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♯49 心を一つに



「……心の準備はよろしくて? 行きますわよ」


 聖女様が私達に声をかける。

 私とベルアドネは無言で頷いた。

 聖女様を先頭にして、ファーラットを私が担ぎ、ベルアドネを間に挟むようにして私達は今、これ以上は無いってくらいに前後に密着している。


「せーのっ!」


「どわっ!」


「えっ、ちょっベルアドネ!」


「のわわわっ!」


「何? ちょっやだっ!」


 最初の一歩を踏み出す事も出来ないまま、私達は絡み合うようにして転んだ。


 ……がぅ。


「やっぱり不服だがっ! 何でわんしゃが真ん中で挟まれとるんだがねっ!」


「仕方ないでしょうが。ファーラットは私が担ぐんだから私が一番後ろでしょ? 聖女様とあんたとで、どっちが真ん中に来るのかって言ったら、平たいあんたに決まってるじゃない」


「平たい言やぁすなっ!」


 運動神経に一番難のある人を真ん中に、とも思ったけど、そこまでは言えなかった。ただでさえいじけてるベルアドネのヘソを、これ以上曲げられても面倒臭い。


「も、もう一回行きますわよ!」


 聖女様が提案したのは、展開している聖域結界をギリギリ体表近くにまで縮め、亡者達の群れに紛れ込むようにして迷宮内を進むという作戦だ。

 魔法を構築する要素を調整する事でそういう事も出来るのだそうだ。ベルアドネはそれを聞いてしきりに感心しているみたいだったけど、魔法に関してはズブの素人である私にはさっばりだった。


 それも高等技術の一つらしい。


 ただ、それでもやっぱり難しい事ではあるらしく、その際にはなるべく近くにかたまり、密着してて欲しいとの事。

 これがこれでまた、物凄く歩きにくい。

 何か子供の頃にやった百足(むかで)競争を彷彿させる。


「せーのっ!」


「痛っ! 人の足を踏みやーすなっ!」


「あんたがボーッと立ったままでいるからでしょうが! 一々人の所為にしないっ!」


「え、ちょっだからここで振り向かないでっ!」


「ぎゃあぁぁあああ!!」


 ……うーむ。中々上手くいかない。


「ぜぇぜぇぜぇぜぇ」


「はぁはぁはぁはぁ」


「二人とも、……大丈夫?」


「せぇぜえ……、何であんたはそんなに平気そうにしとらーすか、この体力お化けがっ」


「鍛えてますから! ……ちょっと休憩する?」


 二人とも、大きく肩で息をしている。

 私は前にスタミナ切れでアドルファスに負けてから、こっそりスタミナを優先的に鍛えていたおかげでまだいけるっぽい。


「いいえっ、そんな余裕はありませんわ。心配はいりません。私にはまだ、これがありますから」


「なっ、そ、それは!?」


 聖女様が懐から小さな瓶を取り出した。


「はい。もしもの時の為のエクストラポーションですの」


 おおー。さすが聖女様、セレブだ。

 確か結構なお値段するんだよね、それ。


 聖女様は小瓶の蓋を開けて、中身を一気に飲み干した。うん。効果の程は私にも経験がある。

 聖女様のスタミナはこれで問題ないね。

 一番問題のあるヤツの問題が残ったままだけど。


「ふっふっふっふ」


「……どうしたの? ベルアドネ」


「今の今まで忘れとりやーしたが、わんしゃにもくすねて来たこれがあったがねっ!」


 不敵な笑みを浮かべながら、ベルアドネも懐から小瓶を取り出した。お前も持ってるんかい。

 聖女様のと違いこっちの小瓶には見覚えがある。

 ……というか、どこかで見た事のある小瓶だ。


 ……おい。


 くすねて来たって言わなかったか? 今。


「ねぇ、あんたまさか、……それ」


「た、例えどこにあったもんでも、今はもうわんしゃのもんだがねっ。こ、こういうのは、手に入れたもん勝ちと昔から決まっとらーす」


 その言い方といい、態度といい。

 もしかしてそれ、私が部屋に置いといたヤツか。


「いや、別にいいけど。……それ、飲むつもりなの?」


「今飲まざるしてどうするがねっ!」


 止める間もなく、ベルアドネは小瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。


「ごふっ!? な、なんじゃこりゃぁぁあああ」


 案の定むせた。腐ってるんだよね、それ。


「げほっ。あ、味はともかく、エクストラポーションであることには間違いねぇだで。枯渇していた体力と魔力が腹の底から沸き上がるようでねぇすか」


 ……まぁ、効果はちゃんとあるにはあるけどさ。


「ふぉおおおおおお……お、……ぉぉ? おぅ」


 握りこぶしを作って、沸き上がる力を身体いっぱいで表現していたベルアドネだったけど、……だんだんと様子がおかしくなってきている。

 ついには内股になって、うずくまってしまった。


「え? え? べ、ベルアドネさん!?」


「あー。……だよね」


 お腹を抱えてうずくまってしまったベルアドネに、聖女様が駆け寄った。


「ぉぉぉぉぉ……。ポンポン痛い……」


「べ、ベルアドネさん? し、しっかり!?」


「……多分食あたりだと思います」


「え、はい? 食あたり?」


 結局、聖女様の治癒魔法で治してもらった。

 折角聖女様の魔力を回復させたのに、無駄遣いさせてしまうとは、……つくづく残念な子だ。


 気を取り直して再び百足(むかで)歩きに挑戦する。


「行きますわっ! まずは左足からですのよっ! せーのっ!」


「「1、2。1、2。1、2」」


 タイミングを合わせて歩幅を刻む。

 一番運動神経の低いベルアドネに合わせる事で、今度はどうやら上手くいきそうだ。


「そ、その調子ですわっ! いいですわよ!」


「1、2。1、2。1、2。1、2」


 端から見たら滑稽な姿だろうけど、やってる側としてはかなり必死だ。


「では、聖域結界を縮めますわっ!」


 聖女様の合図とともに、結界がぐんぐん縮んできた。少しだけ圧迫感を感じるけど、息苦しさは感じない。

 結界が身体の表面すれすれを、触れるか触れないかくらいにまで縮みきった。


「ではっ! 行きますわよ!」


 聖女様の声に、私もベルアドネも無言でうなずいた。


 集中、集中。


 前にいるベルアドネの足を踏まないように。

 急がず焦らず。参るべし。


 1、2。左、右。左、右。


 1、2。左、右。左、右。


 ぷっ


 1、2。左、右。左、……臭い。


「ぐっ!? て、撤退! 撤退を要求します! 聖女様!」


 ぐぬぅぉぉぉおおおおお!?

 ヤバい! ヤバい! ヤバい!

 これ、物凄くヤバい!


 ぬぉおおおおおおおおっ!


 必死になってもと居た場所まで戻る。

 すぐさま、聖域結界を最初の大きさまで戻してもらった。


「ぜぇぜぇぜぇぜぇ」


「はぁはぁはぁはぁ」


 もう一度言う、これ、絶対ヤバい。

 ベルアドネなんか白目むいて、乙女ならざる顔になってしまっている。

 何がヤバいかって、身体を前後に密着させてるだけならまだしも、結界を体表すれすれにまで縮めてあるのがヤバい。

 拡散されない臭いがダイレクトに襲ってくる。

 例えるなら、目の前にあるお尻に鼻先をつっこんで、そこで爆弾を投下されてるようなものだ。


「……ごめんなさい。緊張したらつい」


 聖女様が顔を真っ赤にしてうつ向いている。


 うん。……まぁ、出ちゃったもんは仕方ないよね。

 人間だもの。出るものは出るさ。


「ついでねぇーわっ! なんちゅーもん嗅がせやーすかっ! 一瞬意識が飛んでまったでねぇすか!」


「あぅ……」


 両手で顔を隠して羞恥に身悶えする聖女様。

 中々上手くいかないもんだ。さっきから遅々として進んでない。


「まぁまぁ。こうなったらもう、根性で耐えるしかないね。今のはちょっと予想外すぎて不意をつかれたけど、こういうもんだって分かってれば我慢も出来ると思うし」


「……確かに、今はそれ所でねぇ。わんしゃもちと言い過ぎたがん。すまんだがね」


「い、いいえ。私も気の緩みがあったのかもしれません。こ、今度こそちゃんとやりますわっ!」


 ここに来てベルアドネも態度を変えてくれた。

 うん。今はそれ所じゃないハズだ。何よりもまず、ここから脱出しなくてはいけないのだから。

 ……まぁ、顔を真っ赤にして、涙目になってる聖女様をこれ以上責めるのもね。


 気を取り直して、もう一回チャレンジ!

 今度こそ、3人の心を一つに!


「せーのっ!」


 1、2。左、右。左、右。


 1、2。左、右。左、右。


 1、2。左、右。左、右。


 いい感じだ。

 タイミングと息を合わせて入口に殺到する亡者の中に突っ込む。あくまで流れに逆らわないように。

 亡者達は低い呻き声をもらしながら、ふらふらと進んでいる。さほどに早いペースでもないし、ふらふらとしているから押し込まれる感じでもない。

 確かに、流れにのって進めればいけそうだ。


 1、2。左、右。左、右。


 亡者達と肌と肌が触れ合い、揉み合いながら進んで行く。結界があるので、実際に触れ合ってる訳では無く何の感触も伝わってはこないけど、……あんまり気持ちの良いものでもない。

 少しずつペースを上げながらも、亡者達で溢れる迷宮内の通路を進んで行く。


 一番密度が高かったのは広場から出る直前で、通路にさえ入ってしまえばそれほどでもなかった。

 亡者達がウジャウジャいる事に変わりはないけど、幾分かは通りやすくなってきている。


 幾つかの分岐点を越える。


 亡者達はひたすら生者を求める。なので、大勢の流れに沿う形で進んでいけば、自然と地表の出口までたどり着くのだそうだ。

 流れに逆らって進む事が出来ないっていうのもあるけど、どうやら順調に出口に向かっているっぽい。


 よし、このまま行けば出られる。

 思った以上に聖女様の作戦が当たったみたいだ。

 すぐにでも外に出て、リーンシェイド達と合流して、この亡者達をどうにかする為に動いていかなければいけない。

 やらなければならない事は山積みだ。


 ぼふんっ。


 ベルアドネが軽く浮いた気がした。


 ……。


 ……。


 臭い。


「……さっきのでまだお腹の具合いが、すまん」


 ベルアドネがボソリと呟いた。


 ちょっ、おまっ。ここでかっ!?

 よりにもよってここで放つかっ!?


 うっぐぅぉぉぉおおおおおお!


 ふぐぬぅぉぉぉおおおおお!?


 く、臭い! 何だこれっ! 強烈すぎる!

 何食べたんだあんたはっ!

 腐ったエクストラポーションだよっ!

 知ってるよ!!


 聖女様のそれを天使の吐息に例えるとするなら、これはまさに悪魔の足の裏!

 堪える堪えないの問題を軽く飛び越えてる。


 無理無理無理無理っ! これは無理だっ!!


 ぱんっ。


「えっ?」


 聖女様の聖域結界が弾けて飛んだ。

 まさか……、ベルアドネの屁で?


「「えぇぇぇえええええ!?」」 


 周りにいた亡者達が一斉にこちらに反応した。






こんな話ですみません……。

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