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♯125 森の異物



 メキメキッと音を立てて枝々がしなる。


 空をすっぽりと覆い隠すように伸びていた無数の枝が、勢いよく一斉に振り下ろされた。


「てぇいやーっ!」


「ナイスっ! レフィアさ……ぶごふぅっ!?」


 咄嗟に魔法障壁を構築し、頭の上に幾重にも重ね合わせて降りてくる枝をがっしりと受け止めた。


 うぉー。習っといてよかった神聖魔法。


 一瞬できた空白の隙に、足元に屈み込んできたオルオレーナさんの顔面を思いっきり蹴り飛ばす。


 予想外の蹴り足に反応の遅れたオルオレーナさんは、背中からコロコロッとトレント達の足元の隙間を転がり抜けた。


 爽やかに笑ってないでとっと逃げてっ!


 上体にかかる圧力がグンッと増す。

 パリッパリと硬質な亀裂音が頭の上から聞こえてくる。


 幾重にも重ねたと言っても所詮は魔法初心者の構築した魔法障壁。トレント達の攻撃を一手に受け止め続けるには、さすがに強度が足らない。


 ふんぬぅーっと、気合いを込めて気持ち分だけ障壁を上へと押し返し、反動をつけてオルオレーナさんとは違う方向へとトレント達の足元に身を投げ出す。


 パキパキパキンと薄氷を割るかのように魔法障壁を砕きながら、トレント達が枝を地面に勢いよく叩きつけた。


 圧力に押され、更に回転良くゴロゴロと集団の外側へと転がりだされる。


「ぬぅおおおぉぉぉおおーっ!?」


 勢いがつき過ぎて回転が止まらないっ!


 ゴンッ! と鼻から何か大切なものが飛び出してしまうかのような衝撃を後頭部に受けて、回転が止まる。


「あうっつーっ!?」


 あまりの痛さに言葉が出ない。

 ふっとい幹に強かに後ろ頭を打ち付けてしまったようで、視界がチカチカする。


 こういう時って、本当に星が飛ぶんだね。


 嫁入り前にぺしゃんこになるよりはマシだけど、めちゃくちゃ痛い。ぐっと涙を堪えて、急いでその場から横に飛び退く。


 涙目で周りの状況を確認しようとすると、バサバサバサと葉っぱを揺らして、トレント達が振り返りながら追撃を狙ってきていた。


 普段は地面の中で静かに佇んでいるであろう根っ子の部分がウネウネと触手のように蠢く様子は、現実離れし過ぎていて中々に気持ちが悪い。


 夢に出てきそうで嫌だな……、これ。


「レフィアさんっ!」


 離れた所に転がり出ていたオルオレーナさんが、すぐさまサーベルを抜き、私の側へと駆け寄ってきてくれた。


 顔の真ん中にくっきりと足跡を残しながら。


 ……。


 ……。


 何と言うか、……ごめんなさい。

 靴じゃなくて素足な分だけ許して欲しい。


「まさかトレントの群生地に迷い込むとは、運が無い」


 いや、運じゃない。

 まっすぐに突き進んだ人がいたからです。


 顔が無いので表情が分かる訳ではないけど、トレント達は大いに怒り狂ってるようにも見える。

 深々と刻まれた痛々しいバツ印を見れば、怒る理由が納得出来てしまうのが申し訳ない。


 ユッサユッサと枝を揺らして大木達が迫ってくる。

 こちらにあるのはオルオレーナさんのサーベルと、私の神聖魔法。武器の相性が壊滅的に悪い。


 見た目とは裏腹な機敏な動きに状況の悪さを悟る。


 うーん。

 どうしよう、これ。


 とりあえず目の前にある両肩をガシッと掴む。

 パッと見はどう見てもイケメン王子だけど、実際に身体に触れると華奢な感じの肩がとても女性らしい。


 やっぱり女の人で間違いないっぽい。


 無駄な抵抗は無視してぐいっと前へ押し出す。


「え? ちょっ、どうしたの? 何?」


「いえ、元凶を差し出せば怒りも鎮まるかと」


「いやっ! ま、待って! 待ってーっ!」


 途端に顔を青ざめさせて暴れるけど、掴んだ両腕をそう簡単には放しはしない。

 これで万事丸く収まれば平和にやり過ごせます。


 主に私が。


 差し出された元凶に狙いを定め、トレント達の枝が葉っぱを残したまま鋭く尖っていく。


 うん。考えるまでも無く串刺しだね、それは。

 どこまでもよく貫けそうで何よりです。


 間違いなく一蓮托生で穴があく。


 鋭利な刃物と化した枝が一点を目指して突き出された。


「ぬぅおっふっ!」


「いゃあああぁぁーあっ!?」


 涙目になって叫ぶオルオレーナさんと一緒に、トレント達の突きだした枝槍を慌てて避ける。

 もんどりを打って地面を転がるように、トレント達から出来るだけ距離をとった。


「はぁ、はぁ、はぁ。……レフィアさん」


「……冗談、ですよ?」


 多分、半分くらいは。


 息を切らせて半眼になってねめつけるオルオレーナさんからそっと目を逸らす。


 だってどう考えたって相性が悪いし、そもそも数が多すぎるんだもの。最善案があるなら試してしかるべきだと思うのです。うん。 


 メキメキメキッと根っ子と幹を軋ませて、トレントの集団がさらに囲いを強めようと距離を詰めてくる。


 ……本格的にヤバいかもしれない。


 こうなったらもう、破れかぶれでも何でもいいから突っ込むしかないと覚悟を決めようとした時、遥か頭上から物凄い勢いで飛んでくる何かの気配を感じた。


「何っ!?」


 木々の枝々をバキバキとへし折り、ドオォォンと地響きを轟かせながら桃色の弾丸が地面に突き刺さった。


「フンハーッ!」


「いやぁぁぁあああああああーっ!?」


「え? 何? 誰?」


 目の前に突然再び現れた全裸のムキムキマッチョの背中に、条件反射で叫び声を上げてしまった。


 むき出しのお尻と私とを見比べ、すぐ横でオルオレーナさんが狼狽を顕にしている。


 何でさっきの変態マッチョがっ!?

 どこから飛んで来たんだどこからっ!

 それに、何で当然の如く全裸なんだーっ!


「邪悪なる気配は隠しきれないのであるっ! この森の異物めがっ! このル・ゴーシュが討ち滅ぼしてくれようっ!」


 変態ムキムキ全裸マッチョは私達を無視したまま、トレント達に大きく胸を張って指を差し示し、高らかに声を張り上げた。


 森の異物って……。


 魔物である事はひとまず置いておくとしても、トレントなんだから森の中にいるのはおかしくないのでは?


 何で、森の異物?


「レフィアさんっ! あれっ!」


「えっ!?」


 素朴な疑問に首を傾げていると、オルオレーナさんがトレント達の集団のある一部分を指し示した。


 途端、後方でウネウネとしていたトレントの一体が、ゴォーッという轟音とともに炎の柱に飲み込まれる。


 自然な炎ではない。

 明らかに違う。


 炎に包まれたトレントは見る間に焼き尽くされ、黒い炭の塊になって倒れ伏した。


 ……。


 ……って、まさか。あれは。


 炭化したトレントの影から、パチパチと火の粉を撒き散らしながら、炎の蛇がにょっこりと顔を見せた。


 炎の蛇!?


 何でこんな所に……。


 突如姿を現した炎の蛇は、手当たり次第といった感じで近くにいたトレント達に次々と襲いかかる。


 まるで獰猛な猛獣が獲物を捕食するかのように炎の蛇がトレントに噛みつくと、噛みつかれたトレント達が轟々と燃え盛る火柱を立ち上がらせていく。


 ……森の異物。


 確かにそれは、森の異物としかいいようのない光景に見えた。


「フンッ! ハーッ!」


 全裸ムキムキ変態テカテカマッチョが、全身の筋肉に力を滾らせて炎の蛇へと突っ込んでいく。


 うん。さらに上を行く異物がいたね。

 森とか場所を限定しない分だけ質が悪い。

 何だか、コンガリとよく焼けそう。


 炎の柱に程よく照らし出される全裸の変態マッチョの姿が、いい感じに気色悪い。


 何の罰ゲームだ、これ。


 気合いを込めた拳が炎の蛇に撃ち下ろされる。


「ふぐぅおぅっ!?」


 けれどもその拳が目標を捕らえる事は無かった。


 振り上げられた拳にトレント達が枝を絡めて、あっという間に変態マッチョを羽交い締めにして吊り上げてしまった。


「は、放すのであるっ!」


 ……何がしたかったんだ、この人。


 全裸でトレント達に絡み付かれ戯れる、宙に吊り下げられた変態マッチョ。


 正直、見たくない。

 何でこんな倒錯した光景を見せられてんだろう、私。

 

 身の回りの現状に疑問を覚える私をよそに、トレント達が一斉に炎の蛇へと襲いかかる。

 何本もの鋭い枝が四方八方から目標を取り囲み、容赦加減なく大量の枝槍が突き刺さった。


 炎の蛇が槍衾にその身を四散させたかのように見えた次の瞬間、膨大な熱量をもった圧力が、押しかかるトレント達を一気に弾き飛ばした。


 炎を上げて倒れ行くトレント達。


 その中心には、四散させた欠片で一気に数を増やした炎の蛇が鎌首をもたげて、ユラユラと集団で揺らめいていた。


 ……コイツら。


 斬る以外の攻撃でも数を増やすんだ。

 まともに相手をするには厄介この上無い。


「ふぬぅぉぉぉおおおおおーっ!?」


 見ればトレント達に絡み付かれていた変態マッチョも、トレント達と一緒に火ダルマになっていた。


 ……だから、何がしたいんだコイツ。


「フンハーッ!」


 両手の甲を交差した前の太股の位置で合わすようにして、変態マッチョが全身の筋肉を隆起させる。


 気合いとともに炎が消し飛ぶ。


 どうやら変態マッチョは無傷のようだ。


 ……。


 ……。


 火ダルマになってたよね、今。

 何で火傷の一つも見当たらないんだろうか。


 色々と常識の通らない光景が目の前で続く。

 頭が変になりそう。


「いくら数を増やそうとも、同じ事なのであるっ!」


 束縛を逃れた変態マッチョが、再び炎の蛇に殴りかかった。


「……レフィアさん、今の内にっ!」


 だから殴ったりしたら余計に数が増えるんじゃないだろうかと、思わず変態マッチョの動向に気を取られていた私の腕をオルオレーナさんが掴んで引っ張る。


 ……そうだ。


 何も全裸のマッチョと炎の蛇の戦いを、呑気に観察してる場合じゃなかった。


 オルオレーナさんに促されるまま立ち上がり、駆け出す。


「フンハーッ!」


 ゴォン、ドォォオンと衝撃音を後ろ背にして、オルオレーナさんと一緒に急いでその場から離れる。


 どっちが奥でどっちが外かは分からないけど。

 今はとにかくこの場から離れないといけない。


 ううっ……。


 こんな森、とっとと抜け出してやる!

 出口はどっちだーっ!?






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