽目になったのだ。それこそ気をつけて飛んでいれば見つかる前に対処可能であったのに、カオメレンを出て自由に飛べる喜びに浸っていた為、人の気配に全く気付かなかったのだ。忘れがちだがシグロは未だ5歳の子供である。
「平和な村だといいんだけど……」
「まぁ、こんな森の中でそんな上手くは行かねぇよ」
「……はぁ」
袖の無い鼠色の服を裸の上から羽織り、裾がぼろぼろな小汚い茶色のズボンを履いたムサイ男達5人組が、刃の細いサーベル型の剣を片手にシグロを取り囲む。少し離れたところにもう一人いる気配があるが、問題ないと無視するシグロ。
「迷子か? ぼくちゃん? へへへっ」
「似合わねぇ武器を腰に下げて歩き難いだろう? おじちゃんが持ってあげるよ」
「近くの村まで案内するから付いておいで〜?」
「案内の途中で魔獣に殺られるかもしれねぇがなぁ? へへ」
「おいおい、あんまり子供をイジメるんじーーー」
最後の一人が何か言い終える前に、攻勢に出たシグロ。攻勢と言うよりは蹂躙に近いが……。
喋ってる途中の男の口元を横凪にし、まず一人。その勢いのまま右隣の男の右肩口に一閃。何が起きたか分からない様子の間抜け面な残り3人の内、真後ろにいた男の右足を下から掬うように切断。そのままその男の右腕も取った後、左隣の男を切り返しで袈裟斬り。残り一人。
「……え? な、何が……」
「……あとお前一人だけだけど?」
「ば、馬鹿な……。てめぇただのガキじゃねぇな? 亜人か!?」
「……はい、お前も終わり。そっちで言う竜人だから。亜人って一纏めにしないでくれるかな」
「ま、待てっ! 村までの案内に……」
「……いらない」
心臓を一突き。5人組の大人相手にも危な気なく対処できたシグロ。皮肉にもフロウとの時間がシグロを驚異的に成長させていたのだ。この一週間も何もせず過ごしていたわけではない。習慣の朝の鍛錬の後、発現したスキルを1日に何度も試用し、身体に慣らせていく作業を繰り返していた。
そのお陰か竜の身体のお陰か分からないが、常人の成長速度を大きく上回るレベルアップを実現させていた。魔法に関しては、常時魔力操作の鍛錬をしている為、大幅な魔力の増幅を成功させていた。今では特級魔法と言えど5発までなら余裕を持って発動できるまでに成長している。
「……それで、そこにいる奴は出てくるの? 逃げるの? 逃さないけど」
「……っ!?」
「……バレバレだから、素直に出てきた方が懸命だと思うよ」
「す、すぐ出るよっ! ガルダ君!」
「……その名前……お前は?」
木の裏から顔を出した銀髪の少年が、怯えながらも笑顔でシグロの冒険者名を口にする。勿論シグロはカオメレン以外の国に行ったことはないので、ガルダの名を知るのはカオメレンの者以外に有り得なかった。
「……カオメレンの人?」
「あ、あぁ。僕は1度君をギルドで見かけた事があるんだけど、覚えてないよね?」
「……全く。で、用件は?」
「そ、それがもう終わったというか無くなったというか……」
「……?」
銀髪で金色の瞳、年齢はシグロと変わらない程なのに落ち着いた雰囲気を持ち、目鼻立ちがハッキリとした整った顔をしている。見るからに育ちの良い子供だった。しかし、外見とは違い隙か無く常に周りに気を張り巡らせている辺り、それなりの経験値が垣間見える。隙が無いとは言ったが、シグロにしてみれば容易く制圧できる程度のものだ。
銀髪の少年は、たった今討伐された5人組の賊を討伐もしくは捕縛するという依頼をギルドで受けて来ていた。奴らは通りすがりの者を襲い、金品を奪って生計を立てている山賊だったのだ。
カオメレンからすればそれほどの脅威ではなかったのだが、少し目障りになってきたので、ギルドを通して冒険者に討伐を依頼し、被害を抑えようとした。
「……賊の討伐って事は、君はCランク冒険者?」
「そうなるね。あぁ、僕はハイロ。グリズ・グレイン・ハイロだ。よろしく」
「……あぁ」
「……っ!?」
グリズ家の長男グリズ・グレイン・ハイロ。グリズ家の後継にして、灰熊系人型の熊系希少種である。灰熊系共通の銀髪に熊特有の膂力を持ちながら、機動に優れたスラリとした体格で力、素早さ共に対峙した相手を凌駕する。
ハイロは身体に鎖帷子を身につけ、その上から動きやすさと防御力を兼ね備えた魔獣ワイバーンの鱗を用いた銀色の装飾が施された鎧上下を装備している。背中には自身と同じかそれ以上の両刃を持つ銀の大斧を担ぎ、子供ながらに相手を威圧する強者の雰囲気を持っている。
「……なに?」
「い、いゃ。僕は今まで自分が強いと思ってたんだけど、自惚れだったようだね」
「……十分なんじゃない? さっきの賊位なら余裕だったでしょ?」
「まぁそうなんだけどね……」
ハイロが友好の握手を求め、シグロがそれに応えた。ただそれだけの事でハイロは負けを認めた。シグロが賊を制圧していた際は、確かに鋭い太刀筋だったが目で追える程度の動きだったのだ。その一連の動きが手を抜いていた事をシグロの掌が物語っていた。
何千、何万回刀を振ればこんな掌になるのだろう。ハイロは冷たい雫が背筋を降る感覚を覚えた。ーーー勝てない。本能でそう思わされた。5歳にして早すぎる挫折を味わったのだ。
シグロにしてみれば、絶技を繰り返し発動させているので、身体を痛めつけてはいるがそれほど鍛錬を積んでいる感覚もないのだが。
「……それで、どこまで聞いてた? 見てたよね?」
「あ~ははっ。正直目で追いかけてただけで……戦闘は見ていたけど、その後ボーッとしちゃって会話とか全く、ハイ」
「……ふ〜ん、まぁいいけど。じゃあ」
「ちょっ、ちょと待って!」
「……はぁっ。なに」
「いゃ、パーティーとか組む気無いかな〜なんて?」
「……ない。じゃあ」
「あーっ! ちょちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ!」
「ついて行っていいかな?」
「だめだ! じゃあっ!」
「待って待って! ついてくだけだから! 邪魔はしない!」
ハイロはとてもしつこい男だった。こうしてシグロは一人の仲間?を加えヘステルへと向かう。
因みに、ハイロが受けた依頼は暫くした後で高額の違約金をギルドで払い解決している。