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♯61 天高く空は晴れ2



「何もございません」


 アスタスは平伏したままはっきりと答えた。

 魔王様は何も言わず、アスタスを見つめ続けている。


 場の空気が重い。


 ……えっと。これ、どういう事なんだろうか。

 雰囲気的に誰かに聞けそうもないし。


 ……どうしよう。


「ただ一つだけ申し上げるのであれば、今回の事はすべて僕がやりました。仲間のファーラット達は、自分達が何に協力しているのかも知りません。彼らはただ騙されていただけです。……全ては、僕一人でやった事です」


「……つまらんな」


 平伏したまま口上を述べるアスタスに対して、魔王様がぽつりとこぼした。

 こらこら、つまらんって何じゃい。


「城で捕らえた者達も、皆口を揃えてそう言うそうだ、すべて自分がやったと。貴様の名を一言も漏らす事無くな。そこまでの覚悟がありながら、何故大人しく処罰を待つ。喚くなり罵るなりすれば良いだろう」 


 これは……、えっと。

 つまりはそういう事なのかな?

 このアスタスっていうファーラットが、今回の主犯って事でいいんだろうか。


 いいのかな?


 ……。


 ……。


 毛皮、撫でまくってたけど。私。

 ふわふわのサラサラで気持ち良かったです。


「自分一人で全ての責任を負う、か。ご立派だな、虫唾が走る。それで済まされると本当に考えているなら、貴様は救いようのない大馬鹿者だ」


 魔王様が言葉に怒気をはらませる。

 何だろう。何か怒ってるんだろうけど、その怒り方に少し違和感を感じる。

 何に対して怒ってるんだろう。

 アスタスは身を固くして押し黙っている。


「入れっ!」


 魔王様が扉の向こうへと大きな声をかけると、見知らない女の人が入ってきた。


 これもまた、物凄く綺麗な人だ。

 裾の長い巫女服のような格好をしてる。


 豊かな金髪にも目を惹かれるけど、露出がほとんどなく、身体のラインの出ない服を着てるのに、そこはかとなく香り立つ色気がまた物凄い。

 多分外見とかスタイルとかじゃなくて、一つ一つの所作が違うんだと思う。淑やかで流麗でいてふと目を奪われる。


 私なんかじゃ逆立ちしても手に入らないであろう種類の色気だ。


 ……そりゃそうかもしんないけどさ。


 リーンシェイドにしろベルアドネにしろ、魔王様の周りにいる女の人達って、レベル高過ぎじゃね?

 何だこれ? いいのかこれ?

 私みたいなのがいると浮いてないか?


「っ!? クスハ様!? な、なぜ!?」


 入ってきた女の人を見るなり、アスタスの顔色が変わった。


「クスハ。お前の門弟で間違いないな」


「はい。私の門下の者に間違いありません」


「違うっ! 僕はっ!」


「黙ってろ。貴様には聞いていない」


 金髪の女の人が魔王様の前でかしずいた。

 アドルファスとモルバドットさんに押さえ込まれていたアスタスが立ち上がろうとするけど、魔王様に怒鳴られて、無理矢理押し止められる。 

 ……アスタスの関係者かな?


「僕はすでに一門を離れました! クスハ様は関係ありませんっ!」


「ああ言ってるが?」


「一門から去る事を許した覚えはありません。彼は間違い無く、我が門下の者です」


「クスハ様っ! 駄目です! クスハ様は関係ありませんっ!」


 アスタスの叫びに悲痛なものがこもる。

 必死で訴え続けてるけど、魔王様もクスハさんも一切取り合わない。


「ではクスハよ。一門を預かる長として、この責、どう取るつもりだ。ただで済むとも思っていまい」


「門下の犯したる罪は、門主である私の不徳のいたすところ。この身をもって償いとさせて下さいませ」


「駄目ですっ! クスハ様は関係ありませんっ!  全部僕が悪いんです! 処罰を受けるのなら、僕だけでいいハズですっ!」


 身体に刃を食い込ませながらも、アスタスが前に出ようとする。

 身をもじってすがろうとするけど、アドルファス達がそれを決して許さない。


 ……見てて胸が痛む。

 アスタスにとってクスハさんは、とても大切な存在なんだって事が痛い程に伝わってくる。

 だけどここは、私が口を挟んでいいとこじゃない。

 どうするのかと魔王様を見ると、魔王様から勢いよく感情が沸き上がるのが分かった。


「思い上がるなっ!」


 魔王様が一喝して、アスタスを睨み付ける。


「全ての責任を貴様一人の背に負う? 誰がそのような事をお前に許した。それはどこの王の許しを得たものだ!」


「っ!?」


「だいたいにして、何故貴様がこの地に住まう全てのファーラットの贖罪をその身に負わねばならぬ。アスタス。貴様が同胞を憂いて国中を駆け回り、保護を目的とした活動を続けていたのは知ってる。だが、だからと言って、貴様が全てを背負う義務がどこにある」


「……陛下? 何故、それを」


「舐めるなっ。貴様の事はすでに聞き及んでいる。よもや同胞を救う為に己を捧げていた貴様が、このような事を謀るとは思いもよらなかったが、何故そこまでして己を追い詰める。何故そこまで己を歪ませたかっ!」


 魔王様の勢いにアスタスが俯いた。


「ファーラット達がこの国で恨まれているのは自分達の犯した過ちによってのものだ。己の行った行為の報いは己の身に返るもの。それはスセラギ領においてもまた同じであろう。スセラギ領でお前達が受け入れられるのも、お前達が命がけで戦ったその結果であるハズだ。その貴様が、何故己を歪めてまで全てのファーラットを救わねばならん」


「僕は……。僕にはファーラットを導く責任がっ」


「そんなものは無いっ! 俺は貴様にそれを許してはいない。その身一人に全てのファーラット達の命運を背負っているつもりなのだろうが、到底貴様一人で背負えきれるものではない。思い上がるなっ!」


「僕は……。僕は」


「今回の責は他のファーラット達にも連座させる。これより後、この国に住む全てのファーラットどもから、その財と権を取り上げるっ!」


「陛下っ!?」


「貴様らをこの国の住民とは認めず、すべからく俺の所有物とするっ! 居住の自由も認めん。この国に残る全てのファーラットを集め、スセラギ領の一部と魔王城にのみに居住を限るものとするっ!」


 ……。


 ……。


 あれ?


「クスハっ!」


「はい」


「お前にも責任の一端を担ってもらう。自ら魔王城に出仕し、俺の下につけ! 城内のファーラットどもを管理統括せよっ!」


「仰せのままに」


 ……えっと、これはつまり。あれか。

 私もさすがに今回色々と見てきた。

 だから、分かる。……と思う。


 言葉の勢いや雰囲気に流されては駄目だ。

 大事なのはその内容、内容。うん。


 要するにこれは、ファーラット達を魔王様所有の奴隷にするって事……、だと思う。現状、奴隷以下の境遇にあるらしい彼らを、だ。


 それはつまり、魔王様は自分の名の下に、ファーラット達を魔王城で保護すると言ってるのと同義な気がする……。


 確信を持てずにチラチラと周りを伺っていると、ふいに、シキさんと目が合ってしまった。

 シキさんは一瞬キョトンとしたけど、私が不安げにしてるのを悟ると、とても優しい目で頷いて肯定してくれた。


 ……よかった。ちょっとだけ安心する。

 

「……陛下。大変申し訳ありませんでした」


 クスハさんが深々と頭を下げる。


 私にだって分かるぐらいだ。当の本人であるアスタスや、クスハさんにも、魔王様の意図する所はちゃんと伝わっているんだろう。

 アスタスは肩を震わしたまま、すっかりと俯いてしまった。


 魔王様、処罰だって言ってるけど処罰になってない。

 ……くそぅ。何だか格好いいじゃないか。


 何だろう。魔王様がちゃんと魔王様してる。


「この俺でさえも、周りの支え在ってようやく何とかこの国を回して行けるのだ。……焦るな。いいな」


「……はい。申し訳、ありません」


「貴様は特別に俺がこき使ってやる。それまでに身体を癒せ。アドルファス、モルバドット。アスタスを連れて行け」


 アスタスがごっつい二人に連れられて退出していく。

 ……頑張れ。アスタス。


「過度のご配慮に言葉もありません」


 アスタスが退出した後、クスハさんが再び、魔王様に深々と頭を下げた。


「幸いにして死人が出る前に片がついた。被害も限定的だったしな。魔王城の修理は奴等自身にやらせるとして、まぁ、こんな所だろう」


「中々悪役も堂に入っとらっせる。大したもんだがね」


「シキ、褒めてないぞ、それは……。ファーラットの件については、忙しさにかまけて後回しにした俺も悪かった。……奴等だけを責める訳にもいかんだろ」


 甘いなぁと思う。

 私が言うのも何だけど魔王様は優しい。

 優し過ぎる。


 けど、私なんかはそれでいいとさえ思う。

 それが、いい。……うん。


「さて、話も一通り済んだ所で一つ確認しておきたい事があらーす。……ベルアドネ」


「は、はひ。おかあちゃん……」


 シキさんが入口で畏まってるベルアドネに、ゆっくりと微笑みかける。

 とても優しい優しい笑顔で。


「おんしゃが()()()陛下の花嫁候補になっとらっせるらしいが、……どういう事でやーすか? わんしゃ初耳だがね」


「あっぅ、そ、それは……、その……」


「ヒサカと魔王城の関係を構築する為に、わんしゃの名代として、おんしゃを登城させとったハズだと思っとらーしたが、……わんしゃもそろそろボケてきやっせたかんの?」


「あ、あの。これには、いや……、あぅ……」


 ベルアドネの顔色がみるみる変わっていく。


「こん馬鹿娘がっ」


「は、はひっ!」


 今にも泣き出しそうだけど。

 ……これは、さすがに自業自得かな。


「……それと陛下」


「……ん? 俺?」


「これは一体何でやーすか?」


 にっこりと微笑んだまま、シキさんが人差し指で、くいっと何かを引っ張る仕草を見せた。

 まるで見えない糸が繋がってるかのように、魔王様の懐から何か白いものが引っ張りだされる。

 それは空中をふわっと飛んで、私のすぐ目の前まで来たかと思うとそこでピタっと止まった。思わず両手を出すと、その上にポトンっと落ちてきた。


 白い……円盤状の、石だ。

 真ん中に金属の輪っかが着いていて、何かを結びつけてあるのが分かる。……何かというか髪の毛だ。

 亜麻色の髪の毛が一筋……。


 これ、もしかしなくても私の髪だったり?


「「あっ……」」


 魔王様とベルアドネの間の抜けた声が重なった。


 何か変な形だけど、これ、私の髪をくくりつけてあると言う事は、魔王様の御守りだろうか。

 ……肌身離さず持っていてくれたんだ。


 やばい。何か胸の奥が熱くなる。


 今まではそんなの、気のせいだと思ってた。

 でも、もしかしたら……。

 そうじゃないのかもしれない。


 私は、多分……。魔王様の事を……。


「……また下らんもん作りやーしてからに」


「ななななななっ、何の事だだだだ?」


「わわわわんしゃ、何もししし知らんがね」


 ……。


 ……。


 何だろう。二人の様子がおかしい。


「レフィア殿。それにちょこっと魔力を込めてみやーせな」


「ちょっ、待っ! 待て! 早まるな!?」


「……どうしたんですか? 魔王様」


 魔力。……魔力ねぇ。

 もう使い方は覚えたから、それぐらいなら出来るけど。何だか魔王様の慌て方が半端ない。

 ……どうした?

 

 円盤状の石にそっと魔力を流し込む。

 どうやら魔術具だったようで、石が魔力に反応して、真ん中にあった輪っかがスゥーっと石の中に沈み込んでいった。


 一体どういう仕掛けなんだろうと、まじまじ眺めていたら、円盤の中から手の平サイズの人形がニョキニョキと姿を……。


 姿を……。


 姿……。


 ……。


 ……。


 おい。ちょっと待て。


「これ……、もしかして……、私ですか?」


 ……。


 ……。


 全裸だった。


 バキッ!


 思わず大量の魔力を流し込んでしまい、円盤が割れた。

 思わずというか、……まぁ、わざとだけど。


「ち、違う! 違うぞ! 断じて違う! 誤解するな! 作ったのはベルアドネだ!」


「へ、陛下!? あっさりバラしやーしたが!? 髪の毛を使って楽しんだのは陛下だがね!」


「おまっ、楽しんだとか今ここで言うか!?」


「わんしゃはただ円盤に術式を組み込んだだけでやーすっ! どう使うかまでは知らんがね!?」


「あ、ひでぇっ! 普通ここで裏切るか!? 」


「先に切り捨てようとしたのは陛下でねぇすか!」


 やたら繊細に、詳細だった。

 ……ホクロの数や位置までも。


 はは。

 ははははっ。

 あははははははははははっ。


 やばい。何か頭の奥が冷えてくる。


 今まではそんなの、気のせいだと思ってた。

 でも、もしかしたら……。

 そうじゃないのかもしれない。

 いや、無いわ。


 これは、無い!

 無いったら無い!

 絶対無い!


 ありえないっ!


 あー。あー。あー。

 うん。気のせいだ。

 何もかんもぜーんぶ気のせいだ。

 あははははははははははっ。


「魔王様……」


「あ……。レ、レフィア……、こ、これは……」


 ぜーんぶ吹き飛びました。

 はい。気のせいでした。


「最っ低……!」






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