♯91 望む答え
「ではっ! 再開しまっす!」
高らかに仕切り直しを宣言する。
何故かグダグダになってしまったお泊まり会。
ちっがーうっ!
私がしたかったのは、もっと普通のヤツ。
あっまーいお菓子を食べて、恋愛話や他愛もない話に花を咲かせる。
そんな、普通なお泊まり会がしたいんだってば。
「ごめんなさい。何だか驚きの連続で、頭の中が混乱してしまって。……駄目ですよね、こんなんじゃ。もぐもぐ」
卒倒から回復した聖女様が反省しておられる。
花餅をつまみながら。
まさかあそこで卒倒するとは思わなかった。
見た目はちょっとショッキングだったけど、実戦経験豊富な聖女様なら、何て事ないかと思ってた。
……とは言っても。目の前で喋ってた相手が、突然水晶人形になったら怖いわな。
「申し訳ありません。少しイラついてしまって、節度を失っておりました。反省するばかりです」
ダークサイドから帰還を果たしたリーンシェイドも、ペコリと頭を下げた。
頭を下げて、もう一摘まみと花餅に手を伸ばす。
彼女が怒ると最近、本気で手がつけられない。
何があったかは知らないけど、勘弁して下さい。
いや、マジで。
そーっと伸びてきた手を、ピシャリとはたく。
「献上品でしょーが。何普通に食べてんの」
「ケチくさい事言やーすな。なかよーしたってな」
ピシャリと手をはたこうが、得意の傀儡術で花餅がひとりでに浮かび上がり、ベルアドネの口の中へと飛んで行く。
……便利そうだね、それ。
皆で花餅を摘まんでると、雰囲気も和らぐ。
甘いおやつは心を癒す。
平穏な空気が心地よい。
「レフィアさんは、どんな話がしたいんですか?」
「やっぱりここは……、コイバナ?」
「コイバナ……、ですか」
幼少の頃から殺伐とした世界で生き延びてきた鬼姫様は、こくりと首を傾げた。
「恋愛……、ですよね。……うーん」
五歳の頃から神殿に入れられ、厳しい修行を余儀なくされてきた聖女様も、難しい顔をして悩みはじめる。
「わんしゃが陛下にはじめて会ったのは……」
「あんたのはいいから」
「レフィアがひどい……」
物心ついた頃からシキさんにスパルタで鍛えられていたベルアドネが、魔王様に一目惚れした話をしようとしたので却下しておく。
その話はすでにいやと言う程聞いたよ。
……。
……。
あれ?
「この顔ぶれで恋愛話と言っても、少し無理があるのでは無いでしょうか」
「……マジか。うら若き乙女がこんだけがん首そろえて、恋愛話の一つも出てこないとは」
みんな特殊過ぎるよ、……過去が。
美人揃いなのにっ。勿体ない。
ふと、皆の視線が自分に集まってるような気がして、顔をあげる。
……気のせいじゃなかった。
三人がじっと私をがん見してなさる。
……なんでしょうか。
「……レフィア様は、どうなのですか?」
「レフィアさんなら、殿方も放っておかないでしょう。やっぱり、それなりに恋愛遍歴が、……あったりするんですか?」
「おんしゃ、今まで普通に暮らしとったんでやーすよな? 男も女も入り交じって。レフィアこそ、何か華やかな恋愛話とか、あらせんの?」
三人が揃いも揃って同じ事を聞いてくる。
だが。……返す答えは一つなのだよ。
「……ありません」
「……え? って、ただの一人も?」
「ただの一人もありません。誰からの告白も求愛も、された事ありません」
「……レフィア様。……特殊な村に住まわれてたのですね。孤高のバーバリアンとか、イヅナ権現崇拝者の隠れ里だとか」
「ごくふつーの、……農村でした。生まれてはじめての求婚が、……魔王様でした」
あれ……。不思議だ。
目から汗が出てきちゃった。
何だろう、世界が水のカーテンでボヤけてるや。
「……レフィア。おんしゃ」
「言わないで。お願いだから、それ以上は何も言わないで!」
「いや、だって……。まさかレフィアさんが、そんな……。男の人とだって、普通に話してますよね」
「普通に話してるし、昔から男の子の友達だっていました。一緒に遊んで、仲良くなって、何だか好意を向けられてるかもって、そんな予感にドキドキしたりもしてましたともさ!」
「それなら、一人ぐらいレフィア様に思いを告げた人がいても、おかしくないのでは?」
「私だってそう思いますよってのさ」
「……よってのさって、おんしゃ」
「そろそろ来るかな? って、ソワソワしたりなんかもして、それでもってついに呼び出しなんかがあったりしたら、普通思うじゃん? これはキターッ! って」
「……こなかったんですの?」
「『ユリアに結婚を申し込んだんだ』『リリアナと付き合う事になった』『メイと結婚するんだ』揃いも揃って、何で私に一々報告するんだーっ! 知るかーっ! あんたらはあんたらで幸せになってりゃいいじゃんかよーっ! 呼び出してまで報告するなーっ!」
……ぜぇぜぇ。
忘れようとしてた村での黒歴史が甦る。
確かに好意を感じてたと思ったのに、何故かいっつも勘違いで終わってしまう私の青い春。
もう、何が好意なんだかさっぱり分かりません。
「……へたれどもが。なっさけない」
「……リーンシェイドさん?」
「同じへたれでも、一応形だけでも求婚した陛下の方が、何百倍もマシじゃないですか」
「同じへたれって……。え? 魔王の、事? へたれ?」
「尊敬はしてますが、へたれはへたれです」
「え? そこ、言い切っちゃうの!?」
ドスの効いたリーンシェイドに、戸惑う聖女様。
恐る恐る周りの顔色をうかがってるみたいだけど、ベルアドネが深く頷いた。
「へたれは間違い無いがね。そこは否定もできやーせん。あれだけ周りから色香で誘われてるのに、全く手の一つもだしやーせん」
「それは……、身持ちが固いとか?」
「……レフィア。聖女に教えてやらーせ。陛下から求婚されて、二ヶ月おんなじ城で過ごして、その間、どこまで進んだか」
……進んだ。進んだ? 何が?
「二ヶ月一緒に過ごしてやった事と言えば、……デートっぽい事をした、……だけかな? 一回」
「……はい?」
「そのデートでちゅーの一つもしやっせたかん?」
「ちゅーって何さ、ちゅーって。そんなん、する訳無いじゃん」
リーンシェイドとベルアドネが深いため息をついた。
聖女様も驚きでか、目を大きく見開いている。
「……デート一回だけって、二ヶ月も一緒にいて? 村から強引に拐っておいて、ただ、……それだけ?」
聖女様の問いに無言で頷く。
された事と言えば、魔王様の全裸像を見せつけられたのと、自分の全裸人形を隠し持たれた事ぐらいだろうか。
脱いだ後のストッキングを被ってた事もあったっけか。
……ほぼベルアドネの悪行だな、これ。
「魔王って、ああ見えて、……そうなんですね」
「そうなんです。未だにレフィア様に素顔すら晒せないへたれなんです。尊敬はしてますが、周りでヤキモキさせられる身にもなって欲しいもんです!」
「あっ。……うん。……だね」
素顔。……素顔か。
魔王城下でのデートの時に見た、あの姿。
マオリとそっくりに見えたあの姿が、本当に魔王様の素顔なのか、……本当はどうなんだろう。
不意に悶々としていた気持ちを思い出してしまった。
その後の話題はコイバナにはならず、ひたすら魔王様へのダメ出しになってしまった。
リーンシェイドもベルアドネも、何だか色々とたまっていたらしい。気持ちの良い位に、次から次へと出てくる魔王様の失敗談や笑い話。
ついでに聖女様からも、勇者様や法主様の暴露話なんかも加わったりで、……意外に盛り上がった。
とりとめの無いお茶会は、思いの他、楽しい時間になった気がする。乙女ちっくな雰囲気を期待してたけど、これはこれで、ありかもしれない。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
夜も更け、ランプの灯りを落とす。
リーンシェイドもベルアドネも、たまった鬱憤を思いっきり吐き出してすっきりしたのか、ベッドに入るなり寝入ってしまったようだ。
安らかな寝息が聞こえてくる。
私は……、何だか寝つけなかった。
魔王様、ピスタチオの殻は剥いて食べようね。
灯りの消えた部屋の中で、布ずれの音がした。
多分、……聖女様だ。
「……眠れませんか?」
「レフィアさんこそ。……楽しくって。このまま寝てしまうのが、何だか勿体ないような気がしてしまって」
二人を起こさないよう、声をひそめて囁く。
「今日はありがとうございました。私なんかのわがままで、こんな無理を言ってしまって」
「いえ。こんな事、初めてでしたので。私も楽しんでしまいました」
月明かりのみの部屋はうす暗く、あまりよくは見えなかったけど、ふふっと聖女様が笑った気がした。
「……ふと思うんです。神殿に入らなかったら、こんな風に過ごす日々もまた、あったんだろうかって」
「聖女様が聖女様じゃないっていうのも、ちょっと想像しにくいですけどね」
「そうですか? 私だって、こう見えても17の乙女なんですよ? 色々と表に出さない顔だってありますとも」
「お、聖女様も立派な猫を飼ってらっしゃると」
「当然じゃないですか。もうとことんまで絡み付いた立派な猫が一匹。この猫はそうそういなくなりはしません」
他愛も無い会話が心地よい。
まさかあの聖女様と、こんな風に話せる日が来るだなんて。
生きてると色んな事があるよね、本当。
「聖女様。……一つ、悩みを聞いてもらってもいいですか?」
「何でしょう? 私で良ければ、ですけど」
あれから、悶々とし続けてるあの事を、何だか不思議と、聖女様に聞いて欲しくなった。
「……ある人に、どうしても確かめたい事があるんです。それを、はっきりさせたくて。それでずっとモヤモヤしてて。でも、本人を前にすると、どうしても聞けなくて。聞くだけでいいのに、聞けないんです。……どうして聞けないんでしょうか」
「……だいぶ、あやふやな部分が多いのですね」
「……ごめんなさい」
聖女様はふふっと笑って、そっと押し黙った。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「その聞きたい事というのは、はいかいいえで答えられるものなのでしょうか?」
魔王様はマオリですか?
……うん。はいかいいえしか、……無いよな。
「……だと、思います」
「では、レフィアさんは、その、どちらの答えを望んでいるのでしょうか?」
……はい?
私が、……望む?
私が望む答え。
「……考えた事もありませんでした」
魔王様がマオリなのかどうか。
私は、どっちを望んでいるんだろうか。
魔王様がマオリであって欲しい?
魔王様がマオリであって、……欲しくない?
……どっちだ?
「その、どちらを望むのか。もしかしたら、そのどちらも望んではいないのか。もしそれを、口に出して聞けないと言うのであれば、その答えを、レフィアさん自身が未だ決めかねているからではないでしょうか」
「私が、……迷ってる、から?」
「悩みと言うのは存外、自身の内にある事が多いものですから。レフィアさん自身が何を求め、何を望んでいるのか。まずはそれに、自分で答えを見つけてみてはいかがでしょうか」
自身の中の答えを見つける。
私が望む答え……。
私は、魔王様にマオリであって欲しい?
何故?
魔王様に、マオリであって欲しくない?
どうして?
……確かに。
私自身がどう望んでいるのか、曖昧なままだ。
さらに悶々と悩みを深めてると、聖女様が起き上がった。ふと月明かりが差込み、聖女様の真剣で優しげな表情を照らし出す。
「レフィアさん。明日、一緒に来て欲しい所があります」
「聖女……、様?」
落ち着いた中に、どこか覚悟を決めた声音を潜めている。
「もちろん構いませんけど、どうしたんですか?」
「レフィアさんを連れて行くかどうか、迷っていたのですが……、やはり行くべきだと、そう思いました」
聖女様は少し言い淀み、そして、はっきりと告げた。
「行き先はフィリアーノ修道院跡地」
「フィリアーノ、……修道院跡地。ですか?」
聞き覚えがあるような、……無いような。
「ええ。聖女にとっての到達地。……聖地です」
聖都の滞在期間は一ヶ月。
あと10日で、魔の国に戻らなければいけない。
期限はすぐそこまで、迫っていた。




