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♯190 王の再臨2(骸姫の迷走6)



 ……コイツだ。


 間違いあらせん。コイツがスンラだっ。


 内心に沸き上がる確信にぐっと生唾を飲み込み、四方へと意識を飛ばして魔力を練り上げた。


 極大魔法をぶちこんでやりたいが距離が近い。

 略式構築した魔法を高速で展開する。


 立ち止まっていたスンラが再び、歩みを始めた。


「先手必勝だがねっ! 吹き飛びやあせっ!」


 歪んだ笑みが何かを言いかける。

 その声が発せられる前に、組み上げていた魔法を発動させる。


 風の塊が螺旋を描き、スンラの足元から轟音を上げて一気に立ち上る。圧縮された大気の壁が、真空の刃をその内側に突き立てながらスンラを捕らえる。


 同時に『氷槍投射(アイスジャベリン)』と『雷槍投射(バルキリージャベリン)』を構築し、属性の異なる二つの魔法槍を風の壁の内側にいる目標へと投げつけた。


 唸りを上げて渦巻く小さな竜巻を中心にして、零れた冷気と電流が弾け飛ぶ。大気中の水分が凍りつき、砕けた硝子のような欠片が吹き荒れる中、誘導された電流がスパークを放つ。


 更に『爆裂火球(ファイヤーボール)』を構築して追撃をかける。


 『爆裂火球(ファイヤーボール)』は拳大の火球を作り出して爆発させ、その爆風で周囲を吹き飛ばす基本的な魔法でもある。けれど基本の魔法であればこそ、その威力には練度が大きく影響を及ぼす。


 爆発させる火球を小さく圧縮させればさせるほど、その威力は飛躍的に高まっていく。


 本来であれば拳大になる火球を、さらにぐっと、小指の爪程の大きさにまで圧縮し、放つ。


 渦巻く大気の檻の中で爆炎が(ほとばし)る。


 一つ。二つ。……三つ。


 更に火球を増やし、投げ込む。


 四つ。五つ。


「……まだっ、まだまだっ」


 六つ。七つ。


 ……八つ。


 焦燥が胸中を掻き毟る。


 略式の構築であったとしても、これだけ立て続けにくらい続けとるハズなのに。どれもそんな生温い威力の魔法ではあらせんハズなのに。感じられる威圧が、消えない。


 スンラから感じる魔力の圧力に、変化があらせん。


 焦燥が戦慄に変わる。


 沸き上がる恐怖を押さえつけるように。

 自身の中にある怯えから、目を逸らすように。


 魔力を火球に変え、圧縮を重ねる。


「まだっ、まだまだだがねっ!」


 ありったけの魔力を込めて火球を生み出す。

 中空に浮かんだ十数個の圧縮された火球を、一斉に風の壁の向こう側へ投げつけた。


 爆炎が絡み合い、炸裂する。


 連鎖的に爆発した勢いに耐えきれず、風の檻が爆風に弾け飛んだ。


「……ぐっ!?」


 押さえつけられていた爆発のエネルギーが解放され、抑圧から放たれた暴風の塊が、荒れ狂う乱暴な力の余波となって吹き荒れる。


 吹き飛ばされないように身構え、地面にしがみつく。


「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 自分の荒い呼吸音が耳の奥に響く。


 鉛のように重く感じられる手足が、悴む。


 まるで何か重たくて黒いものを、頭から無理矢理被せられているような感覚。酷く重苦しい空気を感じ、肌の上を冷たいものが走っているにも関わらず、べとつく脂汗が異様な程の粘り気を持つ。


 睨み付けた視線の先で、土煙が薄まっていく。


 渾身の力を込めた訳ではあらせん。ただ感情に任せ、追い立てられるかのようにただひたすらに重ねただけの魔法。


 それでも、並大抵の威力ではなかったハズ。


 そんな生易しいものではあらせん、……ハズ。


 微かな期待を込めて睨み付ける先。

 土煙が薄まるその向こう側。


「……なるほど。確かにこれは、骸骨竜(ボーンドレイク)程度では話にはならんな」 


 軽く埃を払いながら、まるで何事も無かったかのようにたち振る舞うその姿に、軽い絶望を覚えてまう。


「知らぬ顔だが、中々のモノだ。……ふむ」


 粘りつくような下卑たる視線が身体を射抜く。


 おぞましさに鳥肌がたつが、思うように膝に力が入りきらず、立っているだけでやっとな自分に舌打ちをする。


 足元からねっとりと値踏みをする視線が身体中にまとわりつき、最悪な気分の中に苛立ちが募る。


(ひざまづ)いて(ゆる)しを乞え」


「……っな!?」


「地面に這いつくばって、この俺に(すが)れ」


「ったーけた事をっ!」


 思いもよらぬ馬鹿げた言葉に一瞬、目の前が白一色に染まる。


 激昂した感情が脳天を一気に突き抜け、怒りに任せて魔力を爆発させる。

 

 特に何かを考えてではあらせん。

 ただ高ぶる感情のままに。


 自身の亜空間内の骸兵へと魔力糸をのばし、ただ力任せに、激昂する感情をぶつけようとして。


 振り上げた手首に痛みが走った。


「……がっ!?」


「無様に命乞いをしてみろ。そうすれば、『飼って』やらん事も無い」


 一瞬の内に間を詰めてきたスンラに、振り上げた手首が締め付けられ、捻り上げられる。


「がぁぁああああーっ!?」


 幻晶体の身体が、ギシリと軋みを上げた。

 本体では無いとは言え、痛覚は繋がっている。


「っこの!」


 気合いで痛みを堪え、体勢を変えようと試みるが手首の拘束は振り解けせんかった。


 無理に踏ん張ってバランスを崩した所で、力任せに強引に抱き寄せられてしまい、スンラの顔が間近に迫る。


「足掻くだけ足掻け。お前のような者を侍らすのも、また一興。……退屈なばかりの俺の日々に、彩りを添えろ」


 おぞましさに顔を背けようとして、開いていたもう片方の腕で顎を掴まれ、強引に視線を合わせられる。


 ……屈辱以外何ものでも無い。


 けれどその歪んだ、おぞましい視線に間近に曝され、認めたくない感情が芯の部分に突き刺さっていく。


 身体が、……震えとる。


 奥歯の根っ子が噛み合わず、苦さが広がっていく。


「ベルアドネ嬢ぉぉぉおおおおおおーっ!?」


 視界を霞ませるような感情に飲み込まれそうになった時、耳に届いた雄叫ぶような声に意識を取り戻す。


 次いで迫る影にスンラの意識が向けられたその隙をついて、力任せ拘束をほどいて飛び退いた。


 離れ際、スンラの瞳に嘲笑の色が浮かぶ。


 ……っ、見透かされとるっ!?


「ぬぅぉぉおおおおおーっ!」


 立ち位置が入れ替わるようにして、虎人の姿のバルルント卿がスンラに対してその爪を突き立てた。


 スンラはそれを軽くいなして、ついでとばかりにバルルント卿に赤黒い炎の塊をぶつけ、吹き飛ばした。


「バルルント卿ーっ!」


「なんのぉぉぉおおおおおおーっ!」


 左腕ごと根元からごっそりと脇腹を吹き飛ばされ、大きく弾き飛ばされたバルルント卿はしかし、すぐさま傷口を再生させてその場で立ち上がった。


 ……反則だがね、その再生力は。


「虎人か……。まだ生き残りがいたのか」


「スンラァァァアアアアっ! 貴様だけはっ、貴様だけはぁぁぁああああっ!」


 つまらなさそうに呟くスンラに対して、再びバルルント卿が立ち向かっていく。


 その牙も、爪も、雄叫びさえも届かないままに軽くいなされ、その度に身体を吹き飛ばされても。バルルント卿は怯む事なく、スンラに対して立ち向かい続けていく。


 ……見透かされていた。


 そのバルルント卿の姿を網膜に焼き付けながらも、スンラの嘲笑の瞳が、頭から離れない。


 折れようとしとった。


 わんしゃは今、恐怖に心折れようとしとった。


 その事を強く自覚するとともに、それがスンラに悟られていた事がどうしようもなく許せんかった。


 そんな自分も。


 そんな弱さを見透かされた事も。


 ……恥辱に、理性が狂いそうになる。

 全身が強張り、身体の震えが止まらせん。


 ……ごめん、おかあちゃん。


 わんしゃ、わんしゃ……。


 竦む身体を必死で押さえ付け、その場から動けのうなってまったわんしゃとは裏腹に、バルルント卿はひたすらスンラに対して攻撃をかけ続けていた。


 肉が弾け、骨が砕け飛ぶ。


 驚異的な再生力があったとしても、その力の差は歴然としていた。バルルント卿の攻撃は一切スンラに触れる事も叶わず、立ち向かう度、吹き飛ばされていく。


「……以前とは、違うのだ」


 顔を伏せて縮こまって震えていた耳に、バルルント卿の呟きが届いた。


「……恐怖に怯え、死に怯えっ、妻と娘の仇も果たさずにただ震え上がっていた以前の私とはっ、違うのだっ」


 ゆっくりと、ゆっくりとバルルント卿が立ち上がる。


 再生は決して万能ではあらせん。

 傷や損傷は再生出来ても、受けたダメージや失った体液、気力や体力までは再生出来やせん。


 その再生能力を大きく上回るダメージを受ければ当然死にも至るし、気力と体力が尽きれば再生能力そのものが機能を止めてまう。


「……希望をいただいたのだっ。全てを失ってなお、何もかもを失ってしまった私にっ、また、……再び守るべきものをっ、生きる目的をっ、生きる場所をっ、再び与えてくださったのだっ!」


 それでも。


 ……それなのに。


「例えこの命尽きようともっ、貴様をっ、貴様をっ!」


 バルルント卿は何度も立ち上る。


 何度も立ち上り、スンラに向かっていく。


「バルルント卿ーっ! ご助勢いたしますっ!」


 瓦礫の隙間から、喚声があがる。

 留守番役として残っていた兵士達だ。


 手に槍を持ち、剣を掲げ、スンラへと向かっていく。


「……駄目っ、あかんっ」


 敵わない。


 ……敵う訳ないっ。


 ……敵う訳ないのにっ、何でっ。


 勇猛な雄叫びをあげ、果敢に挑んでいく兵士達の背中が、へたりこんだままのわんしゃを追い越していく。


 ――力とは、何かを守るべきにこそあるもの。


 力強く踏みしめる一歩が、真っ直ぐに敵を見据える勇猛な表情が、はっきりとした精彩を放つ。

 

 ――大丈夫。何も怖い事あらせん。


 か細く震えるファーラットの少女を落ち着かせる為に言った自分の言葉が、自身の芯に突き刺さる。


 ――ここは魔王城で、バルルント卿もおるし、留守番約の強い兵隊さんもおる。だから落ち着いて、……大丈夫。怖くはあらせん。


 酷くゆっくりとした時間の中で、雄叫びを上げて挑み行く兵士達とバルルント卿が、スンラに集っていく。


 いつの間にか顔を上げ、その光景を目の当たりにしていた視界の中で、……スンラの口角が、歪む。


 戦慄が全身を稲妻のように駆け抜けた。


「……ならば、死ね」


「あかぁぁぁあああああんーっ!」


 咄嗟の事だった。


 兵士達とバルルント卿を飲み込むようにして膨れ上がる赤黒い魔力に対して咄嗟に、自身の魔力を練り上げて対抗する。


 ただ震えるだけの棒飾りのようになってしまった手足に力が籠り、淀んでいた視界がはっきりと輪郭を取り戻す。


 スンラの魔力に対抗すると同時に風の壁を走らせ、挑みかかっていく兵士達とバルルント卿を外側へ、スンラの魔力の射程圏外へとまとめて吹き飛ばした。


 魔力で無理矢理押さえ付けていた力の拮抗が崩れ、箍が外れたかのように赤黒い炎が放射円状に沸き上がる。


「っがぁぁあああっ!」


 兵士達とバルルント卿はその猛威の範囲外へと吹き飛ばした、吹き飛ばせはしたものの、自身の身体まではその範囲から逃れる事が叶わんかった。


 けど、自分一人の身であれば、何とかっ。


 赤黒い炎に全身を包まれながらも、その勢いに対して必死の抵抗を試みる。


「このぐらいっ、おかあちゃんの修行に比べたら屁でもあらせんがねっ!」


 渾身の力を込めて『魔法障壁』を展開する。


 ……そうだ。そうだがね。


 これ位の事、何てことあらせん。


 これ位の事なら、今まで何度もやってきとる。

 何を怯えとったんか、たーけかっ、わんしゃはっ!


 やがて、赤黒い炎がおさまる。

 『魔力障壁』でそれを耐えきった。


 全力を出し切り、一息をつく間もなく、すぐ間際にまで黒く大きな影が迫る。


「……あっ」


 すぐ側にまで迫ってきたその影を見上げ、更なる魔法の構築も出来ぬままに、えらく間抜けな声を上げてまった。


 いつの間に近づいて来ていたのか。


 必死に耐えていた所為で全く欠片も気配に気付かなかった事に、自身の迂闊さを自覚する。


 影が迫り、その輪郭が、……歪む。


 それはひどくゆっくりと、……はっきりと、見上げた視界の中で大きく、歪んでいく。


 迫る影の背後から更にせまる小さな影が。


 亜麻色の髪が、陽光に煌めく。


「どっせぇぇぇええええええええっい!」


 銀色に輝く馬体から勢いよく飛び降りてきた足の裏が、迫るスンラの横っ面をしっかりと捉え、スンラの輪郭が激しく大きく歪んでいった。


 スンラの身体が、大きく弾き飛ばされる。


 今までどれだけ攻撃を仕掛けても微動だにしなかったスンラが、たった一発の飛び蹴りで、吹き飛んだ。


 ……。


 ……。


 ……んな、阿呆な。


「……まるで出鱈目だがね」


 目の前の出来事に唖然としてる内に、スンラを蹴り飛ばした張本人は平然と地面に降り立ち、……降り立ったまま。


 何故かお尻を押さえて(うずくま)っていた。


「……何しとらすの?」


「いや、ちょっと……。……お尻が限界で」


 久しぶりに再会した亜麻色の髪の友人はそう言うと、目に涙を浮かべながら、困ったように笑ってみせた。






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