♯59 邂逅
底抜けの開放感を身体全体で感じる。
どこまでも突き抜けてしまえそうな爽快感。
心の奥底から沸き上がる万能感。
今なら、何でも出来ちゃいそうだ。
何だろう、これ。
めっちゃ気持ちいいっ!
意識を上へ上へと向けるだけで、どんどんと身体が浮かび上がっていく。
夜闇を貫き、雲を突き抜けて、砕かれたガラス細工のように散らばる星々の、そのど真ん中へと飛び込んでいく。
うっひょぉぉぉおおおおお!?
まるで私が私じゃないみたい。
夢のような気持ちのよさに心がはずむ。
……。
……まぁ、夢だろうけどさ。
分かってる。これは夢だ。
白昼夢なのか明晰夢なのかは知らないけど、こんな事、翼も持たない人間に出来る事じゃない。
人間はちゃんと、地面に二本の足をくっつけて生きていく生き物なのだから。
その足が長いか短いかは別にしてもね。
せっかくだから、身体をぐるんと捻って、夜空を縦横無尽に飛びまくってみる。
ふはははははっ!
どうだっ! アドルファスくんっ!
今の私を君にも是非とも見せてやりたかったよ。
散々に人をからかいくさってからに。
夢の中だと分かっていれば、全然まったくこれっぽっちも、怖い事なんて何も無いのだよ!
月の光をスポットライトにして、自由自在に雲の間を飛び回るこの快感っ!
ちょー、爽快っ!
雲の下へと突き抜けた時、ふと眼下に正方形の砦があるのが見えた。
一面の森の絨毯の真ん中にぽつんと広がる、凪ぎ払われたような更地のど真ん中に立つ砦。
フィア砦だ。
……。
……。
あれ? 何か……。
記憶の中にある風景とちょっと違う気がする。
砦の周りって、あんなに更地になってたっけか?
もうちょっと、こう、砦の側まで森が迫っていたような、なかったような気が、……しないでもないんだけど。
……あれ?
不思議に思ってさらに近づくと、頭の上から光の粒子が地上へと降り注いでいる事に気がついた。
感覚でそれが、聖女様の祝福だと分かる。
これ、夢だけど夢じゃない。
今、現実に起こっている事を空から見てるんだ。
多分だけど、今の私は私の実体では無く、どういう訳なのか意識だけが、ぐるんぐるんと空を飛び回ってる状態なのだと思う。
私の実体は、今もあの砦の最上階にいる。
何だか分からないけど、それが分かった。
万能感というか、全能感というか。
それを何と表現したら良いのかは分からないけど、感覚的に、そういう状態にいるんだろうって事が、……分かる。
光が地面に降り注ぐ。
今ならこの『祝福』の魔法がどういうものなのかがよく分かる。
これは、祈りだ。
生ある者には命の活力を与え、死せる者には安らかな眠りを与える、真摯なる祈り。願いの形。
光の粒子に囲まれた亡者達が消えていく。
あれだけいた無数の亡者達が、次々と、霞が散るように消えていく。
砦の中に残った者達にも癒しを与えながら、聖女様の祝福は、一面の亡者達を浄化しつくしている。
聖女様の魔法、マジ半端ない。
その魔法の行使に少なからず、自分も加わっていた事がちょっとばかり誇らしく思えてくる。
うん。やれる事は、……出来たっぽいかな。
小さな満足感に、心が満たされる。
──見つけた。
ふいに、誰かの声が届いたような気がした。
空中で静止し、周りを見回す。
──ようやく、見つけた。
まるで少女のようでもあり、妖艶な淑女のようでもあり、年老いた老女のような声。
とても不思議なその声は、歓喜に満ちていた。
……誰?
──私の愛しい娘。ずっと探し続けていた。
そんな不思議てんこもりなお母さんに、思い当たりは無いんだけど、……誰なんだろうか。
せめてどこにいるのかだけでも教えて欲しい。
──ふふ、ようやく、見つけた。
伸ばされた掌が頬に触れる。
……へ?
いつの間にこんな近くにっ!?
っていうか、何!? 誰!?
──こんなにも美しく成長してくれて。
……直感的に少女、だと思った。
いや、妙齢の女性かもしれない?
目の前にいるその女性は、光り輝くような美貌を綻ばせて、私を愛おしそうに眺めていた。
……目が離せない。
意識がそらせない。
今まで見た事もないような綺麗な容貌に、心が囚われて逃げられない。
恐怖を感じるほどに、美しい女性だった。
──貴女がこの世に生を受けたその時から、ずっと、貴女を見守っていたというのに……。貴女を見失ってから、どれほど探し続けた事か。
見守る? 見失う?
……何の事だろうか。
さっぱりチンプンカンプンだ。
──愛しい私のレフィア。待っていて。すぐに……。
姿が、霞んで……。
消えた。
……。
……。
何だったんだろう。
今のは誰?
何だか私の事を、昔から知っていたような事を言っていたけど、生憎と、私にはさっぱり覚えがない。
撫でられた頬に手を当てる。
……撫でられた?
……。
……。は?
あの女、実体の無い意識だけの私の頬を、しっかりと撫でていた?
どうやって……。
困惑と不気味さを残して消えてしまった女性。
一体、何だったんだろうか。
そうこうしている内に、何かに引っ張られた。
抗い難い何かに、身体ごと引っ張られる。
意識が霞む。
深い深い、安らぎの眠り。
気がつくと、私は砦の最上階、そこに用意された魔法陣の中に立っていたままだった。
目が覚めると、全て終わっていた。




