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♯46 崩れさる封印



 薄暗い迷宮の最深部に到達した時、床一面に光る魔法陣が浮かび上がっていた。

 何やら只事ならぬ雰囲気に、飛び込んで来た勢いをそがれて立ち止まってしまう。


 ……何? これ。


「今すぐここから逃げやーせなっ!」


 広間の中央部、魔法陣の中心で踞るベルアドネが、私の姿を見るなりそう叫んだ。


 いや、逃げろと言われても。


「ごめん。意味がよく分からないんだけど」


「アスタスっ……。ファーラット達の狙いは死者の迷宮の封印であらせったがねっ! もう封印はワヤになっとらっせる! すぐにでも逃げないと、亡者どもに飲み込まれてまうでよっ!」


 死者の迷宮の封印? 亡者?

 えっと、あれか……。……。どれだ?


 とりあえず。


「よく分からんけど、一緒に戻ろう」


「何で分からせんのっ! たーけかっ!」


「これは!? 何事ですか! ベルアドネ様」


「リーンシェイド! よう来てくれやーしたっ! 亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)だがねっ! ファーラット達の目的は亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)であらっした! もう止めらねぇてっ!はよっ逃げやーせっ!」


 後から追い付いて来たリーンシェイドが、ベルアドネの言葉に顔色を変えた。

 亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)って聞こえた気がする。亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)ってあれだよね。50年前に起きたっていう、死者の迷宮から亡者達が溢れでてこの辺り一体を埋め尽くすってヤツ……。


 ……おい。


「何それ!? 何でそんな事になってんの!?」


「説明しとる暇はあらせんっ! すぐにでも亡者どもが溢れでるでよっ! ぐずぐずしとったら、おんしゃらも間に合わーせんくなるでよっ!」


「わ、分かった。ベルアドネもすぐに……」


「わんしゃはここに残る!」


「は? 何で、すぐに逃げないと間に合わないんでしょ!?」


「わんしゃはここで、おんしゃらの逃げる時間を少しでも稼がなならせんっ! ええからっはよっ逃げやーせっ!」


「何言ってるか意味分かんないっ! 何それっ!」


「ええからっ!」


 また、ドォンと足元が大きく縦に揺れた。

 途中でも揺れたけど、ここが原因だったっぽい。頭の上からパラパラと埃と砂が落ちてくる。

 こんなに揺れて、大丈夫か? この迷宮。


 床に浮かび上がっている魔法陣の光が一段と強くなる。その光を押さえ込むように、ベルアドネは自身の魔力を魔法陣に注ぎ込んだ。


 よく知らないけど、この浮かび上がっているのが封印の魔法陣で、これで今まで死者の迷宮を封印していたって事なんだろうか。


 知っている事を前提に話されても、こっちは魔法にも魔の国についても初心者なんだから、少し考えを整理する時間が欲しい。


 50年前に起きた亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)を静めたのは、ベルアドネのお母さんだったハズ。だったら、この封印を施して亡者達を押さえ込んでいたのも、多分ベルアドネのお母さんなんだろう。


 森の中でのギンギさんとアドルファスの会話から察するに、本来ならば迷宮ごと潰しておくのが正解なんだろうけど、今のこの状況を見るに、何らかの理由で潰す事が出来なくて、封印するにとどまってたって所とみた。

 そこにファーラット達が狙いをつけ、死者の迷宮の封印を解いて亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)を起こそうとしていたと。

 目的は多分……。魔王様への報復だろう。

 魔王城から私を拐おうとしたのも、代わりに拐っていったベルアドネをここに連れて来たのも、何らかの方法でここの封印を解く為に必要だったと。

 そういう事なんだと思う。きっと。


 うん。大丈夫。ついていける。


「レフィア様!」


「ごめんリーンシェイド、ちょっと待ってね」


 さらにカーライルさんとアドルファスやギンギさん達が追い付いて来た。途中で大きな揺れがあった所から全力で駆け抜けて来た所為で、結構バラけてたっぽい。

 3人ともが魔法陣を見て表情を変えた。


「うん。状況は何となく分かった。ファーラット達は目的を達成してしまったんだね」


「……レフィアの嬢ちゃん。そりゃどういう事だ」


「ファーラット達の目的は亡者を溢れさせて、この辺り一体に被害をもたらす事だったって事。すぐに戻ろう。この事をみんなに知らせないと」


「なっ!? 大事じゃねぇか!?」


 だよね。


 ギンギさんがあからさまに狼狽を見せる。

 地元の人にとって見たら、小さい時から聞かされ続けて来たトラウマが現実化してるんだから、本気で冗談じゃないと思う。


 振り向くとカーライルさんと目が会った。

 カーライルさんは一つ頷き、すぐさま来た道をとって返して走り出す。

 ……やっぱりこの人、理解はやっ!


「亡者どもだと? ……どういう事だ?」


 ……やっぱりこの人、理解おそっ!

 いや、うん。アドルファス。

 君も私側にいてくれて安心したよ。


「ギンギさんがいてくれてよかったのかもしれない。すぐに戻って近辺の人達に伝えて。亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)が始まるって。アドルファスとリーンシェイドもお願い」


「レフィア様は……」


「ベルアドネを助けに来て、当の本人を置いていける訳ないじゃん」


「駄目!!」


 ベルアドネが悲痛な叫びを上げる。


「これはヒサカのっ、おかあちゃんの娘であるわんしゃの役目だがねっ! おんしゃらには関係ねぇてっ!」


「やだ」


「子供かっ! おんしゃは!!」


「レフィア様!」


「あんた、もう諦めてるでしょ。自分が助かろうって気がまったくないもん。そんなヤツは置いてけない。ギリギリまで粘って、絶対に連れ出してやる」


「そういう状況でねぇて! このっ馬鹿!分からず屋!」


「知らん。……ごめん、リーンシェイド。必ず戻るから、先にお願い」


「……分かりました。必ず戻ってきてください。もし約束を違えたら、例え亡者になっていても許しませんから」


 めっちゃ怒ってる。ごめんね。

 物凄く何かを言いたげだったけど、それを無理矢理飲み込んだままリーンシェイドは行ってくれた。

 その理解が何だか嬉しい。

 大好きです。リーンシェイドさん。

 リーンシェイドとカーライルさんの後を追うようにして、アドルファスもギンギさんを促して来た道を戻ってくれた。

 いち早く外にこの事を伝えて欲しいこの状況で、何よりも頼りになる人達だ。


 外への連絡はこれで大丈夫だと思う。


「……レフィア、さん?」


「はい?」


 ベルアドネの側に立っていた女の人に名前を呼ばれた。……誰だろう。どうみてもネズミには見えない。

 さっきから気にはなってたけど、この人もまた、綺麗な人だ。

 ベルアドネと同じようにファーラットに拐われてきた人だろうか。

 というか、肝心のファーラット達がいない。

 どこいった? すでに逃げた後か。


 この場にいるのは私とベルアドネとこの女の人と……。ベルアドネの後ろに焼け焦げた毛皮の塊が転がってるけど、もしかしてあれって。


「聖女も何しとらーすかっ! ボサっとしとらんと、はよ逃げやーせなっ!」


 ……。は?


「それは出来ません。ここまで来た意味がなくなってしまいます。貴女もレフィアさんも、両方連れて帰ります」


 聖女? 聖女って、聖女マリエル様!?

 え? なんで? マジで?


「な、なんで聖女様がここに!? え、本物!?」


「もちろん本物ですわ。だいぶ色々と想定外ですが結果オーライです。レフィアさん、あなたを助けに来ました」


「だって、魔王様が……、砦で……。え? 何で聖女様がベルアドネと一緒に!?」


 混乱? 困惑? 混沌?

 何て言えばいいんだろう、これ。

 状況がカオスになってる。


 聖女様がアリステアから騎士団とともに来ている事は確かに聞いていたけど、国境近くの砦で魔王様が迎えうっているハズだ。

 私も見送ったし、間違いない。


 魔王様が負けたとも思えないし、だとしたら聖女様達がこの魔の国に入ってこれる訳もない。


 なんでこんな所にいるんだろうか。

 いや、理由は分かってるんだけど、どうやってここまで来れたんだろう。


 ……というか、なんでベルアドネと一緒にいるんだ?


「おんしゃらは人の話を聞きやぁせ!」


 うん。

 是非とも詳しく聞きたいから教えてくれなさい。


 そしてまた、足元が揺れた。

 揺れがどんどん大きくなっていってる。


 詳しく聞いてる暇もないか。


「どわっ!」


 足元の床がひび割れて、何か黒い塊が勢いよく吹き上がってきた。……瘴気だ、これ。

 前に見た事のあるヤツよりもさらに濃い。


 黒い靄のような瘴気は、私の近くにくるとするりと霧散していく。やっぱりアドルファスの時と同じだ。


 ここでも乙女の純潔は優遇されてるっぽい。

 何だかこうも避けられると、恋人がいないのを強調されてるようで何だか複雑な気分になる。瘴気に冒される心配をしないで済むのはありがたいけどさ。


 ……いいもん。それでも求婚はされたんだもん。


 魔法陣のいたる所からひび割れて、どす黒い瘴気が次々に吹き上がりはじめた。ヤバめな終末感がすさまじい。いじけてる場合じゃないや。

 私は大丈夫だけど、聖女様とベルアドネの事が心配になってくる。


 聖女様は……、大丈夫か。聖女様だもんね。


「ベルアドネ、ヤバいよ! これ……」


 吹き上がる瘴気を避けベルアドネに近づこうとした時、ベルアドネの足元が、まるでガラスを割ったかのように砕け散った。


「あ……」


 全身から血の気が引くのが分かった。


 嘘でしょ。何それ。


「ベルアドネ!」


 ひび割れ、めくれ上がった床を蹴って私は駆け出した。何かを考えてる余裕なんか無い。

 足元が崩れ去り、吸い込まれるようにしてベルアドネがスローモーションで落ちていく。


 ……届け。


 駆け抜けた勢いのまま穴の中へ飛び込み、中空を掴むかのようにのばされたベルアドネの白い手首に手をのばす。


 落ちる。どこへ? 分からない。

 でも、絶対にヤバい。


 届け!


 周りの音が聞こえなくなった。

 ただ、落ちていくベルアドネに神経を集中させる。

 空気が粘りつく。

 身体が重い。

 思うように前へ進めない。


 駄目だ!そんなの絶対駄目だ!

 私は目一杯、千切れるかと思うくらいに手をのばす。


 もう少し。


 あと、もう少し。


 届け。


 届け!


「届っけぇぇぇえええええ!」


 指先にかすかに触れる。

 手繰り寄せろ! 掴み取れ!

 私はさらに先へと手をのばして、力いっぱいベルアドネの手首を掴んだ。


 よしっ! 届いた!


「「……え?」」


 同じように並んで穴の中へ飛び込んいた聖女マリエル様と、ベルアドネの手首を掴んだまま、……目があった。






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