♯33 鼠人の襲撃（骸姫の迷走）
幻魔大公シキ・ヒサカ。
魔の国においても畏怖と共に語られる四魔大公。
その一柱が、わんしゃのおかあちゃんだがん。
……勘弁してください。
わんしゃら幻魔一族は、実はめちゃんこ身体が弱い。
その非力さは一般的な人間にも到底及ばれせん。魔の国最弱と称されるファーラットを相手にしたとしても、力勝負では勝てやせん。
馬鹿みたいに長い寿命と特殊な魔力制御を持つ代わりに、とっことん非力な種族。
それが、わんしゃら幻魔一族だがん。
元々、魔の国においての生存競争について行けず、ひたすら隠れるようにして僻地へ僻地へと、逃れに逃れて辿り着いたのが今のヒサカの地だて。わんしゃらはそこでひっそりと、誰にも見つからねぇように暮らしとった。
いるかいないか分からないような幻の魔族。
それが、わんしゃら幻魔の由来なんだとか。
そんな幻魔一族から現れた不世出の英雄。
それが他ならぬわんしゃのおかあちゃん。
シキ・ヒサカ。
おかあちゃんはわんしゃの憧れでやーした。
小柄でありながらもその美しい容姿と飛び抜けた強さで周りからも称賛され、畏怖と同時に尊敬されるおかあちゃんの姿は、わんしゃの誇りでやーした。
おかあちゃんの末の娘として生まれた事に感謝し、いずれはおかあちゃんのようになりたいと、そう心から願ってやーした。
５歳を迎えるあの日までは。
「おんしゃも５歳になったで。そろそろ本格的に傀儡の修行を始めらっせんとかんね」
あの日、優しく微笑んでいたおかあちゃんの笑顔は、今でもはっきりと覚えとりやーす。
修行の内容を知らなかったその時のわんしゃは、尊敬するおかあちゃんから直々に傀儡の術を教わる事に心を浮き立たせやーした。
あの頃のわんしゃは自分で言うのも何だがん、汚れなく純真で、素直で前向きな少女でいやーした。
努力する事を厭わず、泣き言を漏らさず、おかあちゃんの期待に応えようと必死で歯を食い縛り、涙を堪えてただひたすらに頑張り続けとったんだがね。
最初にあれ？
これは何かちょっと違うかな？
……と疑問を持ったのは10歳の時でやーした。
迷宮トロルと素手で闘わされ、ガチで死にかけたんだがね。
くどいようでやーすが、幻魔一族は非力な種族でやーす。
大人でも迷宮トロルなんて相手に出来やーせん。
ボロボロになりながらもかろうじて命をとりとめたわんしゃに、おかあちゃんはニッコリ微笑んで言いやーした。
「まだやれそうだがね」
その時、心に強く誓いやーした。
命あるうちにヒサカから絶対逃げたるがん！
それからも地獄のような修行は続きやーした。
いっそ死ねたのならどれほど楽だったか。
けれどもそこはそれ。
鬼の如くでもおかあちゃんはおかあちゃん。
必ず死ぬか生きるかギリギリの所を見極めて、決して生かさず殺さずの手加減が入りやっせらーす。
７年間。なんとか生き延び、それなりの術の使い手になる事が出来やーした。どうやらおかあちゃんの後継者として扱われ始めている事にも、段々と気付きはじめてもいやーした。
最近知ったのでやーすが、他の兄や姉達はおかあちゃんの修行に早々にギブアップしとったそうだが。
……。
ギブアップしてよかったのかっ！
誰か教えてくれやーしてもよかったにっ！
新しく魔王が誕生したとの噂を耳にしたのは、そんな風に一族に不信を覚え始めた頃でやーした。
これだ！ と思ったがね。
ここを逃したらヒサカの地からは逃げられやーせん。ここが好機とおかあちゃんに必死になって頼み込んで、幻魔大公の名代として魔王城へとまんまと逃げおおせられたんだがね。
そしてマオリ様と出会いやーした。
ありあまる強大な力を内包していながらもその立ち振舞いは穏やかで、端整な顔立ちと優しげな目差し。そして、芯のある耳に心地よい声音。
こんな男性がこの世にいやーしたのかと。
一目でマオリ様に心を奪われやーした。
おかあちゃんの名代である事など二の次でやーす。
聞けばマオリ様の周りには王后の座を狙ってか、ワラワラと有象無象の娘っ子達が蟻のようにたかっているとかいないとか。
ここは負けてられーせん。
マオリ様のお心を掴む為、ありとあらゆる手段を使って自分をアピールしやーした。なりふり構ってなどいられーせん。
マオリ様の魅力に気づく事なく、王妃の座欲しさに群がる者達など、全く敵でもありやーせんかったがね。
そう、リーンシェイドを知るまでは。
その凜とした美貌に加え、マオリ様からの信頼も厚く、更には夜叉族でも貴種の姫夜叉でいらっせるんだとか。
全身を稲妻に射ち抜かれた思いでやーした。
いるべき所にはいやーすんな。美男美女。
二人並んだお姿の何と絵になりやーすことか。
虚弱な幻魔であるわんしゃなんかよりも、彼女の方がよっぽどマオリ様に相応しいと、そう思い知らされたんだがね。
これ以上ここにいても惨めなだけでやーす。
敗北を悟り、郷里に戻る事を決めやーした。
けれど、気づいたんだがね。
おかあちゃんの名代を果たして無い事に。
不味いでやーす。
非常に不味いでやーす。
おかあちゃんの名代として登城したのに、嫁入り競争に参加して自己アピールしかしとらーせん。
殺されやーす。
このまま帰ったら確実に殺されやーす。
何とか誤魔化す手は無いかと、遠回りや寄り道を繰り返して、郷里入りを先伸ばしにしやーした。
いつまでもグダグダとしとられせんが、あのおかあちゃんを誤魔化せる手など思いつきやーせん。
これはもう、地の果てまで逃げ続けるしかないと覚悟を決めた時。マオリ様がその伴侶をお決めになられたとの噂が伝わってきやーした。
すぐさま魔王城にとって返したんだがね。
その噂の真偽を確かめる為に。
一度は諦めやーしたが、このまま地の果てまで逃げるしかないのであれば、今一度マオリ様に全てをぶつけたい。そう思いやーした。
おかあちゃんの名代の事などに、煩わされている場合ではあらーせん。
急ぎ戻らーした魔王城で待っていたのは、想像を斜めに上回る真実でやーした。
マオリ様の伴侶の座を勝ち取ったのはあのリーンシェイドではなく、ややもすればあの美少女にすらひけをとらない美貌の人間の娘でやーした。
レフィアとかいうその娘を見た瞬間、あまりの美しさに我を忘れて魅いってしまった程だがね。
化粧っけもなく白い厚手のチュニックという恰好でありながらも、その美しさは群を抜いとりやーした。
人間って、こんなに綺麗な生き物なのだと、軽くショックも受けやーした。
しかも、宰相であるあの馬鹿虎男に頼み事が出来るだけの権力を、既に持っているらしいとか。
侮れやーせん。
人間は、やっぱり侮れない存在だがね。
以前に滞在してた時にこっそり残しておいた、マオリ様の裸像群のマイコレクションがバレたらしく、すぐに呼びだせれやーした。
こんな事で魔王城に出入り禁止になっては、自身の命運も尽きやーす。
涙を飲んで秘蔵の魔術具を差し出したんだがね。
あれで毎日マオリ様を愛でていやーしたのに。
暫くは就寝前の日課もお預けだがね。
マオリ様は誰の姿を愛でやーすのか。
まぁ……。答えは分かりきっとらっせる。
わんしゃではないでやーすな、やっぱり。
17の乙女として、多少の良心の呵責も感じやーす。
仕方が無いので、少しくらい何か返さなあかんと思ってレフィアを訪ねると、丁度白の宮へと移る準備をしている所でやーした。
マオリ様コレクションのなくなった白の宮には、それほど固執するものもあらーせん。
宮移りのお手伝いを申し出やーした。
多少訝しんどったがん、レフィアは部屋の片付けを頼んで、イソイソと宮へと戻っていやーした。
マオリ様をめぐっての恋敵のはずだがん、あんな姿を見ると、どこか憎めやーせん。
あれは得な性分だがね。
一息つき、部屋の片付けを始めようとして、ある物に目が止まりやーした。
掌大の小瓶につまった銀色の液体。
え、これ。もしかして……。
「エクストラポーション……」
体力と魔力を瞬く間に回復し、小さな傷であればたちどころに治すという至高の秘薬。価格もまた至高の一品で、わんしゃのお小遣いでは手がでやーせん。
そんな物がポコンと無造作に置かれてとりやーす。
こ、これがあれば……。
生唾をゴクリと飲み込んだ時でやーした。
ドッゴォォォオオオオオン！！
部屋の入り口付近が轟音と共に吹き飛びやーした。
幸い部屋の奥にいたおかげか、爆風からは逃れられやーしたが、入り口は無惨に吹き飛んどりやーした。
何者かの襲撃でやーすか。
爆発の直後、部屋の中に煙が充満し始めまたんだがね。
爆音の大きさに比べて、爆発の規模はそれほどでもあらせーへんかった。火薬の代わりにこの煙の元になるものが詰め込まれていたようでやーす。
もしそうであるのならば、この煙には何らかの毒が含まれとらっせるハズ。
さしずめ睡眠薬か麻痺薬といった所でやーすな。
浅はかなもんだがね。
部屋の中が煙で満たされ、身体を覆い隠していきやっせる。慌てる必要はあらーせん。
非力な身体能力を補う為に幻魔一族が編み出した秘術、幻晶人形はこのような時にこそ役に立ちやーすん。
幻晶人形に魂を移して行動する事を常とする幻魔一族。生身の身体ならともかく、人形の身体に毒物は効果があらーせん。
ふふふ。たーけだがね。
余裕を持って状況を監察していると、煙の向こう側から子供の背丈程の者達がワラワラと姿を顕し始めやーした。
ファーラット。鼠人だがね。
この愚かな行為の犯人はヤツラでやーしたか。
愚かな行為にはそれ相応の報いを受けてもらわなあかーせん。何より本当に運の悪い。
まさか骸姫の名を継ぐこのわんしゃが、このような場に居合わせるなどとは、思いもよらーせんかっただろうに。
「……コイツか？」
「違うな。だがついでだ、コイツも連れて行け。本命には逃げられたみたいだな」
ファーラット達は手早く痺れて動けないわんしゃを縛り上げると、木箱の中に押し込めやーした。
……身体が麻痺毒に犯されて動かんがね。
馬鹿虎男に幻晶人形を壊されたのを、すっかり忘れとりやーした。
今は生身のままだったがね。
……。
……あれ？
これ、ちょっとヤバめでやーす？
