♯37 岩荒野の決闘(勇者の挑戦)
愛用の大剣の柄を握る手が汗ばむ。
目の前のヤツから感じる威圧がとんでもねぇ。
こんなど初っ端から、またとんだ化け物がでてきやがったもんだ。これが魔の国ってやつの恐ろしさかと身震いする。
……だがな。
聖女マリエルは、自分の身を危険に晒してまで、こんなのがいやがる魔の国に潜り込んでいった。
法主ミリアルドは、自分の姪を死地に送り込んでおきながらも、同じ戦地に立ち、同じ目線で兵士達に死ぬなと頼み込んだ。
貴族でも裕福層でもない村娘を助ける為に。
ここで俺が逡巡してどうする。
数ある魔法の中でも、一番使い馴れた魔法を組み上げる。発動させれば光の槍が顕現し、目標を貫く上級魔法だ。当たりさえすれば岩巨人の強固な外郭でさえも貫き通す。
組み上げた魔法は発動させずに待機させる。
普段であれば発動待機させられる魔法は5つが限界だが、法主を始めとした、500人からの身体強化を集中拡大させている今なら、二桁はいけるハズだ。
魔力だけじゃない。
筋力も反応速度も、全てが普段の比じゃないくらいに強化されている。何も怖れる必要はない。今ならドラゴンとだってガチに戦える。
……。
……いや、やっぱ無理。
ドラゴンは言い過ぎた。
だが、どれだけ化け物だろうが魔王でもあるまいし、目の前のコイツがドラゴンよりも強いって事もねぇだろ。
最初から全力で行かせてもらう。
掌を相手に向けて光の槍を続け様に放つ。
タイミングをずらして発動された魔法は、二筋の光の槍となって、まっすぐに飛んでいく。
光の槍に身を隠すように距離を詰める。
足元に向けて、発動待機させたままの光の槍を、地面すれすれを這うように位相を操る。
発動待機させたまま位相をずらす事で、好きな場所から魔法を顕現させる高等技術だ。
これを相手を取り囲むように足元に5つ。
さらに頭の上から降り注ぐ形を取るように、5つの光の槍の位相を配置する。
最初に放った光の槍がヤツに届く。
思ってた以上に身体が動く。
……すげぇな、これ。
集中拡大させた身体強化様々だ。
タイミングをずらした二筋の光の槍は、いとも簡単に長剣で弾かれた。
……だろうな。
だが、ここからだ!
発動待機させていた全ての魔法を解き放つ。
10本の光の槍が足元と頭上から、ヤツの喉元を目掛けて同時に襲いかかる。
捌ききれるもんでも避けきれるもんでもない。
どうだっ!!
「てっきりその大剣で斬りかかってくるかと思ったのだが、見かけ倒しか? それは」
捌ききりやがった。
長剣の一振りで10本の光の槍を弾くと、まるで何事もなかったかのように佇んでいやがる。
何だ、今のは。何が起こった?
渾身の魔力を込めた光の槍が、確かに10本同時に発動して、狙い通りにヤツの喉元目掛けて放たれたハズなのに。
それらをすべて弾き返しやがった。
それも一振りで。
おいおいおいおい。
目の前で起きた事が信じられない。
「そう不思議そうにするな。どれだけ数があろうと狙う場所が同じなら軌道も知れる。そこで叩き落とせばすむだけの話だ」
「……そりゃすまんかったな」
随分と簡単に言いやがる。
身をかわす隙間も無い状況で、誰にそれが出来るってんだ。出来ねぇよ、普通は。
目の前で実際にやられてさえ信じられねぇ。
あれ1つで、岩巨人を貫く威力があるんだぞ?
何だコイツ。……何々だコイツは。
「一つ確認しときたいんだが、まさかまさかの暴虐の魔王スンラ本人様だとか、言わないよな?」
「俺をあんなのと一緒にするな」
魔王ではないらしい。
魔王ではないらしいがコイツ、普通じゃねぇ。
こんなのが一般の兵士な訳がない。
幹部級、さしずめあの砦の砦将ってとこか。
大地を踏みしめて大剣を振り抜く。
魔法戦が不利なら不利で仕方ない。なるべく距離を保って勝負をつけたかったが、だったらこいつで、直接たたっ斬ってやるだけだ。
鈍い金属音と共に大剣が受けとめられる。
全体重を乗せて渾身の力で振り抜いた大剣だ。さすがに受けとめきれなかったとみてヤツの長剣が流れる。
「ほおぅ」
勢いをつけたまま大剣を振り抜く。
長剣を強引に押し弾かれたヤツは、小さく声を漏らしながら身体をずらした。
いけるっ!
踏み込む足を即座に入れ換えて、さらに大剣をヤツの土手っ腹に叩きつける。勢いを殺さないまま凪ぎ払われる大剣を、今度は受ける事なくヤツはかわしてみせた。
重鎧を全身に着込んでる動きじゃねぇ。
攻守が入れ代わる。
鮮やかな軌跡を描いてヤツの長剣が振るわれる。禍々しい外見に似つかわしくない、洗練された見事な剣術だ。
魔物の戦い方とは根本的に違う。
修練を積み重ねてきた、剣士の動きだ。
大剣を盾にしてやり過ごすが、一撃に籠められる剣圧が凄まじい。剣撃を受けるたびに、踏ん張った足を後ろに下げざるをえない。
剣撃に耐えかねて距離を取る。
「魔の国ってのは本当におっそろしい所だな。お前さんみたいなのがゴロゴロいるとかは勘弁して欲しいもんだ」
「まさか、だろ」
構えを解かずに剣先をヤツに向ける。
ちっくしょう。まだまだ余裕そうじゃねぇか。
「ある意味どうにも敵わんのが一人いるが、アイツの事は別にしても、……そうだな。リーンシェイドにセルアザム、シキとかクスハとか……。戦闘力でいうなら俺と同等なヤツは5人ってとこだ。安心しろ」
「安心できる数じゃねぇよ」
嘘か本当か知らんが、こんなのが後5人もいやがるのかよ。
「中でも天魔大公のクスハ・スセラギはとにかく凄いぞ。あんなんどうやって戦ったらいいのか、俺でも分からん」
「頼むから、『俺は四天王でも最弱』とか言い出さんでくれよ」
「四天王なんてのはいないが、四魔大公ってのならいるな。俺は入ってないから心配しなくていいぞ」
四強ですらないのかよっ!
ふざけんなっ!
さらに強く踏み込んで大剣を振るう。
得物の違いか剣圧では勝るが速度で劣る。
単純な力勝負だとほんの少しヤツが上回っているように感じる。逆に剣の扱いに関しては微かに俺に分があるようだ。
500人からの集中強化をうけてコレだ。
間違いなく化け物の類いだぞ。コイツ。
ひたすらに剣撃での攻防を繰り返す。
どれくらい続けていただろうか。
日が南天から随分と傾いてる気がする。
2時間くらいだろうか。
押す事も引く事も出来ず、ひたすらに打ち合う。
「っどうした! へばってきているぞ勇者!」
「うるっせぇ! 演技だよ演技! まんまとだまされやがって! てめぇの目は節穴ぼっこだな!」
使い馴れたハズの大剣がやたら重く感じる。
「ふっ。ならばこれを受けてみよ。いくぞっ!」
ヤツは剣を引き、何度目かの必殺技の構えをとった。
「神覇煉獄双掌打!!」
「ただの袈裟斬りじゃねぇか!」
振り抜かれる長剣を大剣で逸らした。
追撃も無い、ただの大振りな一撃。
確かに方向を逸らして力を逃がしたハズなのに、握り手に無視出来ない痺れが残る。
……このっ、化け物が。
「打ってねぇからなっそれ! 双掌はどこいった、双掌は!」
「貴様には分かるまい。練り込まれた拳撃が無数に重なり合いあたかも一筋の剣撃のように見えるのだ」
「無数って言ってんじゃねぇかっ! 双掌じゃねぇよ!」
何だか途中からおかしくなってきやがった。
明らかに遊んでやがる。
「貴様こそっさっきのは何だ。『勇者滅殺天ノ皇』だと? 勇者が勇者を滅殺してどうする!?」
「ばーかばーか! 勇者をじゃねぇ。勇者が滅殺するからそれでいいんだよ!」
「貴様如きが皇を語る事自体、おこがましいのだ。……いいだろう。こればかりは使う気はなかったが貴様の減らず口にも聞き飽きた。くらうがいいっ!」
そう言うと再び、ヤツは高々と剣を構えた。
……何をするつもりだ。
「必殺!鎮守明王八神!古流必殺秘奥義!苦楽一重多重門!世華宝仙陣武雷闘神真連撃……」
「長すぎるわぁぁあああっ!」
技名を言い切らない内にヤツの長剣が風を突く。
馬鹿馬鹿しい事をほざいてるクセに、容赦もクソもねぇ。何とかそれを、ギリギリの所でかわす。
「せっかくの技を避けるな!」
「避けるわ! 大体技名が長すぎて言い終わってねぇだろ! 馬鹿かてめぇは!」
「ならば略せば良い! いくぞ!」
ヤツの魔力が急激な高まりを見せる。
言ってる事は馬鹿っぽいが、油断は出来ねぇ。
「鎮・古・苦・世ぇぇぇええええ!」
「そんなもん大声で叫ぶなぁぁあああ!」
やってる事も馬鹿だった。
渾身の突きをかわして距離を取る。
「ハァハァ……」
「ゼェゼェ……」
何やってんだ俺は。
何やってんだよコイツも。
いい加減に体力も限界に近い。
二人共に肩で激しく息を乱している中、ふいにヤツが長剣を鞘に納めた。
「……さすがに今のは無いな。すまん」
「急に素に戻るなっ、こっちが恥ずかしいわ!」
「丁度良い具合に興も冷めた。今日の所は見逃してやる。さっさと法主の元へ戻って国元に帰る事だな」
「……何のつもりだ。てめぇ」
「何が狙いかは知らんが時間稼ぎだったのだろう? 仲間を犠牲にしたくないという貴様に免じて、付き合ってやっただけの事だ」
完全に見抜かれてやがる。
「最初から貴様を殺す気はない。何を狙っていても無駄だ。さっさと帰れ。警告はしたぞ」
「待てっ!」
ヤツは言いたいだけ言うと、来た時と同じように一足飛びで砦へ戻っていく。
あれだけ動いてまだそんな体力があるのかよ。
俺はへたりこみそうになる膝に発破をかけながらも、どうにか陣営に帰りついた。
「ユーシス! 大丈夫かっ!」
真っ先に法主が駆け寄ってくる。
くそっ!皆の見てる前で情けねぇもんを晒しちまったもんだと悔しさが込み上げてくる。
「すまねぇ法主。まったく歯がたたなかった。情けねぇったらねぇな」
「こちらこそすまなかった。まさかあれ程の魔物が出て来ようとは、想定外もいい所だ。途中で集中強化が切れた時には生きた心地がしなかった。よく生きて戻ってきてくれた」
「あちらさんには集中強化が切れたのもバレバレだったみたいだがな。強化が切れた途端、急に文字通り遊び始めやがった。……ったく、馬鹿にしやがって」
震える膝を硬く握り締める。
「強かった。今まで会った事もないぐらいに強かった。あんなヤツもいるんだな……」
「ユーシス……」
「マリエル達の方はどうだ?」
「問題なく潜り込めたようだ」
「そうか」
負けはしたものの、どうにか役目は果たせたようで最低ラインの矜恃は保てたらしい。
ならば後はマリエル達の戻る場所を守るだけだ。
「法主。提案がある。確かこの先にも砦があったよな。なんつったっけか。フィア……砦だっけか」
「ああ、この先にも砦がある。フィア砦だ」
「ヤツを倒すのは今のままでは無理だ。こちらが時間稼ぎをしてるのもバレてる。どうせバレてんだったら開き直っていこう。陣営をフィア砦へ移動させて欲しい」
「フィア砦へ移動させてどうする?」
「どうもしない。ただ、そうすれば奴等もこちらを無視する訳にはいかねぇだろ。マリエル達が戻ってくる場所からなるべく奴等を引き離したい」
「……分かった」
法主が意を酌んで頷いてくれた。
ありがとよ。すまんな勇者がこんなんで。
だが、これで終わりじゃねぇ。
ここからだ。
ここから必ず這い上がってみせる。
……必ずだ。




