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♯218 戦場の傭兵(傭兵王の逡巡10)



 重量のある衝撃に大地が揺れ動く。


 聖錠門前は、戦場と化していた。


「ぶちかませーっ!」


 土煙と人影で埋め尽くされた平原が、まるで豪雨のような怒号と喚声に満たされていく。


 聖都を囲む南域方面軍を主体とした王国連合と、秘密裏に手を組んだロシディア軍を主体とした連合軍がぶつかりあう。


 打ち鳴らされる乾いた金属音。

 軍靴が大地を踏みしめ連なる振動。


 馬上にあっても気圧されるかのような緊張感が、身体の奥にある獰猛な感覚を際立たせていく。


 日常とは違う戦場の空気に、知らず握りしめた手綱が汗ばんでいく。


 激しく競り合う兵士達の間を駆け抜ける。


「中央はただひたすらに堪えろっ、無理に前に出る必要はねぇっ! てめぇの身体をひたすらに守ってりゃそれでいいっ! 怯むなーっ!」


 鼓膜が痺れる程の地鳴りの中で、腹の底から声を上げて鼓舞を振りながら、周りの戦況を見定める。


 状況は悪くない。味方もしっかりと耐えている。

 即席の連合でこれだけ動けるのなら十分にも過ぎる。ありがたい。


 引き連れた一団を伴い、相手の攻勢が増していきそうな所を探して突っ込んでいく。千変万化の様相を示す戦況をどうにかしたいなら、戦場にあって逐一対処すればいい。


 混戦状態であっても人の動きには呼吸がある。


 特に隊列を乱さぬように守りを固める自軍兵士達の間であれば、その呼吸も分かりやすい。


 勢いをもって突撃をかましてくる奴らには間合いを取り、下がる自軍兵士達。その隙間へと突撃をかけ、突出しようとしている敵兵の出鼻を、かたっぱしから潰していく。


「おらぁぁあああーっ! まだまだぁーっ!」


 横に長く伸ばした陣容の中央。

 最も敵から圧力のかかるこの場所で指揮を取る。


 サウスランドを始めとした12万の軍勢と、どうにかかき集めた自軍6万。兵力差は単純に倍だ。だが何も、兵力差がそのまま勝敗に繋がるとも限らない。


「さすがに数の圧力が凄いですねっ!」


「数だけだっ! どうという事もねぇよっ!」


 陣列を保って守勢に徹する味方兵士の合間を駆け抜け、突出しようとしている敵兵を更に突き崩していく。


 中央の戦況はこれでいい。


 圧力はきついが、状況は決して悪くはない。


 相手の総大将はサウスランドのガハック。ヤツの性格ならよく知ってる。数を頼みに押してくる、ただそれだけだ。


 それはそれで一つの戦術でもあるが、それしか出来ないのだと知っていればいくらでもやりようはある。


 馬首を返して戦場を駆け抜ける。


 ただ集まっただけの愚鈍な巨体に対して、こちらは陣容を横に長く、広く取っている。その分だけ薄くもなるが、歩兵と騎馬をそれぞれに分け、それぞれに別個運用する事で薄さをカバーしていく。


 一番圧力のかかる正面の中央部で相手の勢いを受け止め、少しずつ後退を続ける。後退の号令なんかは特にいらない。何せ相手はただひたすらに突撃を繰り返してくるのだから、それに耐えていれば自然と陣容は後退せざるを得なくなる。


 むしろこの中央部にこそ、相手の攻撃を集中させたい。戦場のイニシアチブを相手に取られない為にも。


「……両翼が、側面に至ったようです」


「よっしゃっ! 王旗も景気よく掲げとけよっ! 下手したらデカイのが釣れるかもしれんっ!」


 伝令兵から次々と上がる報告を受けながら、戦場全体の構図を常に頭の中に描き続ける。


 一塊の愚鈍な団子になった敵軍に対して、今は大きく弓なりにその前方を自軍が覆う形になっている。


 願ってもない形だ。


 所々危うい箇所もあるが、急所になりそうな所には直属の部下達とロシディアの精鋭を配しておいた。奴らなら陣容を決壊させる事も無いだろう。それだけ信頼のおけるヤツラを選んでおいた。


 ここまでは順調だ。


 後もう一つ手順が進めば、戦場の趨勢は確実にこちらへと傾くだろう。その最後の一つをひたすらに待ち望む。


「ワインズ様より、騎馬隊の突撃の合図がっ!」


「来たかっ!」


 自軍両翼が敵軍の側面を超えた時点で、更にその最両翼端から自軍騎馬隊が相手の後方へと突撃をかける。そのタイミングは予め最も信頼のおけるワインズに一任してある。


 待ちに待った合図だ。


 土煙の向こう側で軍気が大きく動く。


 最両翼からの突撃が成功したのだろう、目の前の敵兵からかかる圧力が目に見えて弱まったように思えた。


「……捕まえたかっ」


 その様子に、手堅い確信を得る。


 大軍に対する戦い方の一つ、包囲陣に上手くはまってくれたらしい。


 どれだけ兵の数が多くても、有機的に動けなければ意味がない。こちら側を有利にして敵側を囲い込んで削るこの形に、ものの見事にはまってくれた。


「……何で、俺達守ってただけなのに」


 相手からの圧力が弱まった事で自軍優勢を肌で感じたのか、一人の兵士がぼそりと呟いた。ロシディアの兵ではない。協力を得られた他国の兵だ。


「まるで手妻みたい、か?」


「……あ、は、はいっ」


 偶然耳に入ったその言葉に返答を投げる。


 まさか返事が返ってくるとは思ってなかったのか、途端に恐縮されてしまった。たまにはちゃんと、こう王様扱いされるのも悪くない。


「これが俺達の戦い方だよ」


 更に馬を駆り、戦線の維持に努める。


 数が数だけにどこでひっくり返されるかも分からないが、これでしばらくは持つハズだ。


 少なくとも、あと二時間程は持たせたい。

 それだけあれば内部蜂起の方にも片がつくだろう。


「敵の反応が思ったより早かったですね」


「もっと意表をつけるかとも思ったんだがな。だが、ガハックに読まれていたとは考えにくい。むしろクソ野郎の事だ、別の事に備えてやがったんだろうよ」


「別の、……ですか?」


 法主の処刑にタイミングを合わせ、聖都の内側で勇者が蜂起する。内密に連れてきたリディア教皇がいれば、アリステアの残存兵力だけでも内部の制圧は十分に可能だろう。


 内部の制圧とオハラを捕らえるまでの間、聖都を包囲したままの王国連合軍に邪魔をさせないようにその横っ腹を突き、動きを押さえておく。それが勇者との取り決めだった。


 勇者がラダレストまで行って戻ってくるまでの間に、なるべく多くの国を味方に引き入れねばならず、それには思った以上の苦労をさせられた。


 ユリフェルナをはじめとしたコンラッドのヤツラにも手を貸して貰い、七夜熱の特効薬の売買権をちらつかせて集められたのがどうにか6万。結構頑張ったと思う。


 だが、完全に意表をついたハズの挙兵に対して、ガハックの反応は予想以上に早かった。


 あの馬鹿に挙兵がバレていたとは考えにくい。だとするとヤツの事だ、俺達が挙兵しなかったとしても自ら兵を起こす準備をしていたとしか思えない。


「ヴォルドォォォオオオオオーッ!」


 その馬鹿の雄叫びが耳に届く。


 注意深く警戒している中で、敵陣の内側から物凄い勢いで突出してくる一団があった。その頭上には、金細工の掲げられた真紅の三角旗がたなびいている。


「お、……釣れたっぽいな」


 サウスランドの王旗だ。


「この裏切り者がぁあーっ! 何が鉄の掟だっ! 傭兵王が聞いて呆れるわっ!」


 厳のような顔を真っ赤にしながら、ガハックがサウスランドの兵の一団とともに突っ込んできた。


「てめぇならそうやって突っ込んでくると思ってたさっ!」


 包囲はしていても、自軍の陣容も決して厚くは無い。勢いに負けて包囲が破られないよう、突撃してきた一団に対して自ら切り結ぶ。


 ガハックの持つ特注の戦鎚が大きく振り抜かれた。

 相変わらず馬鹿のクセに力だけはありやがる。


 戦鎚をかわして馬上にて相対し、お互いの騎馬が力任せにぶつかりあった。






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