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♯4 魔王とのお茶会



 魔王が来た。


 とりあえず椅子から立ちあがる。

 どうしよう、これ。

 さっきの手前、笑って迎えるのも変だし。


 強引に連れてこられた経緯には、腹に据えかねるものがあるのは確かだ。けど、そんなん人間の貴族だって同じような事をする事もあるだろうし。

 頭からコイツらが悪いって、どこかで決めつけていたのも、認めざるをえない。


 ……話くらいは、聞いた方がいいんだろうか。


 魔王なんて、お伽噺の中でしか知らない。


 世界のどこかにいるとは聞いてはいた。

 でもそれは、どこか遠い世界のお話。


 それは、私の世界ではない。

 私の世界は自分の村と隣の村。

 それが全て。それで終わりだった。


 お伽噺の中の魔王は、残虐で非道で卑怯な魔物で。恐ろしい魔物を従えて皆を苦しめる悪いヤツで。

 決してこんな綺麗なお城に住んでいたり、疲れ果てて弱ってたりなんてしていなくて。配下の美少女に熱を持って尊敬されたりもしない。


 何かが違うのは分かった。

 でも、何が違うんだろうか。


 ……というか、何しに来たんだ?


 やっぱり気が変わって、八裂きにしにきたとか?


 リーンシェイドが開けた扉の先を見つめる。

 短めの黒髪と透けるような白い肌が印象的な、高価そうな服を来た男の人だ。やっぱり、……若い。

 知的というよりも、感情のない冷淡な眼差しを私に向けている。


 これが魔王か……。

 割りとイケメンじゃん?


「近衛の長。アドルファスだ」


 ブタゴリラの方だった。


「武人故に礼儀には疎い。無作法は許せ。陛下が貴様との茶に同席したいそうだ。入るぞ」


 ものすっごい睨まれた。

 許せとか言いながら人を睨むんじゃない。


 ぶっきらぼうな前触れの後、ブタゴリラなアドルファスがそそくさと脇に下がる。

 後ろから、さっきの黒い全身鎧が現れた。


 魔王だ。


 鎧のまんまかい。


 魔王はそこで少し足を止めた。

 何やら躊躇っているようではある。

 一呼吸置いて、足早に部屋の中へと入ってくる。

 何か一言ぐらいあるかと思ったけど、無言のままドカッと、私の対面の椅子に腰を下ろした。

 着席するよう促されたので渋々それに従う。

 すかさずリーンシェイドが魔王にカップを添えた。


 何だろう。虫の居所でも悪いんだろうか。

 ……いい訳ないか。

 さっき罵倒したんだった、そう言えば。


 全身鎧に似つかわしくない優雅な所作で、そっとカップを口元に持ち上げる魔王。

 兜の面当を下ろしたままどうやって飲むのか観察してたら、そのままカップをテーブルに戻した。


 何やってんだコイツ。


「……兜を脱げばいいじゃないですか」


「……ああ、そうだな。……いや。このままでいい」


 茶。飲む気無いだろお前。


 しばし続く無言の空間。


 ……重い。空気がめっちゃ重い。

 内心、雄叫びを上げたくなる衝動を抑え、超重量級の雰囲気を耐え凌ぐ。

 何か喋れよ……。場がもたん。

 ずっと黙ったままなら寝るぞこら。


「まず、お前を迎えるに辺り、色々と手違いがあったようだ。拐かすように連れて来たのは俺の意図する所のモノではない。そこは詫びねばならん」


 ……ほおぅ。まずそこから来たか。

 その言葉を信じるかどうかは別にして、魔王が形だけでも人の娘である私に謝罪するんだ。


 正直、少し見直した。

 けど、拉致ってきた事実は変わらない。


「だが、お前を娶りたいという俺の意思は変わらない。改めて考えてもらえないだろうか」


 ……どうなんだ、これは。

 頼んでる風ではあるけど、偉そうな態度は変わらない。

 尊大な求婚もあったもんだ。


 ……仮にも魔王なんだから、仕方ないのかな?


 後ろに立つアドルファスが、魔王の言葉にピクリと眉間を反応させた。

 コイツは、……それに反対なんだろうな。

 反対したいけど、魔王の意向には逆らえない。

 そんな様子があからさまだ。


 どうしようか……。

 求婚されてんだよね、これ。


 求婚されるだなんて、生まれてはじめてだ。

 いくら相手が気に食わないって言っても、考えるだけは考えても良いのかもしれない。


 考えるだけはね。


 でもその前に。

 いくつか確認は必要だよね?


「拒否すれば殺す。そう付け加えないのですか?」


「そのような事はせぬ。どのような答えを選ぼうとも必ず元の村へ返す事は約束しよう」


 おっとびっくり。

 どのようなって答えでも?

 はいでもいいえでもって事だろうか。

 奥さんになっても帰っていいの? マジで?


 内心の動揺を出さないように表情を平静に保つ。

 慌てるな。まだ慌てる時じゃない。


「……帰ったら村がすでに滅んでいた。そのような事になっていないという保証は、ありませんね」


「俺が約束するのだ。そのような事はさせん」


 約束。約束か……。

 約束と聞くとどうして思い出すヤツがいる。


 うーん。


「何よりも、何もかもが突然過ぎて、考えを落ち着かせる事が出来ません。両親を安心させる為にも一度帰りたいのですが、叶いますでしょうか」


「……今は無理だ。強引に連れてきてしまった故、人の国に余計な刺激を与えてしまった。無用な流血は俺も好まん。色んな事が落ち着くまで暫く我慢してくれ」


 また随分と素直に答えてくれる魔王様だこと。

 誠意を見せてるつもりなんだろう。

 それは伝わる。


 その言葉を信じる事ができれば、だけど。


「魔王様ともあろうお方よりの、たかが人間の小娘への過度のご配慮に言葉もございません。ですが、それらが真に誠であると、お示し下さることは叶いますでしょうか」


「俺の名に掛けて約束しよう」


 また約束か。


「……どうした?やはり信用はできぬか?」


「いえ。以前に約束で手酷く裏切られた事がありましたので、その事を少し思い出してしまって……」


 遠い日のトラウマが頭をよぎる。

 約束だって言ったのに……。

 ある日突然、姿を消した幼馴染み。


 まがりなりにも求婚されてるのに、他の男性の事を考えるのはさすがに失礼だよね。

 忘れろ忘れろ。


「ほぅ、そのような事が。何があったのだ?」


 ……え? 聞くの?


「今後の事もある。よければ聞かせてくれぬか」


 別にいいけど、いいの?

 いいならいいけど、どうなんだろう、これ。


「私の幼馴染でマオリという者がおりまして」


 魔王がピクリと反応した。そりゃそうだ。

 求婚してるのにいきなり他の人との話なんか聞きたくないわな。どうしよう。怒らせちゃったかな。


「……その、マオリとやらが?」


 続きを促された。


 ……。


 ……。


 ……マジで?






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