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♯31 迎撃準備



 大変な事になった。


 聖女様を筆頭に、お国の騎士団が魔の国に攻めてこようとしているらしい。

 他ならぬ私を助け出す為に。


 本気で耳を疑った。


 聖女マリエル様がこれまで、積極的に魔物を倒し続けて来た事はよく知っている。

 村でもよく話題に上がったし、聖女様の活躍振りに胸を踊らせていた事もあった。特に魔物に拐われた人達の救出には意欲的だったのが印象深く残ってる。


 そう、拐われたんだよね、私。


 何かえらく自由気ままに過ごしている所為か、うっかりここに来た経緯を忘れかけてた。

 助けに来てもらう側の私がこんなんでいいんだろうか。良くないよなぁ、やっぱり。


 たかが村娘1人の為にそこまでしてくれるとは、正直思ってもみなかった。


 幸いにして、私の村は辺境ではあっても魔物の被害が少ない場所だったので、聖女様や騎士団に助けてもらうという事がほとんどなかった。それは、かなり恵まれていたんだと思う。

 自分達だけではどうにもならない状況になった時、それでも助けてくれる存在がいるという事はとても大切な事なんだと、今ならよく分かる。


 だからこそ、私を助けになんて来ては駄目だ。

 その救いの手はもっと別の人に差し出されなければいけない。もっと本当に助けが必要な人がきっといるハズなのだから。

 聖女様達にしても、魔王様達にしても。私なんかの事で怪我の1つだって負わせられない。


 ばあーっんと、取り次ぎを無視して、魔王様の執務室のドアを勢いよく開けた。


「魔王様! お願いがあります!」


「だからお前はっ突然入ってくるなっ!」


 机の向こうで壷が叫んだ。


「こんな時まで遊んでいらっしゃるなんて、余程の余裕があるんですね。申し訳ありませんがちゃんとこちらを見ていただけますか?」


「いや、これは決して遊んでいる訳では……。わ、分かった。……こっちか?」


 魔王様が姿勢を正す。

 書類棚に向かって何してるんだか。


 割るぞ。


「……魔王様。こっちです」


「あ、ああ。こっちか。……見えんな。これ」


「真面目にお願いしますっ!」


「わ、分かった。分かったからちょっと待て」


 魔王様は壷を被ったまま天井を見上げた。


 ピッ。ドガァァアアアン。


 壷の真ん中の辺りから二筋の光線が突き抜けて、ぽっかりと穴が二つ開いた。目穴らしい。

 そこまでして壷を被りたいのかこの魔王様は。


「それで? 願い出たい事とは珍しい。何だ?」


「聖女様と騎士団がこちらに向かっていると聞きました。私を助け出す為だそうですね」


 壺が無言の肯定を返す。


「どうにか穏便に済ませる事は出来ませんか」


 壺に懇願する私。

 今一つ締まらないな……。これ。


「気持ちは分かるが諦めてくれ」


「魔王様っ!」


「お前を拐ってきたこちらに非はあるが、だからと言って人間に対して下手にでる訳にはいかん。奴等が剣を掲げて来るのであれば、こちらもそれ相応に対処せざるを得ない」


 格好はフザケているが声音は真剣だ。

 目穴から覗く視線に譲れないモノを感じる。

 ……だから取れよ、その壺。


「ですがそれは必要のない衝突です。こんな事で誰かが傷つくなんて馬鹿げてますっ」


「例え傷つこうが譲れんものがある。我等から先に人間達に譲歩する事は出来ん。前にも言ったが無用な流血はこちらとしても望む所では無い。だが奴等の出方次第ではどうなるかは分からん」


「私が聖女様達の元へ行けば話は早いです。互いに衝突しないように説得出来るかもしれません」


「お前が行ってどうする。そもそも囚われの身だろうがお前は。それを無事にこちらへ返すとは到底思えん」


「囚われの身だったんですか? 私」


「無理矢理連れて来られて帰れない奴が囚われでなくて何だというのだ」


 言われてみればそうか。

 ここにいるのも嫌じゃないし、帰った所で何をする訳でもなく静かに暮らすだけ。家族には手紙で無事も伝えられたので気がかりもなかったりする。


 帰る気がなかったのか私!?

 自分で気づかなかった。


「では、無理矢理連れて来られてなければ良いんですよね。それなら良い考えがあるんですけど……」


「……一応聞いておこうか」


「まず私が家に帰るんです。それから自分の意志と足でまたこの魔王城に来るっていうのはどうでしょうか。助けに来る必要性もないですし、囚われの身でもなくなります。うん。名案じゃないですか」


 万事丸く収まるんでないかい?


「そんな馬鹿な事が出来る……訳が……。……あれ?出来る……か。でも、……あれ?」


「ほら。魔王様も納得出来ますでしょ」


「いや、それでも人間が自ら進んで魔王城に来るなど、殺されにくるようなもんだろ」


「今現在ここにこうしているのに、ですか?」


「だいたい戻ってくる理由がない」


「魔王様が私に求婚したんですよね。今はまだよく分かりませんけど、返事くらいはちゃんとお返ししますよ?」


「いや、まぁ……そうだな。あれ?何かおかしい気がするのに反対する理由が見つからない」


 魔王様が壷を、もとい頭を抱えて悩みはじめた。ここはもう一息かな?求婚の返事を先伸ばしにしてる事を突っ込んでは来ないし。

 何か流されやすい人柄だなぁと思う。

 魔王様のくせに本当に人が良いんだから。


「……多分だが、今ここで帰ると、お前は二度とここには戻ってこれない気がする。上手く説明出来ないがそんな気がするのだ」


「魔王様の気のせいではないですか?」


「いや、気のせい……、ではないな。そう。ここでお前が戻っても元の暮らしには戻れないだろう。こちらとの繋がりを疑われて監視されるだろうな。違うな、神殿に入れてしまえば話が早いか。まず間違いなく自由に動く事は出来なくなるだろう」


 1つ1つ確認するように言葉を繋いでいく。

 うん。まぁ、言われてみればそんな感じになるような気もしてくる。

 そうか、何も無かったかのように元の生活に戻るのは……、確かに難しそうだ。

 でも……。


「そんなの打ち倒して戻って来ますとも」


「打ち倒すなっ。誰にも怪我をさせたくないと言ったばかりだろうが!」


「人の邪魔をするなら話は別です」


「ったく。どのみち却下だ。お前を今返す訳にはいかん。俺の我儘だと思ってくれていい。俺はお前を失ないたくはないのだ」


 ん?


「それじゃあまるで求婚の言葉みたいですね」


「したろが! 俺はっ! お前にっ! 求婚した! さっきお前は自分でもそう言ったろが!」


「……あ」


「他人事のように考えてたろ、今」


「あー。あははは」


「いい。お前がそういう事にからっきし疎いのは最初から知ってる。期待などしていないから安心しろ朴念仁」


 言い訳のしようもなく目を逸らす。

 何かどこか他人事のような気がしてたのはバレてたのか。さすが魔王様。この短い付き合いでよくお見抜きでございます。


 ……だってよく分かんないんだもん。

 胸のトキメキ。恋心キュンキュン。

 私の心臓はそんなキの字の音ださないんだもん。


「いいからお前はくれぐれも大人しくしていろ。聖女達への対応は、なるべくお前の願いを尊重してやる。だが、奴等の出方次第では約束は出来ん」


「……分かりました。無理を言って申し訳ありません」


「多少の無理なら聞いてやるがな。出来るものと出来ないものがあるのだけは分かって欲しい」


「はい」


「あぁ、それとな。出来たらでいいんだが……」


「はい?」


「その、何だ。お前のな。髪を……。一筋でいいんだが、欲しいと頼んでもいいか?」


 ぷつん。


「どうぞ」


「躊躇ないな……。頼んでおいて何だが」


 何をモジモジして言い出すかと思えば。


「村でもよく頼まれてましたから。女の人の髪の毛を衣服に縫い込むとお守りになるんですよね?他の人だと頼みづらいからって」


「お守り? なんだそれは。聞いた事無いぞ」


「あれ? じゃあ私の村だけの風習だったんでしょうか。結構頻繁に頼まれてましたから。私の村の話なので魔王様は知らないですよね。ごめんなさい。……あれ? でしたら魔王様は何で髪の毛を?」


「お守りだ。今思い出した。お守りにする」


 今日の魔王様は挙動が少しおかしい。

 いつもおかしいか。


 変態で挙動不審な所さえなければ、優しくて強くて人が良くて気安くて。悪くないんだけどな……。


 魔王様は私から一筋の髪を受け取ると、上質そうな紙に包んで大切そうに懐にしまった。

 愛されてるとかいう実感はないけど、大事にしてくれてる事ぐらいはちゃんと伝わってるんだけどね。あえて口にしたりは絶対しないけど。


 確約はとれなかったけど意は汲んでくれた。

 後はその時になってみないと何とも言えない。


 出来れば誰に傷ついても欲しくない。

 聖女様達も、魔王様達も。

 どっちつかずの良い格好しいだろうか。

 誰かが傷つくぐらいなら、私が誰に何と言われても構わないんだけどね。私は私のやりたいと思った事をやりたいように全力でやるだけなのだから。


 魔王様に暇乞いを告げ部屋を後にする。


 髪の毛。

 お守りじゃなければ何に使うんだろう。

 気にはなるけど、今は後回しだ。


 まだ何か出来る事がないだろうか。

 出来る事は全てやってやるさ。

 他の誰でもない、私自身の為に。


 それからすぐに魔王様は出陣していった。

 近衛騎士150名と共に。


 私は、私に出来る事を見つけられないまま、それをただ見送るしかなかった。







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