表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/236

♯29 骸姫ベルアドネ



 亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)


 死者の迷宮と呼ばれるものから溢れでた亡者の群れは、生命あるものを尽く呑み込み、その数を増やしながらもひたすら進み続ける。


 家々を押し潰し。

 街道を埋め尽くし。

 城壁を打ち崩してさえも。

 亡者達の歩みは止まらない。


 なにそれ、めっちゃ恐い。


 歴史上何度か起こるそれは、この国で起きたときにも他の例に漏れず甚大な被害をもたらした。

 私が生まれるかなり前の事だそうだ。


 その時、亡者(デッドマン)の行進(ウォーキング)を防ぎ止めて、亡者を迷宮に押し戻す事に成功した英雄がいた。

 それがシキ・ヒサカらしい。

 四魔大公の1人で現ヒサカ家の当主、暴走妄想ド変態残念娘の母親。幻魔大公シキ・ヒサカ。


 またの名前を骸姫(むくろひめ)


 傀儡術(マリオネット)という生命無き物に仮初の生命を与えて操る術。その術に長けたシキ・ヒサカの戦い振りは、まさに骸達を従える冥府の姫君のようだったらしい。


「ぐずっ。何もここまでしよらんでも」


 救国の英雄、と言うんだろうか。その英雄の末娘は今、泣きべそをかきながら一心不乱に壊れた人形を直している。


 黒地に赤いリコリスが鮮やかな着物を着た、透明な水晶のようなもので出来た人形だ。

 着物の方には見覚えがある。さっきベルアドネが着ていたものだ。けど、それを着ているのは本人ではなく水晶の人形の方だった。


 本人はと言えば、腰から上は薄手の黒っぽい着物のようなものを着て、下にはボワっとした感じのスカートのような物を履いている。袴という下履きなのだと後で教えてくれた。


「うっ。材料がたらぁせん。すずびっ。小遣いがわやだがね」


 水晶の人形は首の辺りから大きな亀裂が広がっており、見た感じあまり修理が進んでいない。

 ひび割れたパーツを交換する度に亀裂が深くなっていってるように見える。


「どうしよう。おかぁちゃんに殺されてまう。ぐずっ。あの馬鹿虎男。えらい事してくれよってからに」


 ベルアドネはこちらに背を向け、涙と鼻水を袖で拭いながら必死に作業を進めている。


 救国の英雄シキ・ヒサカから骸姫の2つ名を受け継いだヒサカの天才少女。……らしいんだけど、その背中にはあまりにも哀しいものが漂っていた。


 部屋の中をぐるりと見渡す。

 ベルアドネの私室は城の中でも異質だった。

 印象としては紙と木だ。他の部屋が石と布で出来ているとするならば、ここは紙と木で出来ている空間のように思えた。


 天井は燻した板が張り合わせられており、落ち着いた色合いに趣きを感じられる。

 壁には綺麗な模様がエンボスされた紙がはられているらしく、清潔感の中にある控え目な工匠にふと目を惹かれたりもする。


 少し驚いたのは本来窓があり、採光するハズの面も壁になっている事だった。木枠を組んで紙を張り付けてあるんだろうか。壁があるのに光を閉ざしてはいない。むしろ穏やかな陽光が丁度良い感じで室内を明るくしている感じもする。


 見た事もない内装だけど嫌いじゃない。

 なんか、そこはかとなく落ち着く。


 部屋の一角の床が一段高くなっていて、そこに草で編み込まれたような板が12枚程敷かれている。一枚が人1人寝転がれそうな大きさの板だ。

 その上に置かれた背の低いテーブルの前。脚を切り取ったかのような椅子に、平べったいクッションを敷いて私は座って寛いでいる。


 最初はどう座ったら良いのか分からなかったけど、足を揃えて崩したように座ったら意外にしっくりきたので、そのまま茶菓子をいただいている。


 何これ和む。


 手元にある木枠と紙で出来たランプもどきがまた可愛い。明るすぎず暗すぎず。厚紙越しのぼんやりとした明るさが心地よい。これ、欲しいな。


 部屋の主はと言えば、私が使用人に案内されておもてなしを受けている事さえ気付かず、ひたすら涙目で作業に没頭している。


 砂とコンクリを混ぜて固めた三和土(たたき)とかいう、一段下がった場所に、さっきからずっと座り込んでいた。


「うわぁぁあああん。駄目だがねっ! 全然たらぁせん! ぐずっ。あぐぅっ」


 一言文句を言いに来たんだけど、この部屋の落ち着いた雰囲気と本人の哀れさに勢いを削がれてしまった感じがする。


 魔王様も一緒に文句を言いに来るつもりだったらしいんだけど、何故か途中で引き返してしまった。自分の裸像が2週間近く私に観察されてショックだったんだろうか。


 観察なんかしてないし、裸像といっても()()()()()()()()作られてたらしいから、そんなに気にしなくていいってフォローしたのに。

 まるで消え入りそうなくらいにしゅんとして戻っていった。難しいお年頃だね。


「だぁああ! もうどうにもならぁせん!」


 水晶人形の修復を諦めたのか、ベルアドネが道具を投げ出して地面に仰向けに寝転がった。

 泣き腫らした目が私の視線と合う。


 ずずっ。

 お菓子の甘さにお茶の渋さが心地よい。


「なっ。なっ。おんしゃここで何しとらぁすの!? い、いつからそこに!?」


 べルアドネがガバっと起き上がり、慌ててこちらを振り返った。

 後姿だけだと少し不安ではあったけど、さっき廊下で会ったのと同じ顔だった。うん。本人だ。思った通りの美人さんだけど、涙と鼻水の跡の所為で台無しになってる。……勿体ない。


「いつから、と言うと。そうね……。『少ない小遣い貯めてやっとかめで造りあげたのにっ』って鼻声で目元を袖で拭ってた所ぐらいから、だったかな?」


「どえらい前じゃねぇすか!!??」


「所でさ。()()()()()って何?」


「はっ!」


 慌てて自分の口元を手で隠すベルアドネ。

 いやぁ、何かもうね。最初は私も少し戸惑ったけど、散々聞かされた後だし。今さら訛りを気にしても遅いんじゃないかなぁと思うんだ。うん。


 ……訛りがすごいね貴女。


「お、扇! 扇はどこいきやぁせた!?」


 ベルアドネは慌てて周りをひっくり返して何かを探し始めた。何かをというか扇か。扇?

 ふと手元のローテーブルに視線を落とすと、さっき彼女が手に持って口元を隠していた扇が置いてあった。


「探してるのはこれ?」


「何でそれをおんしゃが持っとらーすん!? はよ渡しやーせな!!」


 カチン


 教えてあげたのにそんな風に言わんでも。

 イラっとしたので、ベルアドネが慌てて駆け寄ってくるよりも前に扇を広げて、口元を隠すように構えてみた。


「何をそんなに慌てていらっしゃいますの? まるでお猿さんのようですわ。もう少し淑女としての慎みをお持ちになられた方がよろしいのではなくて?」


 ……。


 ……は?


 何これ。


「あら私とした事が貴女に引き摺られて何て事を。貴女ごときを貶めるつもりなんてさらさらありませんのよ? その必要もないようですし。……何これ?」


 扇を口元から離して畳むと口調が元に戻った。

 確かに私の口から出た言葉だけど、言おうとした言葉が私の声でひねくれて出てきた。

 私が言ったの? 今。マジで?


「ええから早よ返してちょーよ!!」


 驚いている私の手からひったくるようにして扇を取り戻すと、ベルアドネは慌てて自分の口元を隠した。


「まったく油断も隙もありませんですわ。断りもなく見ず知らずの人の部屋にずかずかとお入りになられるなんて、お里が知られてまうでよ。……って人の手を引っ張りやーすなっ! 何なんですの!? 一体!」


「……どうなってんの?これ?」


「どうもなってませんわ! おんしゃの気のせーだで、って、だから引っ張りやーすな! わやだがね!」


 何か面白い。


 口元を扇で隠してる間だけ口調が変わってる。


「ようするにその扇、訛り隠し?」


「なっ!? そ、そんな訳有りませんですわ! 訛りを隠す為だけに魔術道具を作るとか、誰がそんな暇な事をするもんですかっ!? そんなんバレたら、おかぁちゃんに殺されてまうっ! こらぁあ! 返しやーせ!」


 何がどうなってそうなるのかは分からないけど、口元に当てて話すと喋った言葉が勝手に変換されるみたい。多分だけど、これも魔法の道具っぽい。無駄に凄い。


 ただ、何か微妙に嫌みっぽくなってるような気がしないでもない。


「こんな扇で訛りを誤魔化されずともよろしいではありませんか。どこぞの田舎猿丸出し……。やっぱ駄目だよこれ。思ってもない皮肉までつけられちゃう」


「余計なお世話だーてっ!」


 端正な顔立ちを真っ赤にして怒る彼女に、そっと扇を閉じて返した。

 ベルアドネはふんだくるようにして受けとると、扇を閉じたまま懐深くに抱き込んだ。涙目になってこちらをきっと睨んでる。

 ちとやり過ぎたかな……。ごめんね。

 黙ってそうしてると、暴走妄想ド変態訛り娘だとは到底思えない程綺麗な顔立ちをしてる。何か、内面の全てで器量を台無しにしてるなぁ。この子。


「大体っ! 何でおんしゃがここにおりやーすのっ! 秘蔵の御干菓子までバクバク食べやっせてからに!」


「ああ、最初は白マッチョ軍団の文句を言いに来たんだけど、何か貴女を見てたら段々どうでも良くなってきたかなぁと……」


「白マッチョ? 何を言っとらーすの?」


「それよりも、ねぇ。さっきばるるんに蹴り飛ばされたのって、そこの壊れた水晶人形だったの? もしかして、さっき私達と喋ってたのもあれ?」


 三和土の上で無惨に鎮座してる水晶人形を指す。ベルアドネは少し唇を噛み締めて頷いた。

 ほほう。目の前で喋ってたのに水晶人形だったとはまったく気付きもしなかった。これも魔法なんだろうか。リーンシェイドから聞いたマリオネットっていう術の一つなのかもしれない。


「……幻晶水晶っていう稀少鉱石で造らっせたヒサカの秘術の一つだがね。魂ごと人形に移して自分の代わりに動かせる事ができやーす。今はもうわやになっとらっせるが……。ぐずっ」


「……高いの?あれ」


「滅茶苦茶高いがん。あれ一つ造らせっとるだけで2年も小遣いを貯めとらっしたのに。ううっ」


 恨めしく見つめながらも、今にも泣き出してしまいそうだ。うーん。目の前でそう泣かれると弱いんだよね……。何とかしてあげたくて疼いてくる。

 仕方ないな……もう。


「ばるるんに言って、材料費出して貰おうか?」


「へ?」


「ばるるんが壊したんだから本人に修理代出して貰えるように、私からも交渉してもいいよ?」


「ほ、ほんまに?ほんまにそんな事が……。レフィアとかいうとらっせたな。ほんまにそんな事ができやーすん?」


 目元に滲んだ涙を拳で拭いながら、ベルアドネは私に希望に満ちた目差しを向けてきた。

 まぁ、出来るか出来ないかで言えば確実にとも言い切れない所もあるんだけど、どうにかならない事もないかな。壊したのばるるんだったし。


「お金の都合するのが得意っぽいし。頼むだけ頼んでみてもいいよ」


「おんしゃほんま良い人でらっせるな。頼まーすわ! ほんま心から頼まーせるわ! わんしゃベルアドネ・ヒサカ。陛下の花嫁候補だで。よろしゅうな」


「えっと。レフィアです。魔王様の花嫁……ではないな。何だろ。魔王様に求婚された者……です。よろしく……あれ?どうしたの?」


 自己紹介をされたのでお返しにと自己紹介を返そうとしたら、途端にベルアドネが私から距離を取った。


 あれ? ……どうした?


「陛下に……求婚。……された?」


「うん。……まぁ。返事はいつでもいいからって言われててまだ返してないけど。だからまだ花嫁ではないかな」


「まさかっ! おんしゃが陛下が選んだっちゅう人間の女でやーすか!? 謀りやーしたな!? わんしゃを油断させて隙を作らせて何考えとらーすか!?」


「ああ。そう言えば人の話聞かない子だったね……。どうしようこれ。何か面倒臭い」


「面倒臭い言わっせらーすな!!」


 私が邪魔だとかそうでないとかの騒動は一応一つの区切りを見せた所だったのに。また悶々とあれをくりかえすのも何だかな……。


「そう言えば魔王様も貴女に話があるって言ってたから、また何かあるんじゃないかな」


「え!? マオリ様が、私に!?」


「うん。その魔王リー様がね。白の宮の全裸魔王像の事で問い詰めたい事があるんだそうな」


「……げ。何でそれがバレとらーすん!? 白の宮はわんしゃが入るまで閉鎖されとーハズだが!?」


「……あれ?デジャブかな。さっきも同じ話をしたような気がするんだけどしてなかったかな?その白の宮に私が寝泊まりしてたから何だけど……」


「なっ! なっ! 謀りやーしたな!」


「ええいっ! 話が進まん!」


 何か色々問題が無いかこの子!

 本当に天才児なの!?


「とにかく! 白の宮とかもうどうでもいいし! その水晶人形の事はばるるんに頼んでみるからもう騒ぐな! 第一、貴女の作った白マッチョ達はもう1つ残らず粉々になってるんだから、一々喚かないっ!」


「……はい?」


「だからっ、裸族な石像はもう1つも残ってないから、そんなに白の宮に拘らない事っ!」


「なっ、なっ、なっ……」


 一呼吸おいて、ベルアドネの悲鳴が木霊した。


 美人だけどとことん残念な子。

 それが私とベルアドネの本当の初対面だった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ