第5話 竜と人
気が付けば家の目の前まで来ていたシグロ。鑑定人シンから得た情報が、未だ理解できずに混乱したまま歩いていた。帰る間際シンに心配されたが、大丈夫だと空返事をして家に向かった。
「……種族の話をすると僕が危険で、聞いた人も危険な目に合う……だからフロウさんや爺は僕の種族が気になってたのかな……?僕を気に掛けたわけじゃなくて……?」
自分が危険な存在かもしれないから、フロウやジョーに優しくされたのかと勘違いするシグロ。しかしそれも5歳という幼さ故、当然の思考といえた。
「帰ったら返事くらいせんか」
「……」
「シグロ?どうしたんじゃ……?」
シグロの異変に気付いたジョー。いつもの面倒くさそうな雰囲気ではなく、重く苦しい空気を感じた。そして、
「……僕の種族が危険だからフロウさんや爺は気に掛けてくれたの……?」
「……!」
ジョーの目が鋭くシグロを刺す。初めて爺にこんな視線を向けられたシグロは怯え俯く。
「……本当にそう思うのか?シグロ。お前はまだ幼いがいつまでも子供ではおれん。ちゃんと思い出して考えてみぃ」
「……思い出す……考える……?」
敢えて自分で考えさせようとするジョー。ジョーはシグロに愛を注げる器量はないが、最低限人として育てることはしてきてつもりだった。しかしそれは見る人が見ればシグロ……子供への愛情以外、何物でもなかった。シグロの言葉に多少の動揺はあったものの、すぐに切り替え、シグロに物事を冷静に考える頭を与える。
「……優しくされたと思う……フロウさんも爺も……だけど……」
「そうじゃろう?ならそれが真実じゃ。お前がそう思うならそれを信じてみてはどうかの?今は混乱もあるじゃろうが、必ず自分の中の答えが見つかるはずじゃ」
「……分かんないよ」
「今はそれでええ」
そこでシグロは、ふと気づいた事を爺に訪ねる。
「……爺は僕の種族の事を知ってたの?」
「?蜥蜴系じゃったか……、お前に教えて貰ったんじゃよ?」
「あ……うん、そうだったね」
言えなかった。シグロの種族に関する事は、言えば危険な事になる。あの少女の様にジョーがならないとは限らない。
「……もしかしてお前……竜系人型じゃったんか?」
「……っ!?な、何でそれを?そうじゃない!駄目だ爺!それを知ったら爺が危険な目に……!」
「大丈夫じゃ、落ち着けシグロ。すぐにどうこうとはならんじゃろ。わし位の歳なら知っとる物もおる」
「でもっ!」
「わしらは箝口令が布かれとる。大っぴらに言いふらしたりしなければ大丈夫じゃろう」
「……そうだったのか……はぁぁぁっ」
なんとジョーはジグロの種族について知っていたのだ。箝口令などという物騒な言葉も出てきたが、シグロはそれ以上に自分の事を話せる存在がいる事に安堵の溜息を吐いた。しかし、すぐに疑問が浮かぶ。
「……じゃあ何であの子はあんな惨い殺され方を……」
「それに関しては見せしめの意味が強いじゃろう。これ以上この事に触れるなというようなのぅ」
「……僕と変わらない歳の女の子だったんだ……少し話せば分かったんじゃないかっ……!」
またも怒りに顔が赤く染まるシグロ。未だ情緒が安定していないようにみえる。
「それについては……少し昔話をせねばならんかのう……」
「……昔話?」
「竜と人との因縁……戦争についてののぅ」
「……戦争」
かつてこの世界は魔物と人との戦争が絶えず続いていた。人は領地拡大の為、魔物はその時に殺められた同胞の敵討ちの為、戦争を繰り返していた。初めこそ愚かな人の欲のために多くの命が失われていたが、戦争が拡大していった頃には、血で血を洗う狂気に満ちた世界に変わり果てていた。
そんなとき一匹の竜が現れた。基本的に竜は世界の動きに干渉しない。しかし、森が焼き払われ、水源が枯れていく様子を見るに見かねたその竜は仲裁を試みたのだ。
その竜は人型になる事ができた。魔物に対しては竜の形態で威圧を込め、力を見せて抑え込み、人に対しては人の形態で語りかけ、傷を癒やし心に訴えかけたのだ。魔物達は畏怖と尊敬の念から竜を崇め奉り、少しずつ鎮静化していった。人達は傷が癒え、心に余裕を取り戻し今ある命を感謝することで安らぎを求めていった。
先の戦争は人の欲から始まっている。心に余裕を取り戻した人達は新たな欲に支配されていった。人は同じ過ちを繰り返したのだ。魔物の住まう豊穣の大地に心を奪われ、思うままに侵略していく人達。またも戦争の火が燃えつつあった。
その頃竜はある人との子を宿していた。人の形態で命の在り方を説いて回る中で、一人の女性と恋に落ちていたのだ。幸運にも子宝に恵まれ、一人の子を授かっていた。その子供には尾があり、鋭い爪や牙も見え、鱗も徐々に現れてきたが、顔には丸い耳に大きな瞳があり、綺麗な髪が生えていた。亜人の誕生である。
しかしそんな幸運も束の間、戦争の被害が拡大していったのだ。以前のように仲裁を図った竜が戦争地域に赴いていた時、別の場所では人達が騒ぎ始めていた。
「魔物がいるぞぉぉぉっ!」
大きな声が人の村で響いた。竜の子が狙われたのだ。母親は必死に抵抗した。魔物ではない、自分の子であると何度も叫んだが、心の狂った兵士達にはどの言葉も届くことはなかった。
戦争地域は以前にも増して荒れていた。仲裁が長引くと予想した竜は、自身の家族を避難させるため村へと戻ったが…………遅すぎた。
村に入りその光景を目の当たりにした竜は激昂のあまり村を焼き尽くした。磔にされ火炙りとされていたのだ。既に家族に息はなく、産まれたばかりの子は親の愛情を知ることもなく空へと旅立った。
竜は怒り狂った。何が仲裁、何が世界の為。復讐に燃えた竜は魔物の軍団を引き連れ人の国へと進行を始めた。怒り狂った竜だったが、少しの理性が残っており土地を根絶やしにするのは躊躇った。無論、生きるためである。人の為ではない。最短で国の中心部に向かった魔物の軍団は、瞬く間に蹂躙しその国を潰した。その後竜は魔物達を退避させ、獄炎のブレスで国を焼き払った。これ以上の戦を起こさせないため、魔物の脅威を知らしめるためである。
その後、双方で戦争の恐ろしさ虚しさが伝えられていった。三度同じ過ちを繰り返さぬよう、過ちの伝説として語り継がれていったのだ。