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♯223 覚えています



 振り抜こうとした刃が阻まれる。


 光の柱を断ち切る為に斬り上げた刃が、かかる魔力の密度に圧されて止まってしまった。


 まるで抗うかのように青い炎が燃え上がり、光の柱の表面で荒れ狂う。眩いまでの強い光と、憤る青炎が互い入り乱れ、絡み合う。


「……あぐっ!? ぐにぎぎぎぎぎぃ!」


 踏み込む足腰に更に気合いを込め、身体全体でかかる圧力に全力で応じる。前へ前へと、光の柱に刃を押し込む。


 それは、まるで濁流の中に一本の棒を立てているかのようにも感じられた。大雨で増水した川に棒を立てたらきっと、こんな感じなのかもしれない。やった事はないけど。


 感じる波動に刃で抗う。


「っぶちぎれろぉぉおおおおおっ!」


「させはせんっ!」


 青と白の光が明滅を繰り返しながら辺りを照らす。

 震動が空間内を激しく震わす中で、渾身の力で踏みしめていた身体の側面を、強い衝撃が襲う。


「っが!?」


 飛び込んできたオハラが、更に魔法を発動させる。


 最初の衝撃でバランスを崩した所へ、更に追い討ちをかけるかのように衝撃が放たれ、体勢が崩れる。その場に踏み止まっていられず、身体が弾き飛ばされた。


 『聖気弾』の魔法だ。ダメージはそれほどでもないけれど、一撃ごとに気が遠くなりそうな衝撃が意識を刈り取ろうとしてくる。


 石床の上を転がるようにして手をつき、頭を振って歯を食い縛る。こんな所で意識を失ってる場合じゃない。


「まだだっ! まだまだいくぞっ!」


「ぐっ、……めんどくさっ」


 次々と放たれる衝撃の塊を避けながら、身を低く構える。床石を足の裏でしっかりと捉え、強く蹴り出す。


 目の前では、今にも女神がマリエル様の身体に降臨しようとその存在の力が高まりを見せていた。


 もう、欠片も猶予がないってのに。


 飛ばされる衝撃に手間取り、光の柱どころかオハラにさえ近づく事が叶わない。


 ふいに、身体の周りで魔力が歪んだ。


「やばっ!?」


 歪んだ魔力場から伸びる光の鎖を避けきれず、手足に巻き付かれてしまった。押さえつけようとしてくる力が物凄い。更に伸びてきた数条の光の鎖に身体を絡め取られ、身動きを封じられてしまった。


「どれだけ足掻こうとも無駄だっ! 女神様の降臨はもはや止める事などかなわぬっ!」


「がっ!? ……くっ」


 動けない所へ飛んできた衝撃を、正面からまともに受け意識が飛ばされかける。


 ここで負ける訳にはいかない。


 刈り取られそうになる意識を根性で繋ぎ止め、押さえつけられる力に懸命に抗う。


「女神様の声も聞こえぬ下劣な者どももっ、邪な教えに穢れきったこの世界も全てっ! 女神様の威光の前に尽く等しき滅び去るのだっ!」


 容赦の無い衝撃が次々と浴びせられる。


 避ける事も出来ず、鎖によって押さえつけられている所為か吹き飛ばされる事もないまま、オハラからの『聖気弾』を受け続ける。


 この魔法、神聖魔法に含まれる初歩的な攻撃魔法なだけあって、直接的な殺傷能力は無いっぽい。


 けど、一発毎に受ける衝撃が凄まじく、意識が飛んで行ってしまいそうな所を根性で耐え抜く。


 避けられないからってよくもまぁ、滅多矢鱈に打ち込んでくれる。


 絶対コイツ、根性悪いっ!


「世界は選ばれた者のみが住まう楽園へと生まれ変わるっ! 世界は、浄化されねばならぬのだよっ!」


「……っやかましいっ! 何が楽園よっ!」


 朦朧とした意識の中で柄を握る両手に力を込める。


 刀身から青い炎が迸り、手足に絡み付く光の鎖を弾き飛ばそうと、その勢いを増していく。頑強な抵抗を見せる光の鎖と青炎が互いにせめぎ合う。


 こっちは気を失わないように必死だってのに、さっきからごちゃごちゃ勝手な事ばっかりで喧しい事この上無い。


「女神様の降臨は成されねばならぬっ!」


「ふざけんなっ! 穢れた世界だの邪な教えだのっ、下らなさ過ぎて呆れるわよっ! 結局そんなのっ、ただ自分の思い通りにならない現実に拗ねてるだけでしょーがっ!」


「真実を知らぬ愚か者がっ、女神様のお声の届かぬお前に何が分かるっ!」


「知らないわよそんなもんっ! だいたいアレがっ、そんな事を考えてる訳ないでしょーがっ! 光の女神はあんた達を救おうなんてっ、欠片も思ってないわよっ!」


「このっ、背教者がっ! 己の愚かさを知るがいいっ!」


「がっ!? ……ぐっ」


 一際大きな衝撃が頭に直撃する。


 目の前が白くなりかけ、それでも歯を食いしばって意識を繋ぎ止める。


 違うのだと。実感する。


 コイツは違う。


 そもそもがこちらの言葉を聞くつもりなんて欠片も無い。自身の言葉だけの世界。自身がそう望んでいるというだけの者しか理解出来ない。そもそもが、違うのだ。


「……自分は違う。自分だけは、周りと違う。ただそれだけじゃない」


 女神の教えを言い訳に、ただ自分を許して周りを蔑む為だけに自身に固執する。自分は違うのだという考えに甘えているだけの臆病者。自分は選ばれたのだと、根拠の無い自信にすがって思考を停止させただけの卑怯者。


 他者を理解しようだなんて、最初から欠片も考えていない。だから、……違うのだと。


 交わす言葉にすら、意味もないのだと。


「あんたはただそこに甘えてるだけでしょーがっ! 現実が見たくないならっ、黙って耳を塞いでっ、目を閉じて引っ込んでろっ!」


「女神様の教えを愚弄するかっ!」


 現実を認めたくないなら。

 何もかもが思うようにいかないならっ!


 抗ってやる。


 徹底的にっ、どこまでもっ。


 抗い続けてやるっ!


「ぜぇぇぇえええええええええええいっ!」


 前だけを見て。

 今すべき事だけに意識を集中させる。


 渦巻く青い炎が、光の鎖を弾き飛ばそうと勢いを増していく。反発しあう力と力の圧力が、肌で感じる空気を激しく震わせていく。


 ドーム状の空間内の壁が、床が、天井が、その全てが、競り合う力と力の余波に激しい震動を伝えていた。


「無駄だっ! もはや止められはせんわっ!」


 オハラが叫び声をあげ、更なる魔法を構築する。


 魔力が積み重なって組み込まれ、空間に更なる歪みを作っていくのが感じられた。


 歪み、集い、捻れて膨らむ魔力の気配。


 その気配が、ある一点で唐突に途切れた。


「……がふっ!?」


「邪魔です。失せなさい」


 一対の角を天に向けて伸ばした白い影が、オハラの前を塞ぐかのように姿を見せた。


「……てめぇを、放っとく訳がねぇだろ」


 同じタイミングで、大剣を振り抜いた勇者様がオハラの背後に立つ。


 祭壇の下の神官達を処理しきったリーンシェイドと勇者様の二人が、膝から崩れ落ちそうになっているオハラの前と後に、いた。


 オハラを斬り伏せた二人が同時に、武器についた血のりを振り払う。


 術者であるオハラの集中が途絶え、身体を拘束していた光の鎖が青い炎に弾き飛ばされ、砕け散った。


 ……しめたっ!


「ぜりゃぁぁああああああっ!」


 そのまま、リーンシェイド達の側をすり抜けて光の柱へと突っ込み、小太刀の一撃を叩き込む。


「……馬鹿、な。……私がっ、がっ!?」


 すり抜けた背後で、リーンシェイドが崩れいくオハラの顔面を激しく蹴り飛ばした。


 祭壇から遠ざかるようにして、蹴り飛ばされたオハラが床の上を転がっていく。


 床の上に這いつくばるオハラに、リーンシェイドが歩み寄る。見下ろす冷たい視線に、抑えきれない程の憎悪が滾っているのが伝わる。


「……その顔は、覚えています。その魔法も」


 オハラに近づいたリーンシェイドは、その身体に足をかけ、痛みに呻くオハラを仰向けに蹴り転がした。


「……あの時」


「がっ、あがっ」


「幼き私とあに様があの時、貴方のその魔法に捕らわれさえしなければっ、……はは様は」


 リーンシェイドの手にした刃が、仰向けに倒れているオハラの身体を深々と貫いた。


「……がっ、がふっ」


「無様に、死になさい」


 貫かれた刃が、オハラの身体を縦に引き裂く。


「がぁぁぁあああああああああああああああっ!」


 その激しい絶叫が響き渡った。


 わざと急所を外したのか、オハラはすぐに絶命する事も無く、大きく縦に裂かれた肩口を押さえてのたうち回る。


 その様子を厳しい表情で見つめていた勇者様は何も言わず、そっと顔を背けて瞼を閉じた。


「でぇぇえええっ、やぁああああああああっ!」


 気合いとともに、小太刀を斜めに振り抜く。


 燃え盛る青炎が光の柱を、絶ち切った。






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