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♯80 狂信者たち(魔王の憂鬱8)



 冒険者ギルドを奥へと進む。


 カウンターで少し遅めのランチを頼んで、奥にあるテーブルの一つにドカッと腰を下ろした。

 呼ばれて来たのに、呼び出した勇者がまだ来てないとか……。ふざけてやがる。


 心の中で毒づいてると、誰かに見られてるような気がして、それに気付く。

 見ると、爛々と輝く二つの大きな両眼が、向かいのテーブルからこちらをじぃっと凝視していた。


 周りをそっと見渡しても、昼時を過ぎてる為か、近くには他に誰も見当たらない。


 ……。


 ……。


「確か……、トルテ、だったか?」


「はいっ! リリーさん! トルテです!」


 受付にいるアリシアの弟だったハズ。

 何故だか尊敬の眼差しを向けられている。


 そう言えば、コイツもあそこにいたな。


 一週間程前、拝殿に疫神が現れて大騒ぎになった。

 まぁ、知らなきゃ騒ぐのも仕方ない。


 レフィア達が相手をしてたみたいだが、何も土地の者に代わって、苦労を買って出なくてもいいだろうに。

 疫神の相手は、本来その土地の者がする。


 ……世話焼きな所は昔から変わらない。

 

 疫神騒ぎも収まって、勇者と合流する事が出来たのは、だいぶ暗くなってからだった。

 奴等を逃がしてしまった事を含め、事の次第を説明した途端、勇者の顔付きが目に見えて変わった。


 だが、あとは任せろと言われ、それっきり。

 特に失態を責められるような事もなかった。


 それはそれで助かりもするが、一週間が経って、いきなり冒険者ギルドまで来いと連絡をよこしてくるまで、何の説明もしやがらない。


 勝手な言い草に腹も立つが、顔を出したら出したでしっかり説明させてやる。

 

「……で、何故お前は同じテーブルにつく?」


「え? あぁ、いやぁ、……すげぇ格好いいなぁと思って」


 前のテーブルから、当然のように移動してくる。

 モジモジしながらチラ見をしてくるのは……。

 今は大目に見てやる。

 子供だしな。


 ……子供か。


「冒険者に憧れてるのか?」


「冒険者っていうより、リリーさんの、その姿にです! 漆黒の黒装束に、銀仮面。めっちゃ格好いいです!」


 ……。


 この格好が? マジで?

 今にも噛み付いてきそうな勢いに、少したじろぐ。

 自分の姿が、あまり一般的ではない格好だと自覚はしてる。


 自覚はしてるんだが、……格好いいだと?


「何だか、闇の中から舞い現れる銀揚羽! って感じで」


「……そ、そう。そうか」


「黒一色で落ち着いたダークヒーローって感じなのに、揚羽蝶が彫り込まれた銀仮面がミステリアスで、いい感じです」


 ダークヒーローってお前……。

 ミステリアス。……ミステリアスか。


 何だろう。言われ慣れてない所為か、ムズムズと込み上げてくるものがある。


「……変、じゃないか? これ」


「オレ、そういうのにすっごい憧れるんです! リリーさんを見た時から、すっげぇ格好いいって思ってました!」


 ……。


 子供は正直でいい。

 コイツ、中々可愛い所があるじゃないか。


「俺も最初はどうかと思ったんだが、慣れてくると、これも意外にいけるんじゃないかと、ふと思ったりしててな」


「いけますっ! すっげぇいけます!」


「……だよな。なっ、お前もそう思うか!」


「はいっ! リリーさんっ!」


 スッと立ち上がり、斜め後ろを向いて身構える。

 この斜めからの角度が大切だ。

 分かるやつにしか分からんだろうが。


「漆黒の闇に舞うは月影の銀揚羽。忘れるな。お前が深淵を覗く時、深淵もまた、お前を見ているのだという事を」


「天知る、地知る、人ぞ知る!」


 合いの手でそう来たか!?

 分かってるじゃないかっ!


「遠き者は音に聞け!」


「近くば寄って、目にも見よ!」


「我が前に立つは蛮勇、退くなら追わぬ! この銀閃が煌めく時、貴様の罪が裁かれる」


「おおーっ! すっげぇ! 格好いい!」


 大喜びするトルテに、少し気分が良くなる。


 だよな。分かるヤツには分かるよな。

 コイツ、見所がありすぎる。

 

 サラッとポーズを決めた所で、テーブルの上にスタミナ焼肉定食が置かれた。さっき注文したランチだ。

 黙って料理を運ぶアリシアの視線が冷たい。


「リリーさん。この子が調子に乗るんで、そんな無理して付き合わなくてもいいですよ?」


 別に無理はしていない。

 ……結構楽しかった。


「アリシアはウェイトレスまでするのか?」


「ここの所は厨房もやってます。どいつもこいつも、リュンクスリュンクスって、目の色変えて出てっちゃいましたから。人手が回らないんです」


「神殿からのあれか。……大変そうだな」


 疫神が残していったものの中にリグニア石があったらしく、神殿は、リグニア石を広く買い取る意向を告知した。

 さらに、提示された買い取り価格が相場の二倍だった事で、皆の目の色が変わった。

 リグニア石はリュンクスという魔物の胎内で出来る、狩らねば手に入らない魔石だ。


 そりゃまぁ……。冒険者なら稼ぎ時だよな。


「むしろみんながこぞってそっちに行っちゃったので、ギルド自体は全然暇になっちゃったんですけどね。おかげで、他の依頼が溜まりに溜まっちゃって、実は困ってます」


 言いながら期待を込めて俺を見るな。

 言外の圧力が怖いわっ!


「……すまんが、勇者の仕事を継続中だ」


「この際、掛け持ちとかどうでしょうか」


 どうでしょうかじゃねぇよ。

 よっぽど切羽詰まってるように見える。

 藁にもすがる思いなのは分かるが、そうやって圧力をかけてくるんじゃない。

 あいにく俺は藁にはなれん。


「熱心なとこ悪りぃ、掛け持ちはできそうにねぇ」


「あ、こんにちわ勇者様」


 顔に似合わず図太いアリシアの後ろから、ボッサンが顔をだした。

 ……遅せぇよ。


「アリシア、上の個室を借りる。何かあったら呼びに来てくれ。リリー、上に来てくれ」


「今食べ始めた所なんだが」


「皿ごと持って上がって来い。食べながらでいい」


 有無を言わせず二階へと連れられて行く。

 去り際にトルテに親指を立てると、ニカッと笑って、親指を立てて返して来た。


 ……何か可愛いのな、コイツ。


 二階の個室に入り、可愛くないのと真向いに座る。

 小さな部屋だが、窓が無い。壁や天井もだいぶ厚く作られているようで、扉など鉄板が張られていた。


「ここなら誰に聞かれる事もない。この一週間で分かった事を伝える。食べながらでもいいから聞いてくれ」


「やけに慎重だな。……焦っているようにも見える」


「まぁな。相手が相手だ。出来れば後手に回りたくない」


「分かったのか、……相手が」


 どうもいつもの余裕が感じられない。

 苛ついてるのか焦ってるのか、表情が固い。


「ああ、女神教の狂信者どもだ」


「女神教? お前ら仲間じゃないのか?」


「表向きはぶつからないようにしているさ。光の女神を右から見るか左から見るかで争ってても、意味ねぇからな。だが、奴等は別だ。狂ってやがる」


「とりあえず、……聞こうか」


 続く勇者の話では、『働きバチ(カラブローネ)』と呼ばれる女神教の中でもカッチガッチの狂信者集団が動いてるらしい。

 祈りや信仰だけでなく、己の命をはじめ、感情や痛覚に至るまで何もかもを女神に捧げた、頭のおかしい集団だそうだ。


 確かに、頭がおかしいとしか思えん。


 狙いはやはりレフィアらしい。

 魔の国から来たのもすでにバレてるそうだ。


 奴等なりの理由や事情もあるんだろうが、俺にとってはそれだけ聞けば十分だ。


「次からは見つけ次第殺す。それでいいな」


「それで構わない。いや、むしろそうしてくれ。奴等には懐柔も恫喝もきかない。捕まえた所で情報もとれん。……正直、相手にするだけ鬱になる連中だ」


 心底嫌そうに吐き捨てる。

 よっぽど嫌な連中なんだろうな。


「奴等がレフィアを狙う理由は?」


「分からん。どれも予想の範疇だ。引き続き調べてみるが、奴等が何を考えてこんな大胆な事をしでかしてるのか、……理解ができん」


「動いてるのはそいつらだけなのか?」


「今の所はな。その他の女神教の奴等に動きは見られん。分かってて黙ってる様子でもない。完全にカラブローネ単独での行動だな。ある意味暴走に近い」


「何か裏がありそうだが……、何とも言えんな」


 勇者の話を聞きつつランチをたいらげる。

 密閉された小さな小部屋にニンニクの匂いが凝縮される。スタミナ焼肉ランチは選択をミスったかもしれん。


 匂いのキツさに自然と眉間にシワが寄る。


「すまんな、あまり有用な情報が集まらなくて」


 謝られてしまった。

 すまん。ただ臭かっただけだ。


「いや、よくもまぁそれだけ調べたな」


 誤魔化しておく。

 勇者は臭くないんだろうか。


「ここは俺のホームグランドだ。それなりにあちこちに情報の伝手はある。……ここで奴等の好きにはさせんさ」


 握りしめる拳に力が込められる。

 お膝下で好き勝手されてプライドを逆撫でされたか。


 ……そういうプライドは嫌いじゃない。


「いくつか拠点の目星はついてる。もう少し絞り込んだら一気に殲滅に移る。その時には協力を頼みたい」


「当たり前だ。むしろ俺も連れていけ」


「……妙な話だが、心強い。……頼む」


 女神教か……。


 嫌な予感がしないでもない。

 動いているのは本当にそいつらだけなんだろうか。


 狂信者。


 女神に全てを捧げるそいつらが、何の目的でレフィアを狙うのか。富も名声も感情でさえも望まない人形どもが。


 レフィアを狙う事と奴等の信仰に、何の関係がある。


 ……。


 考えても意味はないか。

 レフィアを狙うのなら守るのみだ。

 肉片の一欠片すら残さずに斬り刻んでやる。


 一通り話が終わると、階下へと戻る。


 階段を下りようとすると、一層楽しげな声が聞こえてくる。トルテだ。


「天知る、地知る、人ぞ知る!」


 まだやってるのか、アイツ。

 楽しそうにはしゃぐ姿が目に見えるようで、何だかほっこりする。

 たまには童心に帰るのも悪くない。

 ……うん。悪くない。


 そう思いつつ和んでいると、続いて聞こえてきた声に思わず階段を踏み外しそうになる。


「遠き者は音に聞けぇ!」


「近くば寄って、目にも見よ!」


 ……なっ。何でっ。


 慌てて階段の壁にへばりつき、身を隠す。

 そぉーっと覗きこむと、カウンターの付近でポージングをかます、のんきな凸凹コンビがいた。


「玲瓏たる万乗の源。無垢なるは悠久の調べ。英達誇る清淑の癒し手レフィア。ここに推参っ!」


 ……。


 ……。


 何でこんな所に推参してんだよ……。






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