♯161 青炎の守り手
不意に、身体に感じる温度が熱を増した。
背中から迫る圧力に咄嗟に頭を下げ、倒れ込むようにして真横へと転がり飛び退く。
ドオオォーンッと低い衝撃音を響かせて、今まで立っていた場所目掛けて炎の塊がぶちかまされた。
「……はぐぅっ!?」
巻き起こる熱風で息がつまる。
気づけばすでに、首なし達が周りを取り囲むまでに迫ってきていた。
焦る気持ちを鎮めて、球体を確認する。
球体の中の剣聖さんは大丈夫そう。……うん。あの膜はさすがに、ちょっとやそっとの事では壊れやしない。現に今の衝撃にだって、まったく微動だにする気配がない。
剣聖さんは剣聖さんで、魔石を抑え込み、コイツらを制御しようと必死で抗っている。なら、こっちはこっちで、コイツらに対処してれば良いだけの事。
出来るかどうかなんて分からないけど、やらなきゃ黒コゲになるだけ。……それが嫌ならやるしかない。
警戒を強めながら立ち上がると、構えた青銀の刀身から微かに震動が伝わってきた。
耳元で再び、鈴の音が響く。
……。
……。
「……それで、いいの? それで、剣聖さんを?」
小太刀から伝わる意思に、確認の念を押す。
震える刀身がまるで肯定を返すかのように、強い輝きを放った。
柄を両手で強く、握り絞る。
「……分かった。やってみるっ!」
首なしが再び大きく膨らむ。振り上げられる業火の巨腕に対し、気合いを飲み込み間合いを詰める。
体格差に怯みそうになるけど、……大丈夫。
冷静でいられれば、見切れない動きじゃない。
振るわれる炎撃をすれすれでかわす。
髪の毛が焼け焦げ、嫌な臭いが鼻につく。
肌に焼けつく熱を間近に受けながら、更に前へと駆け寄り踏み込む。
「っでぁぁああああーっ!」
飛び込んだ勢いのまま、小太刀を一閃胴を薙ぐ。
ずしりと柄元に感じる手応えを噛みしめながら、勢いを殺さぬよう、更に体重をかけて刃を押し込んだ。
振り抜いた刀身が抵抗を無くして前へと泳ぐ。勢いに釣られて踏みかけるたたらを、ぐっと踏ん張り堪えて直ぐ様首なしから距離を取った。
薙ぎ払われた首なしの胴が横一文字に裂ける。
当然、横薙ぎにしただけで何とかなる訳もなく、二つに別れた胴体が斬撃の跡を塞ごうと炎を吹き上げた。
けれどその様子の中に、変化が生まれる。
内側から吹き上がる赤い炎よりも早く、斬りつけた斬撃の筋をなぞるようにして、様子の違う炎が沸き上がる。
「……青い?」
それまでとは違う、……青い炎だ。
その青い炎は瞬く間にその首なしの身体を飲み込み、一塊の青い火柱を立ち上がらせた。禍々しさが消え、どこか安らぎに似た力を感じる。慈しみ、包み込むような、そんな安らぎに満ちた力を強く感じる。
燃え上がる青い火柱はさらに細く立ち昇り、ドーム内の高い所で渦巻き続ける炎の渦に混ざり、侵食していく。
「まだまだぁぁあああーっ!」
威声を張り上げ更に強く踏み込み、のそりと動く首なし達の間へと斬り込んでいく。
握る柄元に気合いを込め、刃を振り抜く。
胴元を真横に薙ぎ払い、踏み込んだ勢いのまま連なる次のヤツを袈裟がけに斬り裂いていく。
動きは緩慢だけど、一撃でもまともに喰らえばそれで終わってしまう。だからこそ、動きを止めてはいけない。
意識を外へと集中させる。
恐怖を押し込め、流れを維持する。
髪の毛が焦げ付き、肌が焼かれる。
取り囲まれる熱量に意識を削られる。
「せぃやぁぁぁあああああーっ!」
滲むように沸き上がる死の影を振り払うように、渾身の力を込めて小太刀を振り続ける。
かすめる炎が、焦げ付く臭いが、冷める事を知らない熱の圧力をともなって全身を圧迫する。
斬り裂いた首なし達は、次々と青い火柱へと姿を変え、天井近くへと昇り炎の渦を侵食していく。
ゴォオオーンッと低く唸りを響かせて、赤と青の炎が一つの渦を巻き、暴れ狂いながら互いを侵食しようとしていた。
その下にあって私は、無我夢中で首なし達を斬り払い続ける。
「っやぁぁああああーっ!」
動きを止めぬように。
勢いを殺さぬように。
守る為。守り抜く為に。
斬り払い、身をかわしながら更に前へと深く踏み込み、体重をかけて足元へと転がり、更に斬り上げる。
生み出される赤い火柱と、立ち昇る青い火柱の数が次第に拮抗していく。勢いを増して荒れ狂う炎の渦が赤と青に入り乱れ、暴れ続ける。
喉が枯れ、手足が重くなっていく。
「はぁ、はぁ、っせぃぁぁあああーっ!」
止まれば死ぬ。
その覚悟を傍らに、根性を絞りだして斬り続ける。
息を調える余裕さえ無い中で動き続け、斬り払い続けていく内に、青い炎の勢いが赤い炎を上回りはじめた。
渦巻く炎の塊の中から勢いを増した青い炎がようやく、ドームの中心にある球体へと届いた。
その中で必死に耐える剣聖さんの元へと、ようやく届く。
青い炎は赤い炎を押し返しながら、剣聖さんの身体を包み込み、柔らかくその身を保護していく。赤い炎を押し返す。
この青い炎は守りたい意思の力。
この鈴守の小太刀に込められた、守りの力。
──あの人を人として、人の中にこそとどめたい。
核となったリンフィレットさんの思いの力、願いの力が、握る柄を通して痛い程に伝わってくる。
切なる願いが互いに重なる。
重なる思いを力に変えて、刀身を振り抜く。
首なし達を斬り払えば払うだけ、青い炎が増えていく。守り手たる思いが支える力へと変わる。剣聖さんを守る為の力へと、変換されていく。
それならとことんやってやるっ!
鈴の音が、響く。
導かれるように身体を動かし続ける。
無我夢中で斬り払い続け、暴れ続ける。
「……っあが!?」
その首なしを上段からまっすぐに斬り払った直後、疲労に耐えかねた膝が衝撃に負け、崩れ落ちてしまった。
堪えきれず、床面の上へと倒れ込んでしまう。
「ヤバいっ!?」
動きが止まってしまった事に焦りを覚え、慌てて上体を起こす。
迫るであろう首なしに対して半身のみだけでも構えを取り、……構えた切っ先を、ゆっくりと下げた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
腕がぱんぱんに腫れ上がり、感覚が覚束無い。
腰から力が抜けて、その場にトスンッと座り込んでしまった。
「はぁ、はぁ、っく、はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い息づかいの声が響く。
追撃は、来なかった。
いつの間にか、ドーム内を埋め尽くしていた首なし達の姿は、綺麗さっぱりと消え失せていた。
真っ青に渦巻く炎の渦を見上げながら、一人、乱れた呼吸を調える。緊張がほどかれ、疲労と安堵がゆっくりと訪れる。身体が鉛のように重く感じられた。
ドームの中心にある球体へと視線を移すと、無事な剣聖さんの姿が確認出来た。
青い炎一色に染まった球体の中で、剣聖さんはただ静かに、瞑想を深めているかのようにも見える。
「はぁ、はぁ……。剣聖さん」
重い身体を引きずって、ゆっくりと立ち上がる。
球体に側寄ろうと動きかけた時、ふっとふらつくような目眩いを覚えた。
何がっ、と思った瞬間、周りの景色が一変する。
「……何っ!? これ」
白緑に発光する光の筋を浮かべていたドーム内の光景が、どこか見知らぬ、外の景色へと変わる。
なぎ倒された太い木々。
めくりあがった地面、散らばる枝々。
あちらこちらに焼け焦げた跡が見え、まるで何か山火事と嵐が同時にでも来たかのような惨状に、息を飲む。
「……どこ、ここ。急に何で……」
唐突な変化に思考が乱れる。
遺跡の最深部にいたのに。
カグツチの封印の場にいたハズなのに……。
ここは、……地上?
どうして……。
「……レフィア?」
混乱に呆けていた所で、名前を呼ばれた。
その、胸を締め付ける程に聞きたいと願っていた声に、ハッと振り向く。
「……魔王、様? ……あれ?」
そこには、魔王様が立っていた。




