表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/236

♯53 法主の決断(法主の後悔2)



 荷馬車やテント用の建材を崩して柵を作る。

 即席の簡易バリケードだ。


「狭すぎるっ! もっと間を取れっ!」


「最悪馬を放つ! 人は馬の後ろに並べっ!」


 テキパキと陣営を組み直す兵士達の間に、まるで怒号のような指示が飛び交う。ここに到って絶望に膝を抱え込む者は誰もいない。我が国の精鋭達の意識の高さが成せる光景だ。


 まさか、こんな事態になるとは。


 魔の国に赴くに当たって、何が起きるか分からない不安は確かにあった。だが、まさか亡者の行進に行き合うとは想定外にも程がある。

 狼に跨がって戻って来た事にも驚かされたが、魔の国から戻ってきたマリエルから報告を受けた時には、頭が本当に真っ白になった。


 亡者の行進。


 実際に経験した事は無いが、その恐ろしさとおぞましさは嫌という程に教え込まれている。過去にどれだけの王国が亡者の群れの中に沈んだかも。


 今、それが現実に目の前で起きているのだと言う。

 ……よりにもよってこんな時に。


 騎士団を即座に撤退させる声もあったが、それは出来ない。今からではまず間違いなく撤退中に後方から追い付かれてしまうし、最悪、亡者の群れをアリステアに呼び込んでしまう事になる。


 ここで一晩を耐え抜き、亡者達の動きが鈍くなる夜明けと共に全力で撤退する。それしか、私達の生き延びる道は無い。


 ……無理だ。

 どう考えても無理が過ぎる。


 周りは遮蔽物など無い岩荒野。こんな所で一晩もの間、亡者達の猛攻を凌ぎきるのは無謀にも程がある。凌ぎきった所で、夜通し戦い抜いて疲労した身体で、果たしてどこまで逃げ切れるものか。


 報告を受けた時点ですでに詰んでいる。


 それでも、兵士達は諦めていない。


 亡者の行進を実際に知らない事も多分にあるだろうが、それでも、彼らの勇敢さと覚悟の強さには頭が下がる思いだ。


 私とてそれなりの覚悟を持って法主をしている。

 だが死ぬのは怖い。目茶苦茶怖い。

 外聞も見栄もすぐさま全て投げ出して逃げてしまいたいくらい怖い。

 けれど私が逃げる訳にはいかないのだ。


 やはりこの遠征は間違いだったのかもしれない。

 明らかに私の判断ミスだ。

 アリステアの精鋭をこんな所で失ってしまう事になるなんて、いくら悔やんでも悔やみきれない。


「法主様っ! どうか法主様と聖女様だけでも後方へお逃げ下さいっ! 法主様はアリステアになくてはならぬお方、どうかお願いもうしあげますっ!」

 

 騎士団長が声を枯らして訴えてくる。

 気持ちは嬉しいし、出来れば私もそうしたいが、出来る訳がない。見捨てる見捨てないの問題では無いのだ。もしここで私が逃げ出して亡者をアリステアに呼び寄せてしまったら、ここに残る者達の勇気と覚悟を全て無駄にしてしまう事にる。


「なくてはならないのはここにいる者達全員の方だ。私の替わりの法主こそ、それこそいくらでもいる。その君達を置いていってまで私が逃げて何になるのだ。私は私の責任において、一人でも多くの者をアリステアに帰さねばならん。気持ちは有り難いが、もう言うな騎士団長」


「しかし法主っ!」


 うぅっ。逃げたい。今すぐ逃げ出したい。

 来期は法主選定に選ばれたとしても絶対に断ろう。うん。絶対私には荷が重すぎる。


「リーンシェイドさん!? ……貴女、まだここに残ってらしたのっ!? てっきりもう戻ったのだとばかり……」


 さらに言いつのろうとした騎士団長の懇願に被るように、マリエルの焦ったような声が耳に届いた。

 見ると、マリエルを狼に乗せて連れてきてくれた黒髪の少女がそこにいた。


 何でも魔の国の者らしいが、どう見ても人間の少女にしか見えない。


 ……って、何でまだいるんだ!?

 ここにいたら、確実に巻き込んでしまう。


「……戻るよりもこちらに残っていた方が、レフィア様のお役に立てるかもと思いましたので」


「……どういう意味ですの?」


 この状況下だというのに、随分と落ち着いている。今の状況がよく分かっていないのだろうか。

 少女に声をかけようとした時、砦を見張っていた兵士が大声をあげた。


「魔物達の砦から何か来るぞっ!」


 ……今、この時にかっ!?


 兵士達が大きくどよめく中、砦の方向に目をこらす。確かに、砦からいくつもの影が空へ飛び上がって来ているのが見える。


 魔獣に騎乗した砦の魔物達だ。

 魔物達は夕焼けに赤く染まる空を、明らかにこちらに向かって来ている。

 この状況で攻撃をしかけて来るのかっ!?


  マジで本気でやめて欲しい。


 今襲撃を受けたら、亡者達を相手に一晩凌ぎきるとかいう以前に遠征軍が瓦解してしまう。

 確かに、相手にとってはこれ以上無いくらいのチャンスだろう。


 ……くそ、どうすればいい。

 今の私達に迎撃する余裕など全く無い。


 焦る私をよそに、砦から飛び上がってきた一団はこちらの陣営に向かってどんどん近づいてくる。


「……ん?」


 空を見上げて対策を考えていると、迫る一団から一つの影が飛び出してくるのが見えた。まだ距離が遠くてよく聞こえないが、何か叫んでいるのような気がする。

 ……鬨の声か? 違う。

 こちらに突撃をしかけ来ている様には見えない。何だか様相がおかしい。

 その影は物凄い速さでぐんぐん近づいてくる。


「っいやぁぁぁあああああああっ!!」


 ……泣き叫んでいた。


 ……。


 何だ? あれは。


 大きな狼だ。先ほどマリエルが跨がっていたのと同じような狼の背に人影が2つ見える。

 1人は屈強そうな鎧に身を包んだ黒い騎士だ。後ろに誰かを乗せているようだが、この半狂乱の叫び声はその者の声だろうか。……若い娘のように聞こえるが。


 その大きな狼は速度を緩める事無く、陣営のど真ん中に突き刺さるように着地した。

 すかさず兵士達が警戒してその周りを固める。


「わざとだぁあっ! 絶対わざとでしょっ!」


「急ぐ必要があるから急いだけに過ぎん」


「嘘だっ! 目が笑ってるじゃんっ! このサド! サドルファスっ! 絶対後で泣かすっ! 」

「喚くな。膝が笑ってるぞ、しっかり立て」


「絶対っ! 絶対っ! 覚えてなさいよっ!」


 黒い騎士の後ろに乗っていたのは、本当に若い娘だったようだ。狼の背から降りると、駄々っ子のようにポカポカと黒い騎士を殴りつけていた。


 ……何だ、この場にそぐわない雰囲気は。


「レフィアさん!? どうしてここにっ!?」


「聖女様っ! 」


 マリエルが兵士達を掻き分けて二人に駆け寄って行く。あの黒髪の少女と同じようにマリエルの知り合いなのだろうか。


 ……レフィア?


 レフィアだと!?


 あの娘がレフィアなのか!?

 何故魔物達の砦から!?

 何故あの大きな狼や黒い騎士と一緒にいる!?


 え? 何これ? ……は?

 訳が分からない。

 どういう事なんだ? これは。


 マリエルからはレフィアを連れて来る事は叶わなかったと聞いているが、今のこの状況が分からない。

 亜麻色の髪の若い娘。確かに、事前に調査した通りではあるのだが……。


「……どうしたんですの。酷い顔ですわよ」


 ……風に煽られたのか髪はボサボサで、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているし、両膝がカクカクと震えていてまともに立ててない。


 ……何か思ってたんと違う。


 ……あれ?


 調査報告書に書かれてた子とちょっと違わないか? 本当にあれがレフィア? マジで?


「……言わないでください。そ、それよりも、ここの責任者の方に会わせてくださいっ! お願いしますっ!」


「え、ええ。それは構わないけど。……大丈夫なんですの?」


「……法主ミリアルドだ。レフィア、さんで良かったのかな?」


 マリエルの側に寄り、レフィアに声をかけた。

 後から次々と黒い騎士たちが陣営の中へと降りたって来た。……100ぐらいだろうか。どれも只ならぬ雰囲気をもった騎士達だ。


 何これ怖い。


「法主様っ! もうじきこの辺りまで亡者の群れが押し寄せてきます。どうかお願いします。ここにいる人達をすぐに砦の中へ移動させてくださいっ!」


「すまないが言ってる意味がよく分からない。落ち着いて分かるように言ってもらえないだろうか」


「今すぐ、砦の中へ入って下さいっ! 全員っ!」


「砦の中……。砦?」


「今、目の前にある、あの砦の中へっ!」


 ……なっ、何を突然言い出すんだこの娘は。

 目の前にある砦? もしかしなくともフィア砦の事だろうか。魔物の砦じゃないかっ!?


「た、確かに絶望的な状況ではあるが、まだ我々は諦めた訳では無いっ。玉砕覚悟で砦に突撃など、出来る訳も無いだろうっ!」


「違うんですっ! 玉砕とかそーいうのでは無くて、……あーっもうっ! 何て言えばいいのか。魔王様が城門を開けてくれてますっ! 日没までに砦の中に避難して下さいっ!」


「ま、魔王だとっ!? 魔王があの砦にいるのか!?」


「確かにいますけどっ、反応する所が違うっ!」


 すぐ目の前の砦に魔王がいるというのか。

 ……何て事だ。てっきり奥の魔王城で構えているとばかり思っていた。


「レフィアさん。……どういう事ですの? 魔王……、魔王リーが、私達に砦の中へ来いと、そう言っているんですの?」


 マリエルが怪訝な表情でレフィアに問いかける。


 魔王リー? 魔王はスンラでは無いのか?


 マリエルが魔王の名を口にした時、リーンシェイドと呼ばれた黒髪の少女がそっと顔を背けた。

 ……どうしたのだろうか。


「はいっ! ここにいては亡者の群れに飲み込まれてしまいます。生き延びる為にも、どうか砦の中に避難して下さいっ!」


「……叔父様、ここにいても亡者に襲われるだけです。砦の中へと言うのであれば、誘いに乗ってみるのも良いのかもしれません」


「……我々を陥れる罠では無いのか」


「例え罠であってもです。このまま、防衛に不利なこの場で亡者と戦うか、あえて魔王の懐に飛び込むか。……少しでも生き延びる可能性のある方を選ぶべきですわ」


 少しでも生き延びる可能性のある方か。

 進めば魔王、とどまれば亡者。

 ……選択肢は確かに増えたが、ただ全滅する方法が増えただけではないのか? これは。


 昔ある人が言ったらしい。

 『男の仕事の9割は決断する事』だと。


 確かにそうだが、……決断しなくてはいけないのか、これ。……マジで?


「法主様っ! お願いしますっ!」


 ……くぅ。進むかとどまるか。


「叔父様っ! ご決断をっ!」


 ……あぐぅ。魔王か亡者か。

 どうする。どうしよう。どうすればいい。

 

 皆の視線が私に集中する。

 私が決断するのを待ってるのだ。


 ……胃に穴が開きそう。


 どちらとも決断をしかねていると、すぐ側から魔力が吹き上がった。魔力は力を持った風となり、この場にいる全員に叩きつけられた。


「な、何だ!? これはっ!?」


 飛ばされそうになるのを何とか堪えて振り返ると、眼前に抜き身の小太刀がつきつけられた。


「リーンシェイドっ!?」


 小太刀を構えている者を見ると、さっきまで黒髪だった少女がそこにいた。

 うん。ついさっきまでは黒髪だったハズだ。


 少女は黒かった髪を、毛先がほんのり赤い白髪に変え、恐ろしいまでの魔力を身に纏ってこちらを睨んでいる。

 何よりも恐ろしいのは天に向かってすらりと伸びた2本の、……角。


 この娘、魔物だったのか。


 いや、魔物というか何というか、その姿形はまるでお伽噺にでてくる鬼女……。鈴森御前のようだ。


「……鈴森御前が娘、鈴影と言います。誰も動かないで下さい。動けば殺します」


 ……へ? あれ? マジで?

 まさか本物!?


「鈴影……、姫なのか? まさか、……本物の?」


「我が母の事は、あなた達人間の方がよく知っているハズですのであえて言葉は割きません。ですが、どうやら勘違いしているようなので補足させてもらいます」


「……勘違い、だと?」


「レフィア様はあなた達に選択や決断を迫っているのではありません。速やかに行動に移すように指示を出しているのです」


「えっと、……あの、リーンシェイドさん?」


 レフィアがおずおずと鈴影姫に近づいて行こうとしている。……マジか。この凄まじい威圧の中で、よくも近づく気になれる。

 私など、怖すぎて身体が動かない。


「ここはお任せ下さい。必ずやレフィア様のお望みの通りにこの者達に聞かせますので」


「いや、おーい。何かちょっと違わないかい?」


「……何のつもりだ。私を脅してどうする気なのだ」


「どうするも何もありません。死にたくなければ砦に入りなさい。分かりませんか? 力ずくで()()()()()のです」


 脅し……、脅しか。

 死にたくなければ、とは確かに言ったもんだ。

 ……言葉の通りなのだろう。

 確かに、死にたくなければ進むしかない。


「リーンシェイドっ!? 何をっ!?」


 今にも飛び出そうとするレフィアに手を上げて、その場にとどまらせた。

 マリエルとも目があったので、頷き返しておく。


 ……そういう事か。


 不思議な事に、こうして刃を向けられているというのに殺意が感じられない。

 確かに怖い。膝が震えだしそうな程に怖いが、それはただ私が臆病なだけで、鈴影姫に殺意は無いのだ。


「……従わねば殺す、と?」


「砦に入らないのであれば、ここで亡者の群れに飲み込まれるだけです。只でさえ亡者で溢れかえるというのに、これ以上増やす訳にはいきません。死にたいのであれば微塵も残らぬよう刻んで、焼き尽くすだけです」


「……ずいぶんと物騒な話だな」


「剣聖がくれたこの小太刀、どれ程切れるか知りたいのであれば教えますが、どうします?」


 この場に残った所で助かるとも思えない。

 例え罠だとしても、進むより他に選択肢は最初から無いのだ。


「脅されてしまっては仕方ない。言う通りにしよう」


「理解していただけて光栄です」


「……えっと、……どういう事?」


「そういう事ですわ。レフィアさん」


 鈴影姫が刃を引いた。

 ……情けない法主ですまない。魔物とはいえ、こんな若い娘に背中を押されなければ決断できないとは。


 だが、おかげで心は決まった。


「総員騎乗っ!」


 恐怖を押さえ込むように、下っ腹に力を込めて大声を張り上げる。


「神官はそれぞれ騎士の背に乗れっ! 聖女を先頭に凸型陣形を組んで砦まで一気に駆け抜けるっ! 騎士団長っ!」


「はっ!」


「先陣を任せたっ! 私は勇者とともに殿を担うっ! 荷は捨てよっ! 可能な限り身を軽くするのだっ!」


 ここでも騎士団長が殿を買って出るが、ここを譲る訳には行かない。


 私が臆病な所為で時間を無駄にしてしまった。

 太陽はすでに地平線と接してしまっている。


「急げ! 日没までに砦に辿り着くのだっ!」


「「はっ!」」


「法主様っ!」


 レフィアさんが声を張り上げて近づいてきた。

 うん。君のおかげで少しでも生き延びる可能性が見えてきた。……ありがとう。


「私も馬に乗せて下さいっ!」


 ……馬?

 その目にはうっすらと涙が滲んでいた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ