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♯81 貧民街



 流れるようなポージングが決まった。

 トルテくんは目を輝かせて喜んでくれている。


 ふふっ。楽しんでもらえて何よりだよ。


「レフィアねーちゃん! 格好いいっ!」


「まっかせっなさーい。ざっとこんなもんでぃ」


 ブィっとピースを作って片手を突き出す。

 トルテくんもニカッとピースを作って返す。


 カウンターの向こうでは、お姉さんのアリシアさんが何故か慌てていた。


「ト、トルテ!? あんた、何をっ!?」


「姉ちゃん?」


「す、すいません。あんたっ、この馬鹿っ!? 何て人に何て事やらせてんのよっ!?」


 何て人と言うか、何て事無い人です。


 ポカッと小気味良いを音を立てて、トルテくんの頭がはたかれた。


「いってー! 何すんだよ!」


「すいませんっ!」


「いえ、あの……、ただノリで遊んでただけなので……」


 私自身は農家の娘でしかないんだけど、今は聖女様の個人的な友人として招待されているので、扱われ方もそれなりになってるっぽい。


 うーん。さじ加減が難しい。


「こらこらこらこら。こんな所にほいほい来ちゃ駄目な人がいる気がするんだが?」


 奥の階段から勇者様が下りてくる。

 相変わらずの優しい顔つきで、トルテくんの頭をくしゃくしゃっと荒っぽくかき撫でる。仲のよろしい事で。……私もあれ、やってみたい。


 しばらく二人の様子を眺めて、ハッと思い出すべき事を思い出す。


 肝心の用事を忘れる所だった。

 まだ忘れてない。大丈夫。


「勇者様にお願いがあって来たんです。聞けばこちらへ向かわれたとの事でしたので」


「俺に? 珍しい。デートの約束なら喜んでお受けしますよ?」


 ドカッとカウンターの向こうで、突然大きな物音がした。誰かが壁を殴り付けたような音だ。


 一瞬びくっと驚かされたけど、勇者様はただニヤっとして、横目でチラリと見ただけだった。


 どこか楽しそうなのは何でだ?


「ありがとうございます。では早速、エスコートをお願いできませんしょうか」


 軽くお愛想返しを絡めて用件を伝える。

 今度はドンガラガッシャーンっと、カウンターの奥の厨房の方で、何かが派手に崩れる音が響いた。


 何だろう? ……大丈夫だろうか。

 背伸びして奥を覗き込むけど、どうもここからではよく見えない。

 勇者様は肩を震わせて、笑いを堪えていた。


 ……?


「……くくっ。とりあえず、話を聞こうか。まさかとは思うが、ここまで一人で来た訳じゃあるまい」


「あ、はい。表に馬車が停めてあります。アドルファスとポンタくんも入口の前に。勇者様、旧市街へ行きたいのですが、ご同行願ってもよろしいでしょうか」


 旧市街という言葉を聞いて、勇者様とトルテくん、お姉さんのアリシアさんがぎょっと目を見開いた。

 思ってもみない反応に、やや不安を感じる。


「旧市街へ? そりゃまたどうして。あそこはレフィアさんが行くような所じゃないんだが」


「……旧市街って、そんな変な所なんですか?」


「変って訳じゃ無いんだが……、ただまぁ、治安もあまりよくない区域なんでね」


 旧市街って、ただ古い市街地ってだけじゃないんだろうか。微妙に言い淀む勇者様の様子を不思議に思う。


 勇者様の言葉をトルテくんが引き継ぐ。


「あそこは、いわゆる貧民街なんだよ。オレや姉ちゃんみたいに親のいない奴等や、仕事にあぶれた奴等が、肩を寄せあって暮らしてんだ」


「貧民街?」


「そっ。オレが生まれるずっと前に新市街が出来て、金のある連中や、安定した収入のある奴等は、とっくに新市街の方へ移ってちゃったんだって。あそこは、どこにも行けなくて取り残された、オレ達みたいなのしかいないんだ。お偉いさんや新市街の人達なんかも、滅多に来たりなんかしないんだぜ?」


 ……貧民街。


 トルテくんの言葉や、勇者様の態度から、どこかネバっとした嫌な感情が伝わってくる。


 ちょっと……、意外だった。


 ここは聖都なんて呼ばれてる街だし、あの法主様と聖女様のお膝下でもある。そんな街でさえも、貧富の差からくる被差別意識がある事に戸惑いを感じる。

 誰もが平等に何て、あり得る訳が無いのは分かってる。けど、『貧民街』と口にした時のトルテくんの言葉に、どこか鬱屈した憤りを感じたのは気の所為では無いと思う。


「……神殿で、疫神の残していった処方について調べてもらってるんですが、どれだけ過去の文献や資料を漁っても全く分からないそうなんです」


「分からない?」


 感じた戸惑いを隠して、話を先へと進める。


「はい。それでアネッサさんが言うには、このままでは何の進展も得られないまま時間だけが過ぎてしまうと。なので、外からの助言を求めたいのだそうです」


「アネッサがそんな事を?」


「はい。何でも旧市街にアネッサさんが以前に師事していた方がいるそうで、その方の所へ向かおうという事になったんです」


「それと、……俺に何の関係が?」


「……私も同行したいと言ったら、聖女様に反対されてしまって。旧市街に行くのであれば、勇者様と一緒でなければ許可は出来ないと言われてしまいました」


「なるほど。そういう事か……」


 最初に聞いた時は何でそこまで? とも思ったけど、旧市街がそういう所なのだとしたら。


 軽はずみな行動は控えるつもりだったのに、また、迷惑をかけてしまったかもしんない。


 処方から病名を調べるのに、少しでも何か協力出来たらとしか考えてなかった。


 駄目じゃん、私。

 亡者の行進の一件から、何も成長してない。


 しゃにむに突き進むのは控えないと。

 また周りに迷惑をかけまくってしまう。


「その……、旧市街の事をあまりよく知らなくて。やっぱり、私は同行しない方が良いかもしれませんね」


「まぁ……、出来ればレフィアさんには神殿にいて欲しかったってのが、正直な所ではあるが……」


 ボサボサ頭を大きくかいて、勇者様が黙りこむ。

 

「いや、マリエルには悪いが、それもアリかもしれん……」


「はい?」


 ハッとしたかと思うと、急に考え込みはじめた。

 無精ヒゲをジョリジョリと撫でてる。


 何だろう。とても悪い顔をしていらっしゃる?

 ……顔が悪いっていう意味ではないよ?


「あの……。勇者様?」


「今なら揚羽で害虫駆除が出来るかもしれん」


「害虫駆除? どういう意味ですか?」


 何かの隠語だろうか。

 トルテくんに視線で問いかけるけど、はて、と二人で小首をかしげる。


「どうしてもってんなら、仕方ない。レフィアさんはしっかりと守るから、旧市街の方へ案内する事にしようっ。後の事は頼めるかーっ? 害虫駆除をしてくれると助かるっ」


 突然、勇者様が厨房に向かって声を張り上げる。

 すると、カーンっとお鍋を叩く音が返ってきた。


 ……何だ? 今のやり取りは。


「決まりだな。分かった。旧市街まで同行しよう。アネッサは今どこにいるんだ? もう先に行ったのかい?」


「あ、いえ。外にいます」


「アネッサねーちゃんもいるの!? 入ってこればいいのに」


 ……アネッサ、ねーちゃん?


「あー、もしかして。……またか?」


「はい。リーンシェイドを見たら止まってしまったので、馬車の中に担いで、放り込んであります」


「相変わらずだな。アネッサも」


「全然変わってないね」


 困ったように笑い、二人して肩をすくめる。


「勇者様は分かりますけど、……トルテもアネッサさんと知り合いなの?」


「アネッサねーちゃんも、前まで旧市街にいたんだ。神殿に行くまでは、姉ちゃんとダウドにぃちゃんとアネッサねーちゃんでよくつるんでたんだ」


「そんなチンピラみたいに言わないっ」


 トルテくんがまたポカっとはたかれた。


「小さい頃からのくされ縁みたいなものです。気がついたらいつも一緒にいて。旧市街から神殿に入って、しばらく会ってないんですけど、……元気そうで安心しました」


 幼馴染み……みたいなもんだろうか。


 ……。


 ……。


 幼馴染み……、か。


 マオリの顔がふと思い浮かぶ。

 今、どこで何をしてるんだろうか。

 元気でいるといいなぁ、アイツも……。


 ふいに、脳裏に浮かぶ5年前のマオリの顔と、魔王様の顔が重なる。

 我知らず、心臓がドキッと高鳴った。


「いやいやいやいやっ! まだそうと決まった訳じゃないしっ!」


 慌てて頭を振って疑念を否定する。


「どうしたんですか? レフィアさん。顔が真っ赤ですよ?」


「何でもないっ! 何でもないから大丈夫っ!」


 心配されてしまった。……顔が火照る。

 何で顔が火照る!?


「アネッサねーちゃんが旧市街からいなくなって、姉ちゃんも寂しがってたもんな」


「突然いなくなるのは、……寂しいよね」


 いつも隣にいたハズの人が、ある日を境に、突然いなくなる。

 その寂しさは……。知ってる。


 何となく場がしんみりとしかけた時、トルテくんが突然ニヒッと悪戯げに笑った。


「でも、秋からはもう心配ないんだけどね。姉ちゃんもダウドにいちゃんと一緒に、新市街の方へ引っ越すんだもんな」


 自慢気に言う内容に、皆の目が丸くなる。


「……え?」


「お?」


「トルテっ、あんた何でそれをっ!?」


 途端、アリシアさんが顔を真っ赤にした。

 勇者様にいたっては、目を生き生きとさせて身を乗り出してくる。


「ダウドにいちゃんからもう聞いてるってば。姉ちゃんがお嫁さんに行ったら、オレ一人だけが旧市街残っちゃうって。姉ちゃんそうやってダウドにいちゃんに断ったんだろ? だからダウドにいちゃんが、オレも一緒に来いって。アネッサねーちゃんみたいにオレ達も、三人で一緒に旧市街から胸を張って出ていこうってさ」


「……ダウドが、そう言ったの?」


「オレ、ダウドにいちゃん好きだよ? オレの事でダウドにいちゃんふるなんて、姉ちゃんらしくないって。もっと素直になりなよ」


「生意気言うなっ! このっ」


 ペシャリとはたく手がトルテの頭に乗せられる。

 トルテはそんなアリシアさんを見て、さらにニヒッと笑みを浮かべた。


「やるじゃないかダウドも。とうとうここの看板娘を落としたか」


「そ、そんなんじゃありません」


「姉ちゃん、顔真っ赤にして何言ってんだか」


「だから、あんたはっ! っもう!」


 幼馴染みと結婚、……か。


 ……。


 ……。


 いいなぁ。


「おめでとうございます。アリシアさん」


「い、いえっそんなっ! すいませんっ! こんな所で身内の事なんかをっ、あーっもうっ! まさかトルテに泣かされるなんてっ。ダウドのやつ!」


 感極まったのか、涙で目を潤ませるアリシアさん。

 勇者様もトルテくんも、ニシシっと笑ってる。


「とりあえず、奥で顔を洗ってくるといい。こうなったらアネッサにも教えてやらんとな。トルテ、アネッサを起こしてこいよ」


「あいよー。こんな姉ちゃん、滅多に見られないもんね。アネッサねーちゃんも連れてくる」


「あーっもうっ! 仕事中なのにぃっ! トルテの馬鹿っ!」


 だーっと外へ駆け出していくトルテくんに、アリシアさんはひとしきり悪態をついて、奥へと入っていった。


「変なおまけがついてすまねぇ。アリシアが戻ってきたら、早々に案内しよう。それでもいいかい?」


「こんなおまけなら、いくらでも。よろしくお願いします。勇者様」


 おかげで何だかほっこりとしましたともさ。


 秋、……か。


 だったら尚更、聖都の災厄をなんとか防がないといけない。

 みんなこうして、頑張って生きてるんだもの。


 私だって、それを応援したい。

 何だか思わぬ所で力を貰った気がする。


 トルテくんに連れられてアネッサさんが入ってくる。一緒に入ったきたリーンシェイドにも、こっそりと事情を説明しておく。


 アリシアさんの結婚の話を聞くと、案の定アネッサさんが止まりかけ、スパーンと勇者様にはたかれていた。


 心から喜んで抱きつくアネッサさんに、仕事中だからとアリシアさんも遠慮してたけど、その場にいる誰もが笑顔だった。


 アリシアさんとトルテくんに暇を告げ、私とアネッサさんは、リーンシェイドと一緒に馬車に乗り込む。

 勇者様も一緒にと誘ったけど、揚羽蝶に刺されるからと遠慮されてしまった。


 ……揚羽蝶って、毒針あったけ?






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