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♯131 それは嫌です



 剣聖さんと全裸マッチョが席を外した。


 全裸でいたのには、実はやむにやまれぬ事情があったのだとか。

 ごめんなさい。野生の変態かと思ってました。


 ……うん、あるよね。

 やむにやまれぬ事情って。


 濡れた服を乾かそうとしてやり過ぎたとか。

 不可抗力とか予期せぬような事態ばかり。

 人生は驚きの連続なのです。


「あの炎蛇と直に殴り合ってたら、気づいた時には服がすべて燃え尽きてた。……って言ってたかな?」


 オルオレーナさんから、そのやむにやまれぬ事情とやらの内実を聞く。

 お芋の粉を練って焼いた無酵母パンもどきをハムハムと食べながら、つい無言になってしまう。


 ……。


 ……。


 服が燃え尽きるまで何故気づかない。


 そもそも、そんな状態になってるのに何で火傷の跡一つないんだろう、あのマッチョ。


 やむにやまれない。

 ……それで納得して良いのかどうか、やや審議が必要な気がしないでもない。


 私とは違って。

 ……違う、よね? 多分。


「……そ、その事情はともかく、オルオレーナさんが一緒にいる事にびっくりしました」


「実はあの後、レフィアさんを探しに谷底に降りれないかどうか、周辺をうろついてたらまたアイツらに遭遇してしまってね」


 探しにって……。

 目の前で谷底に落ちた私を?

 あんなんどう考えたって、助かる見込みの方が少ないだろうに。


 少しの引っ掛かりを覚えるけど、その後の遭遇という言葉の方がより気になった。


「遭遇?」


「うん。運悪く、はぐれたらしい炎蛇に」


 それは何と言うか、本当に運が悪い。

 何だか出現法則に規則性が無い感じがする。


 炎蛇を呼び出したであろうその泥棒さんは、何を考えて呼び出しているんだろうか。

 あちこちにおはぐれさんが迷子になってやしないかい?


 結局、その炎蛇から逃げる時に不用意に抵抗してしまった事で数を増やしてしまい、取り囲まれてしまったそうだ。


 これはもう駄目だと半ば諦めかけていた所で、どこからともなく突っ込んで来たあの全裸マッチョに助けられたらしい。


「もう否応なしに抱き抱えられてそのまま谷底へダイブされた時には、完全に一度、観念したけどね」


 ……それは、突然襲われたというのでは?


 無事に何とか谷底に降り立ち、結果的に助けられた形になったオルオレーナさんは、そこからあの全裸マッチョさんと行動をともにしていたそうだ。

 実に勇気のいる判断だと思うけど、何故そこまでして行動をともにしてたかも言えば……。


 私を探す為だったそうだ。


 ……。


 ……何で。


「……あの高さから落ちた私を、探して?」


 助かってる見込みなんて無いのに。


 あの性悪賢者があそこで出てきてくれなかったら、正直助かっていたかどうかは自分でも自信がない。


 そんな私を、……探してくれていた?


 オルオレーナさんは少しバツが悪そう鼻の頭こすると、申し訳なさそうに苦笑をもらした。


「気を失う直前、谷底に落ちていくレフィアさんの姿がみえてね……、あぁこれはもう駄目だって思ってしまったんだ。このまま僕の所為でレフィアさんを死なせてしまうって」 

 

「いえっ、そんなオルオレーナさんの所為だなんてっ……」


 否定しかけてふと思い出す。


 ……あれ? 否定できない。


 って、いやいやいやいや。

 結局足を滑らせたのは私も同じな訳で。

 オルオレーナさんだけの所為では無い。うん。


「でもあの時のレフィアさんの表情は違ってた。今にも谷底へと落ちていく人の顔では、……無かった」


「……顔、ですか?」


 言われてペタリと自分の頬を撫でてみる。


 ……顔。どんな顔してたっけか、私。

 なんかもう、いっぱいいっぱいだった記憶しかない。


「普通あんな状況に放り出されたら、誰だって絶望に顔を歪ませると思う。でもレフィアさんは違ってた。目に力を宿らせて、あの状況においてでさえ欠片も諦めているようには見えなかった」


 確かに諦めてはいなかったけど……。

 絶望は感じてたよ?


 ありえないっ!

 なんでこんな事になってんだーって。


「だからきっと、レフィアさんなら生きてるってそう確信めいたものがあったんだ。レフィアさんならきっと、何とかして生き延びているって」


 キラキラと潤んだ視線が向けられる。

 自力で助かった訳では無いので、多少の後ろめたさに目線が泳ぐ。


 ……うん。……まぁ、そうだね。

 最後までどうにか足掻きはしました。

 足掻いただけで何の成果もなかったけど。


「そしたらやっぱり、こうして無事に生き延びてた。どこか確信はあったと言っても驚きは否定出来ないよ。あの高さから落ちて無事でいるなんて。これも女神のご加護かもね」


 いえ、普通に死ねます。

 偶々助かっただけです。

 女神の加護は確かにあるけど、それだけじゃ助かりませんでした。はい。


 否定しようとして、左の脇腹がズキリと痛んだ。

 そっと手を添えてみるけど特に何もない。


 ……何だろう、今の痛みは。

 どっかで打ったっけか?


 不思議に思ってると、バタンと扉を開けて剣聖さんが戻ってきた。


「間に合わせのものばかりで申し訳ござらん。あまり客人を迎え入れるという事がなかったでござる故……」


「とんでもありません。むしろ貴重な食料を分けていただけて、頭の下がる思いです」


 いきなり低姿勢な剣聖さんに断りを入れる。

 いや、だってねぇ。

 至れり尽くせりで全く持って頭が上がりません。


「これぐらいの事しか出来ぬ故。そう言えば先程、この谷底から上がるにはと、問うてござったが……」


「あ、はい。一度小川に沿って下流までいったんですが、這い上がれそうな場所が見当たらなかったんです。なので、どこか上へ戻る場所とかがあればと思って」


「うーむ」


 剣聖さんは腕を組んで頭を真横になるまで捻ると、難しい顔をして考えて込んでしまった。


「ちと、難しいかもしれぬでござるな」


 ……どうやら、無いらしい。

 マジでか。


 剣聖さん曰く、この岩壁は上流の方から延々とこの高さで続いていて、登れそうな切れ目などどこにも見た事が無いのだそうだ。

 それを聞いて目の前が真っ暗になる。


 剣聖さん自身はどうしてるのかと言うと、崖上に用がある時はこの壁面を直に登っていくのだそうだ。修行の一環として。


「……登れるんですか? あれを」


「ふむ。壁面を蹴って飛び上がり、落ちる前にさらに蹴り上がれば頂上へ辿り着けるでござるよ」


 無理でござる。


 何か当たり前のように言ってるけど、そんな事、出来る方がおかしいです。


「……落ちる前に上がればいいのか。なるほど」


 隣でオルオレーナさんが何やら納得してる。


 いや、……無理だから。

 少なくても私には出来ないからね?


「……となると、崖上に上がるには何か他に方法を考えないと駄目って事ですね。……うーん」


 うん。困ったねっ! これは。


「方法ならあるでござるよ」


 ……おや?


 あっけらかんと言う剣聖さんに期待を寄せる。


「ル・ゴーシュ殿なら問題無いでござる」


 剣聖さんが何事でも無いように言うと、扉の奥から下着をつけた筋肉マッチョが再び姿を見せた。


「このル・ゴーシュっ! 頼る者を見捨てるような真似はせぬのであるっ!」


 下着をつけて腰履きを整えた筋肉マッチョが、ババーンとその鍛え上げられた剥き出しの上体を誇る。


 ……上も着ろよ。


「森エルフのご老公に、何かお考えが?」


 無意味に上半身をさらけ出して誇らしげに胸を張る筋肉だるまに、オルオレーナさんが神妙に問いかける。


 私はキョトンとして辺りを見渡した。


 ……。


 ……。


 森エルフのご老公?

 どこにそんな人が……。


 私、オルオレーナさん、剣聖さん。

 三人の人族と、筋肉の塊しかここにいない。


 私は上背のあるムッキムキに鍛え上げられた筋肉の塊をそっと見上げた。


 よく見ると確かに、顔つきは端正な顔立をしている。

 三つ編みに編み込まれた白髭と揉み上げがとてもチャーミングで、顔には深い皺が刻まれているように見える。


 そして、森エルフの一番の特徴である細く横に長い耳も、……そこに突き出ていた。


 ……。


 ……。


 森エルフのご老公。

 確かに、……確かにその通りだけどさ。


 呆然と見上げる私に対して、ル・ゴーシュさんは筋肉をピクッと動かして、ニカッと笑いかけてくれた。


 ……森エルフって、こんなんだったけか。

 何か思ってたんと違う。


 イメージと目の前の物体とのギャップに戸惑う。


「まぁ、まずは腹ごしらえなのであるっ!」


 ドカッと座り、ル・ゴーシュさんも豪快に食事をはじめた。






 食事の後、外へと皆で連れだって出る。

 何かをするつもりなのだろうけど、特に説明も何もなく外へと促された。

 

 側でオルオレーナさんがこっそりと囁く。


「ああ見えて、ル・ゴーシュさんは結界術を相当極めているみたいでね。僕も驚かされたんだ」


「……老エルフの結界術士」


 何だろう、どこかで聞き覚えのあるフレーズだ。


「何かどこかの偉い大公らしいんだけど、自らを鍛える為に放浪を続けていて、それでこの森にいついてるんだって聞いたかな」


 ……。


 ビンゴじゃね? それ。

 最果ての森まで来た目的のもう一つが、確かそんなような人を迎える為だったような気がする。

 疑惑にかられながらも、その姿を改めて確認したりもしてみる。


 この人が……。


「……妖魔大公、さん?」


「何であるかな?」


 何気なくこぼれた言葉に、筋肉の塊が事もなげに振り向いた。


 ……マジか。

 本当にこの人が、四魔大公の最後の一人?


「あれ? レフィアさんの知ってる人だった?」


「……知りませんでした」


「……ん? あれ?」


 この人が、セルアザムさんが迎えに行くって言ってた四魔大公最後の一人、妖魔大公さんだったのか……。


 意外な出会いに言葉を失う。


 ごめんなさい。

 ただの全裸な変態さんだと思ってました。


「フンッ! ハーッ!」


 大きく息を吸ったル・ゴーシュさんは両腕を大きく交差させながら頭上に回し、力こぶを作るかのように全身の筋肉をみなぎらせた。


 気合いとともに全身の光沢が強みを増す。


 筋肉をテッカテカに光らせながら、地面からフワッと足が浮かび上がった。

 足だけじゃない。ポージングを決めたままの格好で身体全体が、宙へと浮かび上がっていた。


「結界術奥義、浮遊結界なのであるっ!」


 結界……。


 結界と言うと、聖女様の聖域結界のようなものをイメージしていた私には、どこにもそれらしきものが見当たらなかった。


 ただ、テカりを増したマッチョ爺さんが中空に浮かび上がっているようにしか……。


 ……違うっ! 待ってっ!


 目を凝らして感覚を研ぎ澄ませる。

 魔力感知で魔力の流れを観察しながら、浮かび上がった筋肉の塊を注意深く見定める。


 それは、確かに結界だった。


 薄い膜のような結界が、ル・ゴーシュさんの身体の表面をテカテカと覆っているのが分かった。


 うん。確かに結界だ。

 結界を構築して浮遊する。

 それは確かに凄い技術だとは思うんだけど……。


 まさか、……だよね。


 ル・ゴーシュさんは筋肉を隆々と盛り上がらせて、はっきりと声を張り上げた。


「さぁ! このル・ゴーシュに抱き付くのであるっ!」


 その言葉に全身が固まる。


「……レフィア、さん?」


「どうしたでござるか、レフィア殿」


 一気に顔から血の気が引くのが分かった。


 これは、つまりあれかな。

 この上半身裸の老マッチョに抱きついて、崖の上まで浮かび上がっていこうという、……事かな。


 ははっ……。無理っ!


「それは嫌です」


「なるほど、途中で落ちるのが不安なのであるな。ならば心配は無いのであるっ!」


 腰が引けて思わず後ずさる所に、ル・ゴーシュさんがおもむろに両腕を広げて迫ってきた。


「このル・ゴーシュっ! 女人の一人や二人、抱き抱える事に些かの労も無いのであるっ!」


「うっきゃぁぁぁあああああああーっ!?」


 強引に抱き抱えられて足が地面から離れた際に、みっともない悲鳴を上げてしまった。


 いやーっ。

 無理無理無理無理無理ーっ!


 それは嫌だーっ!


 涙目の私はル・ゴーシュさんの腕の中で暴れて、必死で飛び降りた。


 ……違うんです。

 ごめんなさいっ!

 空を飛ぶのは勘弁して下さいっ!






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