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♯211 謁見の間にて3



 セルアザムさんの言葉に、謁見の間にいる者達の全ての視線が集まっていた。


 コノハナサクヤが聖女の肉体に降りてくるには、その器以外にも必要なものがある。


 力を失ってしまったイワナガ様とは違い、コノハナサクヤは女神としての力を持ったまま肉体を得ようとしている。その為には、器だけでは足らないのだと。


「それは、探そうと思えばすぐに見つかるようなものなのでしょうか」


 それが、もう一つの条件。


 コノハナサクヤの降臨には器と場が、必要なのだと。


「霊的に清められた場所であり、長く信仰を集めている場所。そのどちらかの条件に当てはまる事はありましょうが、その両方を満たす場となれば、新たに見つけようと思っても中々見つけられるようなものではないと存じます」


 それが、聖地。


 聖教国の中心、フィリアーノ修道院跡地。


 すでに一度、降臨を成した事があるあの場所は、コノハナサクヤにとっても壊してはならない大切な場所に違いない。


 もしかしたら他にも候補地はあるのかもしれない。あるのかもしれないけれど、すでに実績のある地を手放す理由なんて無い。


 やっぱりコノハナサクヤは聖地を壊したくなかったからこそ、マオリを聖都から引き離したのだと確信を得る。


 そして、もう一つ。


 福音について。


「聖女マリエルには福音がありません。ですが仮に福音がなかろうとも、女神の降臨を受けて魂の器が砕け散るまでには多少の猶予がある。……違いますか」


「……降臨を受けた聖女の身が塩の塊となって崩れ落ちるまでの時間は、その聖女の持つ魂の器の大きさによって決まってきます。聖女マリエルであれば5日、少なくとも4日は持つかと。それでもその後に肉体が滅んでしまう事には変わりないでしょうが」


 やっぱり、そうなんだ。


 女神を受け入れれば聖女の魂の器は砕けてしまう。魂の器が砕ける事、それは死を意味する。


 けれど魂の器の大きさは人それぞれに違う。それが砕け散ってしまうまでの時間も、当然人によって変わってくるんじゃないかと思ってはいた。


 マリエル様であれば4日。

 肉体が滅ぶまでにそれだけの猶予が、ある。


「仮に光の女神が聖女マリエルの肉体に降臨したとして、それで魔族を根絶やしにするにはどれ位の時間があれば、それが可能だと思われますか」


「3日あれば」


 セルアザムさんは即答した。


 その答えに、謁見の間にいる者達が息を飲む。


 あまりにもあっさりと返した答えに、それが紛れもない事実なのだというのが伝わる。


「魔族全体を根絶やしにするには足りないでしょうが、そこまでする必要はありません。魔王城を潰し、本来の器を手に入れる事が叶えば、時間に制限など無くなるのです。なので3日もあれば、その目的には十分でしょう」


 本来の器。


 今更誤魔化しても仕方がない。私の事だ。


 コノハナサクヤは壊れない肉体の器を諦めた訳ではないのだとそう、言外に含ませている。私も多分、そう思う。


 コノハナサクヤを受け入れても壊れなかった魂の器を持つ者。それが初代聖女のアリシアさんだった。


 けれどアリシアさんは、セルアザムさんを助ける為に自ら自身の魂の器を砕き、女神の支配を拒んだ。


 それから千年の間、コノハナサクヤはアリシアさんと並ぶ魂の器の持ち主を探し続け、ようやく見つけた。それをそう簡単に諦めるハズもない。


 そして今度はそれを、自らの力で手に入れようとしている。


 聖女マリエル様の肉体を、使い捨てにして。


 ……どこまで。


 どこまで私達を弄ぶ気でいるんだかっ。


「……これは、聖都の為だけではありません。最早それだけに事はおさまらないのです。聖地を押さえた女神教は聖女マリエルの身に光の女神を降臨させようとしています。……光の女神を降臨させては、駄目なんです」


 このまま、好きにさせてはいけない。


 このままコノハナサクヤの好きになんて、させる訳にはいかない。


「どうか女神教から聖地を取り戻す為、魔王軍のお力をお貸し下さいっ! お願いしますっ!」


 一際大きく声を張り上げる。


 その必要を強く主張する為。魔王代理としてのリーンシェイドに向かって言ってはいても、それはこの場にいる、全ての魔の国の民に向けた言葉だった。


 今動かなければ取り返しのつかない事になる。

 それをどうにか、伝える為に。


「……光の女神が、降臨するだと」


「ありえん、我らには魔王がいないのだぞっ!?」


「聖女に女神が降臨……、悪魔王の時の再来かっ!?」


「馬鹿なっ、ありえんっ、ありえんだろっ!」


 背後に動揺が広がっていく。


 セルアザムさんやクスハさん達が否定しない事で、それが目の前に迫った現実だとしっかりと伝わったのだろう。女神が降臨しようとしている事を重く、受け止めてくれているようではある。……ようではあるけれど。


 皆がそれぞれに取り乱してしまっているようにも感じる。悪く言ってしまえば軽い恐慌状態に近い。


 焦り過ぎた。


 もっと言葉を選ぶべきだったと、自身の失態を痛感する。差し迫る事態を示すにはまだ、段階が足らなかったかもしれない。


 魔王はこの国を統べる存在であるとともに、魔族達の希望の中心、心の拠り所でもある。その魔王が今はいないという事を、もっと考えるべきだった。


 自身の失態を痛感しつつも、やってしまったものはもう仕方ない。だからといって、ここで引き下がる訳にはいかないのだから。


 なんとか、落ち着いて貰わないと。


 その場で立ち上がり、あからさまに怯えの色を見せてしまった彼らに向き合う。向き合い、声をかけようとした時、意識の奥で何かに引っ掛かりを覚えた。


 そして、異質な感覚が走り抜ける。


 大気が固まり、音が途絶えた。


 キィィンと張りつめた氷の一枚の絵のように周囲の動きが止まり、空間が、時間の流れが凍り付く。


 まるで時間そのものが止まってしまっているかのような中で思考だけが、はっきりとその異様さを認識し続けている。


 この感覚。この空間。


「……これ、……まさかっ」


 覚えのある空間の変化に、動悸がはやまる。


 この空間を作る事の出来る存在には心当たりがある。違う。心当たりなんて漠然としたものじゃない。こんな事が出来るのはあの人だけだ。……人じゃないけど。


 でも、……なんで。


 突然の空間の変異に戸惑い、声も出せずに動けないままでいる長達の間から、目深にフードを被ったイワナガ様がまっすぐに進み出てくる。


 間違いなくそれは、イワナガ様だった。


 混沌を司る魔族達の母。

 闇の女神、イワナガ様。


「喚くばかりで情けない。我が祝福を受けし一族の末裔としての誇りを、少しは示さぬか」


「イワナガ、……様? ……なんで」


 凍りついた空間の中を、イワナガ様が悠然と玉座へと歩み寄る。


 リーンシェイドを始めとして、玉座の側に控えていた四魔大公の三人もまた、床に膝をついて頭を下げた。当然のようにこの空間の中でも動けるらしい。


 というか、セルアザムさんとリーンシェイドはともかく、クスハさんとル・ゴーシュさんもイワナガ様の事を知ってるっぽい事に驚いた。もしかしたら面識があったりするんだろうか。


「……よい。そのままで」


 驚いてばかりで跪礼を取り忘れていた事に気付き、慌てて膝をつこうとした所を止められてしまった。


「……え? って、へ? そのままって、……このまま?」


 変に中腰のまま動きを止める。

 これはこれで辛い。


 どうしよう。お尻がぷるぷる震える。

 いつまで保てるんだろうか、この姿勢。


「……楽な姿勢で良い」


「あ、……はいっ」


 助かった。


 何かちょっぴり呆れを含んだような言い方だったけど、気にせず姿勢を戻す。素直にありがたい。


「あのっ、今までどうしてっ……」


 マオリに『完全蘇生』を試みた時に突然いなくなってしまったイワナガ様。何故急にいなくなってしまい、今まで姿を見せてくれなかったのかと問いかけようとして、控えめに掲げられた掌で以て遮られる。


 イワナガ様はそのままゆっくりと進み出て、跪くリーンシェイドの前で立ち止まった。


 フードで顔はよく見えないけど、多分慈しむような優しい眼差しを向けているように思えた。どこか労うような、励ますような。


 静まり返った空間の中が不思議と、穏やかな空気に満たされていくような感じがする。


 その落ち着いた空気の中で一言、イワナガ様の口からもたらされた言葉が場に残された。


「安心せよ。アスラの子はまだ死んではおらぬ」







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