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♯219 丘の上の黒色旗(傭兵王の逡巡11)



 馬上で、互いの武器が互いを弾く。


 大将のくせに最前線に出てくるとか。その気概だけは認めてやる。気概だけだけどな。


 昔っからコイツが気に食わなかった。

 それは多分、向こうも同じだろう。


 やる事成す事全てが癪に障る。


 その苛立ちを、刃先に込めて叩き付ける。


「この腐れ外道がっ!」


「どの口がそれを言うっ!」


 怒りにまかせてぶん回される戦鎚を掻い潜り、その手元へと剣先を滑り込ませる。切りつけた刃先がぶ厚い手甲と鞍の盾飾りに弾かれ、派手な火花が散った。


「そもそもが聖都懲罰の為に立った軍だろがっ! 法主が投降した時点で目的は達せられたっ! その後の事は俺達の自由にさせて貰うさっ!」


「詭弁を偉そうにっ!」


 詭弁だろうが何だろうが、それが掟だ。


 ロシディアは一つの戦いの中では決して陣容を移さない。例え騙された相手であったとしても、その戦いの勝敗がつくまでは決して裏切りはしない。


 だからロシディアがアリステア側につく為には、例え半ば偽装であったとしても、一度その戦いに決着を着けなければならなかった。その為の、法主の投降だ。


 一度決着が着いた後であれば、陣容を変える事を禁じる項目は掟には無い。


 そもそも国家間の協定を歪めて強引に適用した今回の戦いで、ラダレスト側に着き続ける事で得られるもんなんざ何もありゃしない。だったら自国のメリットをこそ優先もする。


「てめぇこそ何のつもりだガハックっ! 聖都から取り上げた物質で兵士達の腹は膨れただろがっ! 何考えてやがったっ!」


 あまりにも早すぎた挙兵への反応。

 準備の良すぎる兵達の立ち上り。


 事を起こそうとしていたのは明らかだ。


「知れた事をっ! 勝者の権利だろがっ!」


 馬上で激しくやりあう。

 馬鹿のくせしてやりづれぇ。


 予想通りコイツら、勝手に兵を上げて聖都を襲い、略奪しようとしてやがった。


 何が勝者の権利だ。

 そもそもてめぇらだけは、初端っからアリステアでの略奪そのものが目的だろうが。


「偉そうに言うなっ、女だろっ!」


 横凪ぎの戦槌を打ち払い、力任せに相手の鞍の背を蹴り飛ばす。


「アリステアの女には高値がつく。特に今代の聖女になってからは、誘拐に対しては徹底的に対処するようになったからなっ! 魔物に擬装しての女狩りも出来なかったんだろっ、このクズがっ!」


 サウスランドは女に値をつけて売り買いする。


 性質の悪い事に、高値がつくのであれば他国からも平気で拐って当然のようにしてやがる。胸糞わりぃ。


 確かに、アリステアには美人が多い。

 それに異論はない。だからこの国が好きだ。


 他ならぬ国のトップが聖女であるからか、アリステアは他の国と違って女に対する偏見や差別が極端に少ない。


 自分に自信を持って快闊に生きる姿は、人に本来の美しさを持たせもするのかもしれない。


 中でもユリフェルナは別格。


「貴様のような女好きに言われたくはないわっ!」


「っざけんな! 女はこの世の宝だろうがっ! 欲情のままに売り買いするてめぇらと一緒にすんじゃねぇっ! 女ってのはなっ、魂を込めて本気で愛するもんなんだよっ!」


「貴様の趣味などどうでも良いわぁーっ!」


「趣味じゃねっ! 生き様だボケっ!」


 やっぱりコイツだけは、とこっとん気に入らない。


 幾度目かの打ち合いを互いにかわし、距離があく。忌々しい事に中々決定的な一撃がいれられない。


 勢いだけはあるヤツだし、さすがに身の回りは手練で固めてやがる。このまま長引くと多少ヤバいかもしれん。


 どうにか他の手立てが無いかと周りを見渡して、ふと妙な違和感に気付く。


 状況は完全に自軍が有利なハズ。


 だが、何かがおかしい。

 どこかが想定と大きくズレている。


「貴様だけはこの手で潰してくれるわっ!」


「……ぐっ、このっ!」


 勢いを増しながら迫る一撃をギリギリで受け止める。


 そして目の前のガハックの様子に、追い込まれている者にあるハズの焦燥が無い事に気付く。


 馬鹿だから状況が判断出来ていない。


 ……違う。それだけじゃない。

 それは明らかに、何かの確信を得ているようでもある。


 渾身の一撃を何とか切りかわして距離を取る。


 見れば他のサウスランドの兵達の士気も決して低くない。周りを囲まれたこの状況でそれは、不自然に過ぎる。


 不気味な違和感が気持ち悪い。


 ……何だ、コイツら。


「報告っ! 南側に軍影を確認っ!」


 駆け付けてきた伝令が大声で叫んだ。


 その内容に、感じていた違和感の正体を悟る。


「……南側に、軍影だと?」


 戦闘前に確かめた各国の布陣を頭に描く。


 大きく南側に展開していたガハック達と、東側からガハック達と聖都ととの間に突き刺すように展開させた自軍。


 その更に南側になど、兵はいなかった。

 そこには誰もいなかったハズなのに。


「軍旗はっ!? どこの軍だっ!」


「……真紅の旗にっ、太陽紋を確認っ!」


 真紅に太陽紋って、……ってめぇ、馬鹿野郎。

 そりゃサウスランドの軍旗じゃねぇかっ!


 視界の向こうでガハックの顔が大きく歪む。


「……てめぇ、まさかっ」


「馬鹿がっ! 己の身をわきまえろ小僧がっ! 本国より呼び寄せた援軍、更に6万の軍勢よっ!」


「ありえねぇだろっ! 何考えてやがんだっ!」


 目の前にいる大馬鹿野郎の正気を疑う。


 今年は世界規模で不作が広まっている。豊作だったのはアリステアだけで、特にサウスランド本国のある南側は飢饉にも近い有様らしい。


 ただでさえサウスランドは南域方面軍の中核を成すだけの軍勢を、ここまで連れてきている。それで手一杯のハズだ。そこから更に増援をよこす程の体力なんざ、あるハズもないのに。


 そのあるハズの無い増援を出しやがった。


「てめぇ、自分とこの兵を飢えさす気かっ!」


 軍を動かす為の兵糧さえ足らないだろうに。

 この野郎は無理矢理それを連れてきやがった。


「だからこそだろがっ! 貴様のように遊興に生きてる訳では無いのだっ! 奪わねば飢えるだけよっ!」


「……くそっ、知るかっ!」


 くそ忌々しいが、今のこの状況で外側から6万の援軍は、こちらの不利に過ぎる。例えどれだけ飢えていようとも6万は6万だ。タイミングも悪すぎる。


 包囲しているハズが、内と外から挟撃されれば数の力で一気に戦況がひっくり返っちまう。


 一部に集中的な挟撃を受ける前に中のヤツラを全滅させるか、包囲を解いて聖都側に防衛を張るか。


 ……無理だ。中のヤツラを殲滅させるまでにはまだ時間がかかる。その前に外からの援軍が包囲している自軍の背後を突いてくるだろう。間に合うハズもない。


 一度包囲を解いて仕切りなおさねぇと、数に飲まれて巻き返されちまう。……それだけは避けたい。


 悔しさをこめてガハックを睨み付ける。


 囲い込まれての尚の余裕は、予め援軍の到着を予想しての事か。


「……仕方ねぇっ、全軍っ……」


 包囲を解くように指示をだしかけた所で、南側の丘の上から迫るサウスランドの軍影が視界に入った。


 丘の上に次々と兵達の姿が現れ、その数を増していく。数を増していくというのに、その様子がおかしい。


 何かが、変だ。


「……おい。何だ、ありゃ」


 次々と姿を見せる兵士達だが、バラバラにバラけながら、それぞれが勝手に走っているようにしか見えない。


 それは決して進軍や突撃とはとても言い難く、どちらかといえば必死で逃げているようにしか見えなかった。


 銘々に駆け出すその人の波の中に真紅の軍旗が倒れ、飲み込まれていく。


「何をやってるのだヤツラはっ!」


 流石に様子がおかしい事に気づいたのか、ガハックでさえも金切声を上げて叫ぶ。


 異様な光景。


 それは明らかに異様としか言えない光景だった。


 6万の軍勢が逃げ惑う。

 確かに、背後から迫る何かから、逃げ惑っている。


 そして、丘の上に爆炎が迸った。


「おいおいおいおいおいっ!?」


 激しい爆音とともに、吹き飛ばされる兵士達。


 その場にいる敵味方含めて、皆が半ば呆然としたまま見守る中、人気の薄れた丘の上に新しい軍旗がひるがえる。


 それは、確かに軍旗だった。

 だが、その旗には国を表す紋様が無い。


 ただ黒一色に染め上げられた、黒色旗。


 黒色旗は災禍の象徴。その旗を軍旗に用いる国などどこにもありはしない。何故ならそれはかつて千年前に、かの悪魔王がその存在を示す為に各国の軍旗を黒く染めていった故事に由来する。黒色旗は、悪魔王の旗印。


 それを掲げる者達がいるとするなら、それは……。


「……魔王軍」


 青い空の下、丘の上の黒色旗を見上げる。


 まさか本当に、魔王軍が。


 悠然とたなびくその旗の下に、一つの騎影が姿を見せた。


 遠目にも分かるその騎影を見て、更に自身の目を疑う。……本気かよ。


「……()()()()()()()()、……だと」


 銀色の毛並みに輝く六本足の神馬。


 神速の駿馬スレイプニルの原種にして、幻の神馬とさえ言われるスヴァジルファリ。


 最高速度では確かにスレイプニルに一歩及ばないが、その魔力は甚大。魔力や体力を含めた総合戦闘力では、軍馬としてずば抜けた性能を誇る神馬だ。


 そもそもスレイプニルは子を成せない。だがスヴァジルファリが一頭でもいれば、いくらでもスレイプニルを量産出来るのだとも伝え聞く。


 その至高の神馬に騎乗する者がいる。


 その事が、何よりも信じがたい。


「ありゃ、何者だ……」


 銀色の神馬に騎乗する者が、手にした短めの刀のようなものを大きく空にかざす。


 それに呼応するかのように、丘の向こう側から、猛々しい雄叫びを上げる軍勢が姿を現した。






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