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♯71 初代様と悪魔王



 昼食を挟んで午後は実技に移る。

 場所はおんなじ礼拝堂。


 結果から言うと、魔法はまだ無理だった。


 どれだけ保有する魔力量が多くても、それだけで魔法が使えるようになるほど甘くはないらしい。


 まるで息をするかのようにとまでは行かなくても、魔力を引き出す事にも幾らか慣れてはきた。今ならもしかしてとも思ってたけど、どうも肝心の『祈る』という部分で躓いた感がある。


 ()()対して、()()祈るのか。


 肝心のその部分があやふやな私の『祝福』は、当然の如く祝福にならなかった。

 将来の自分に対してボケないように祈っても、効果は無いらしい。

 結構真剣に祈ったのに。


 ……残念。


「レフィアさんは、その……、少し邪念が多いかもしれませんね」


 邪念!?


 困ったように聖女様言われたその一言が、実は一番ショックだった。……邪念って。

 

 その後、神殿内部を案内して貰う事になった。

 気晴らしにでもと、気遣ってくれるのが嬉しい。


 神殿内ではとお願いされたケープを羽織り直す。

 服装にも色々と決まりがあるらしいんだけど、入信してる訳でも無い私達が、修道服を着る訳にもいかない。

 さりとて、禁欲生活をしている若者に、いらぬ刺激を与えても欲しくないと渡されたのが、この頭から膝辺りまでを覆うフード付きのケープだった。


 見習い修道士用のケープなんだそうだ。


「えっと、私が言うのも何ですけど、良いんですか? 私なんかにつきっきりで。聖女様にもお仕事があるんじゃ……」


「後進を導く事もまた、大切な役目の一つですから。大丈夫ですよ」


「はぁ……」


 大講堂や奉納堂、大小様々な礼拝堂など、中央神殿の主要設備の案内を受けながらぶらりと見学して回る。

 聖女様直々の案内に多少畏れ多いものを感じつつも、これ、妹のルルリ辺りに話したら良い自慢になりそうだとも考えてた。

 目をまん丸にして驚く姿が目に見える。


 ……元気かな、みんな。


 後日、聖女様の所での用事が終わったら、魔の国に戻る途中でマリエル村に寄る予定になっている。

 久しぶりに会えるみんなの顔を思い浮かべていると、美術品が飾ってある回廊へと案内される。


「あれ?」


「お? 授業は終わりやーしたか?」


 回廊のど真ん中に、邪念の塊が突っ立っていた。

 もちろんコイツもケープを羽織っている。


「こんな所で何やってんの?」


「何って、見たまんま。美術鑑賞だがね」


「……あんたが? 変なもんでも食べた?」


「あんな……、おんしゃと一緒にしやーすな。前々から一度、聖都の絵画を見ときとー思っとってな。丁度良い機会だて、ゆっくりと堪能させてもろーとるだがね」


 ……何か似合わんけど、そう言えばコイツ、芸術がどうのと普段から口にしてたような気もする。


 ……。


 作るものは全裸像ばかりだけど。


 そう言えば、ベルアドネの私室も随分とセンスの良い造りをしてた気もする。あれ、自分でやったんだとしたら、もしかしてベルアドネってそっちの才能があったりするんだろうか。


「……馬鹿と変態は紙一重ってヤツか」


「何も分かれとらせんがな。それ」


 呆れ顔のベルアドネの横に、まぁまぁと並ぶ。

 聖女様も微笑ましく近寄ってくる。


「……それで、いかがでしたか? 聖都の絵画は」


「中々のもんだがね。限定された題材の中で、ようもまぁここまで繊細に描きよる。構図に決まりがあるんか知らんがそれでも、思ってた以上の水準の高さに楽しませてもろーとるよ」


「ほぉ……。よく分からんけど、そうなの?」


「おんしゃ……」


「神話や逸話を題材にした宗教画ですからね、題材が限られてくるのも仕方ありませんですわ。ここにあるのは、神殿へ奉納された品ばかりですので」


「なるほど、そういう事でやーすか」


 そういう事らしい。

 どういう事だろうか。

 意外に教養高いよね。ベルアドネって。


 そのまま聖女様とベルアドネとで美術談義が始まってしまった。タッチがどうの、色彩構成がどうのと。


 横で聞いてても今一つピンとこない。


 何か悔しいのでしたり顔で頷いておく。

 さも二人の話しを聞いてる振りをしつつ、壁にズラリと並べられた絵画を何の気なしに見て回る。


 うーん。どれが一番美人さんかなー。

 目の保養。目の保養っと。


 どれもこれもノッペリとした色彩の中で、同じ様な構図が並んでるように見える。

 美人さんも中にはいるけど、今一つ色気がない。

 あっても困るか。どこぞの魔王様みたいに悶々しちゃうもんね。


 ぼーっと眺めていると、ふと一枚の絵に興味を引かれた。


 身の丈よりも大きなキャンバス一面に、聖女様と悪魔がででんと対峙して描かれている絵だ。


 他の絵画には無い大胆な構図と生々しい肉感、黒を強調したはっきりとした色彩の迫力に、つい見入ってしまう。


「はぁ……。何かすごいな、これ」


「不世出の天才ミゲル・カラバッジョの大作『悪魔王の討伐』です。市井に卸せば金貨一万枚の値はつきましょうぞ。実に見事な作品です」


「ほぉ……。これで金貨一万枚ですか……」


 いつの間にいたのか、でっぷりとしたおっさんが、後ろから勝手に絵の説明をし始めた。


「これまで神秘さを強調する為に、敢えて表現を押さえていた宗教絵画の世界に、これでもかと生々しい肉感を描ききった革命作でしてな。初代様の瑞々しい肌質やまるで生きているかのような肢体、悪魔王の禍々しさが見るものの本能に直接語りかけてくるかのような印象を残します。また……」


 ……これ。あかんヤツだ。

 こちらが相づちを打つ間もなくペラペラと絵画の批評をまくしたて始めおった。


「さらにこの白と黒のコントラストの素晴しさ……」


 どうしよう。

 ってか、このおっさん誰だっけ?

 昨日、法主様に紹介された人達の中にいたような気もする。

 確か財政内務担当の……。


 ……。


 ……えっと。


「初代様の悪魔王討伐は題材としてもよく好まれ、これまで数多くの名作を生み出してまいりましたが、その中でもこのカラバッジョの作品は……」


「ハラデテンド伯っ! これはどういう事ですかっ! 何故その絵がここにっ!」


 そうだ。ハラデテンド伯爵だ。


 立板に水の如くまくしたてるハラデテンド伯爵の美術評論に、聖女様がストップをかけてくれた。


 ……のはいいんだけど、何故か怒ってらっしゃる。


「これは聖女様。美術品の事となるとつい我を忘れてしまいます。大変お見苦しい所を」


「そのような些事について言ってるのではありません。何故その絵がここにあるのかと聞いているのです。その絵は仕舞っておくようにとしかとお伝えしたハズですわ!」


「はて。そのような連絡は受けておりませぬが。どこぞで連絡が行き違ったのやもしれません」


 ……何か雲行きが怪しくなってきた。


「昨日無かった絵がここにあるのですっ! そのような言い逃れが通じると思っておいでか!」


「仮にそうであったとしても、これなるはカラバッジョの逸品中の逸品。何故に埃をかぶせねばなりませぬ。私には到底理解しかねます。大切なお客人であればなおの事、最大限の歓待として披露すべきではありませんか」


「作品の良し悪しでは無いのです!」


 珍しく聖女様が怒ってらっしゃる。

 我知らぬ顔で他の絵画を眺めているベルアドネに近づいて、脇をつんとつつく。


「……どういう事?」


「……聖女なりにわんしゃらに気を使っとったって事だがね。それをあのハラデテンドとか言うのがワヤにしてまったもんで、怒っとらーすんよ」


「気を使う?」


「悪魔王言っとるけど、あれ、初代魔王の事だがね。初代聖女が初代魔王を倒したその故事を題材にしとらーす」


「……あ」


 ……そうか。そういう事か。

 気づくのが遅れてごめん。


 これから友好を築いて行こうと言う時に、招いた側の初代が、招かれた側の初代を打ち倒した絵があったら……、そりゃ駄目だよね。


「今すぐその絵をっ……」


「でもまぁ、良いんでねぇかな?」


 ベルアドネがわざとらしく声を上げた。

 腕を組んで人差し指を口元にあて、言い争う二人の間を通って件の絵画の前へと進み出る。


「言う通り、中々の名作だて。これに埃を被せるのは確かに勿体無いと、わんしゃも同意見だがね」


「ベルアドネさん……?」


 ひとしきり絵画をまじまじと眺めた後、ベルアドネは同じ姿勢のまま、ハラデテンド伯爵に視線を移した。

 やや上目遣いに睨んでるようになっているのは、多分わざとだと思う。


「……一部のもんしか知らんハズとは言っても、どこからでも情報と言うのは漏れやーす。おんしゃ。わんしゃらがどこから来たのか知っとって、あえてこの絵を飾りやーしたな?」


「はて? お客人は何をおっしゃっておるのやら」


「生憎と、わんしゃらが敬愛しとるのは今世陛下であって、歴代の面々がどうのは割とどうでもええんよ。試すようなこういうやり方、わんしゃはそれほど嫌いでも無いけどな。目算が外れて、残念でやーしたな」


「……言いたい事を言ってくれおるわい」


「ハラデテンド伯っ!」


「聖女もまぁええて。わんしゃらが気にしとらん事であえて目くじら立てやーすのも、それはそれで気の使いすぎだて」


「ベルアドネさん……」


 うーん。どうだろう、これ。

 初代の魔王言われても、あんまりピンとこない。

 考えてみたら私、あっちでもこっちでも部外者か。

 何だか酷く中途半端な立場だよね……、私って。


「……ベルアドネがそう言うんなら、それでいいと思いますよ。聖女様。こう見えてたまに的を射た事を言う時もある子なんで」


「おんしゃが一番失礼だがね。褒める時はちゃんと褒めやーせ」


 え、ヤダよ? だってベルアドネだし。


「これは、少々私の勘繰り過ぎでありましたな。どうかこの通り、無礼を許していただきたい」


 ハラデテンド伯爵が態度を改めて、頭を下げた。

 ベルアドネの言う通り、分かっててあえてやってたんか、コイツ。


「言い訳をする訳では無いが、近頃この近辺で正体不明の魔物の目撃証言が相次いでおりましてな。その調査に人手を割いてはいるものの、出るものばかりが増えていく現状、疑うべくものは疑わねばならぬ立場でしてね」


「それ、謝ってませんよね?」


「レフィアさん?」


 ……っと。ついポロッと思った事を言ってしまった。

 コイツ、私達が魔物を連れてきたと疑ってるって、面と向かって言いやがった。


「これは何とも手厳しいお客人ですな」


 ……何だろう。何かイラッとする。

 確かに、ここで私がコイツと喧嘩する訳には行かないんだけど、一々遠回しにコチラを差別する言動が気にくわない。


「まぁまぁ。レフィアもそう熱くなりやーすな。で、聖女。さっきの口振りだと、ここにあるのの他にも色々とあるって事でやーすか?」


「あ、はい。ここに展示してあるのは、神殿が保有するものの中でも一部ですので」


「ほな、後学の為にもまぁちっとばかし拝見させてくれやーせん?」


「それは構いませんが……」


 聖女様は言い淀みながらも、チラッとハラデテンド伯爵の様子を伺い見た。


「美術品の管理は私の管轄でもあります。そういう事であれば私がご案内いたしましょう」


 ハラデテンド伯爵が聖女様の意をくみ取ると、ベルアドネを引き連れてトットコさと行ってしまった。


 ……確かに腹立たしいヤツではあるけど、駄目だね。

 今ばるるんとリーンシェイドが友好の為の下準備に頑張ってるっていうのに、それを私がぶち壊してどうする。


 ……反省。


「レフィアさん。ごめんなさい」


「聖女様が謝る事では無いですよ。むしろ私こそ不用意な事を言ってしまって、申し訳ないです」


「そう言っていただけると助かります」


「いえいえ」


 よし。気持ちを切り替えよう。

 こんな空気をいつまでも引き摺るのも良くない。


「……にしてもこれ、凄い上手な絵ですよね」


「ハラデテンド伯は金銭価値の事しか言いませんでしたが、これはこれで、素晴らしい作品である事も確かですから。とても人気のある作品なのだそうです」


「さもありなん、ですね。迫力が凄いもん」


 改めて見ても、……うん。凄みがある。

 美術の事があんまり分からない私でも凄いと思う。


 ……確かに、題材がと言うだけで仕舞ってしまうには、惜しい気もする絵だよね。


 題材か……。


「これは、初代聖女様と初代魔王なんですか? 何で悪魔王なんです?」


「伝え聞く所では本人がそう名乗ったとあります」


「自称なんですね……」


 ほほぅ。

 まぁ考えてみたら初代だなんて、後世から見てそうであるってだけだもんね。当事者からしたら自分が初代かどうかなんて、その当時にはあんまり関係ないか。


「初代様、初代聖女アリシア様の頃はまだ魔王という名称が一般的では無く、この後より、悪魔王の意志を継ぐ者として『魔王』の名が用いられるようになっていったと、そう聞いておりますわ」


 ……。


「……はい?」


「何か?」


「……アリシア? 初代聖女様って、アリシアさんって言うんですか?」


「ええ。初代聖女アリシア・フィリアーノ様です。このアリステアと言う国名も都市名も、アリシア様の御名にちなんでつけられたそうですから」


「……勉強不足ですみません」


 初代聖女様の名前がアリシアだったんだ。

 全然知らなかった。


 ……。


 ……。


 アリシア。

 アリシアと悪魔王。……悪魔。


 悪魔大公と呼ばれるセルアザムさんが持っていたペンダントの女性も、アリシア……。


 これ、偶然なんだろうか。






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