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♯124 まっすぐに



 横凪ぎの一閃が魔物の胴体に放たれる。


 鮮血が飛び散り、傷に怯んだ所へ神聖魔法の一つである聖気弾を真正面から撃ち込む。


 ドフゥッという衝撃音とともに、後方に控えていた数体を巻き込んで迷宮トロルの巨体が吹き飛んだ。


「……やるねぇ。まさか神官だとは思わなかったよ」


 オルオレーナさんが慣れた感じで片目を瞑る。

 サーベルを振って血糊を落としながら体勢を整え、すぐ側へと戻ってきていた。


「神官さんじゃありません。けど、魔法はみっちりと勉強させてもらいましたから」


「それは貴重な経験を。魔法が控えていてくれるのは何よりもありがたい。とても心強いよ」


 キラリと白い歯を輝かせて爽やかな笑顔が煌めく。


 ……。


 ……。


 ……何だろう、これ。


 そこはかとない疲労感がたまる。

 キャーとか黄色い声を上げた方がいいんだろうか。


「ウキャーっ!」


 ……何か違う気がする。


「っど、どうしたんだい? ……急に」


「心の猿が漏れただけなので気にしないで下さい」


 猿もたまには漏れるんです。多分。


 気を取り直して迷宮トロル達に向き直る。

 だいぶ数を減らしたので、残りはわずか数体になっていた。


 まさかこんな所でコイツらと再会するとは。

 魔王城の地下遺跡で追いかけっこした記憶が甦る。


 あれは……、きつかったなー。


「そ、そうなんだ……。でも、こんな所で迷宮トロルと出会うとは思わなかったな。近くに闇の女神の迷宮でもあるんだろうか」


 取り繕うようにサーベルの刃を立て、オルオレーナさんも迷宮トロルに向き合う。


 最後に付け足したボヤキが少し気になった。

 迷宮トロルがいるから闇の女神の迷宮がある?


「もしかして迷宮毎に、生まれる魔物って種類が固定されてたりするんですか?」


「そうだけど……、もしかして知らなかった?」


 知りませんでした。

 迷宮とか魔物とか、つい半年前までまったく縁の無い暮らしを営んでおりましたもので。


 肯定の為にコクリと頷いておく。


「戦い慣れてるみたいだったから、てっきり迷宮探索者かと。迷宮は魔物を生み出すからね、見つけ次第潰すようにしてるんだ。おかげでいくらか詳しくもなったかな」


 従士隊のお仕事の一つだろうか。

 領地の安全維持とかもしてるのね。

 地味に大変そう。


 踏み込み鋭く上体を低くして、オルオレーナさんが再び迷宮トロルの懐へと飛び込んでいく。


 私の何をどう見たら戦い慣れてると思うのか。

 どこにでもいる普通の農家の娘だってのに。


 ……。


 ……ちょっと剣が扱えて魔法が使えるだけだよ?

 普通の範囲からはそんなに逸脱してないハズ。

 かろうじて引っ掛かってると思いたい。


 ……。


 ……。


 おかしい。何か普通じゃない気がしてきた。

 多分気の所為だから忘れよう。


「ぎゃうっ!?」


 オルオレーナさんの白刃が迷宮トロルの首をスパリと斬りはねた。


 むしろオルオレーナさんの方こそが驚きだ。


 なんとか教皇の身内だから従士隊の隊長になってるとか言ってたけど、身のこなしが半端ない。細身の身体で大柄な迷宮トロル達を相手取るその姿に思わず目を奪われる。


 速さだけなら多分リーンシェイドの方が上だと思う。けど、緩急を織り混ぜたリズムで相手との距離を思うがままに支配するその足捌きは、見事としか言い様がない。


 フワリと近づいたかと思うと、次の瞬間にはサーベルの刃が煌めいて鮮血をまとっている。


 ……オルオレーナさん。

 この人、強い。


 タイプは違うけど、魔王様の元近衛騎士団団長であるアドルファスと、互角くらいかもしれない。

 

 ……っと、見惚れてる場合じゃなかった。


 オルオレーナさんから距離を取って離れた迷宮トロルに、渾身の力を込めて聖気弾を撃ち込む。

 巨体が弾き飛ばされ、鈍い音とともに地面に沈み込む。


「呆れるばかりの威力だね。本神殿でもそこまでの聖気弾を扱える人は早々いないだろうに」


「オルオレーナさんこそ、物凄く強いじゃないですか」


 正直、低く見積もっておりました。

 ごめんなさい。


「鍛練だけは欠かさずにいたからね。さあ、先を急ごう」


 倒れ伏した迷宮トロル達を跨ぎ越して、先を急ぐ。


 目指すは森の出口。

 こんな危ない所はさっさとおさらばしたい。


 出来れば魔王様達と合流したいのだけれど、現在位置が分からなければどこへ進めばいいのかさえ分からない。


 オルオレーナさんの背中を追って森の中を急ぎ足で突き進む。


 ……現在地が分からなければ。


 どこへ進めばいいのか、……さえ?


 颯爽と迷い無く進む背中を追って。


 ……。


 ……。


 ……おーい。こらこら。


「待って、オルオレーナさん」


 ふと冷静になって前を行くオルオレーナさんを呼び止める。


「レフィアさん? どうしたんだい?」


 立ち止まり、振り返った笑顔が光を背負う。


「今、私達どこに向かって進んでるんでしょうか」


「どこって、そりゃもちろん森の外へ」


 冷静になって立ち止まった迷子の私の問いかけに、爽やかな笑顔が似合う迷子のオルオレーナさんが答える。


「今、森のどの辺りにいるのか分かってるんですか?」


「ははっ。やだなぁ、レフィアさん。何を聞くかと思えば、そんな事かい」


 フッと余裕を見せる表情を見て、安堵を確認する。


 だよね。ごめんなさい。

 自信満々で前を先導して進んでたもんね。


 迷子と言っても、皆とはぐれたって意味であって、どこに向かえば森から出られるかぐらいは当然知って……。


「それが分かってたら迷子になんてならないさ」


 分かってないんかいっ!


 思わず膝がぬけて転ぶ所だった。

 どこに向かう気だった、どこにっ!


「でも心配はいらないよ。森と言ってもどこまでも広がってる訳じゃない。まっすぐに進んでいれば、いつかは出られるハズさ」


「オルオレーナさんが迷子になった理由が、今はっきりと分かったような気がします……」


 さも当然の如くとんでも理論を口にするオルオレーナさんに、こめかみの辺りが重くなるのを感じる。

 何も言わずに自信満々で進みだしたものだから、あまり深く考えずについ着いてきてしまった事が悔やまれる。


 ……森の地理に詳しいのかどうか、ちゃんと確認すればよかった。


 さてどうしようかと頭を抱えていると、余裕の表情を崩さないまま、オルオレーナさんが優しく微笑んできた。


「大丈夫。僕を信じて」


 ……。


 ……。


 失礼ながら、頭大丈夫だろうかこの人。

 ただでさえ、森の中でまっすぐ進むのって、かなり困難な事なのに。

 目標を定かに出来ない場所では、人はまっすぐのつもりでも大きく円を描いて進んでしまうものらしい。


 怪訝そうに眉をひそめる私に、オルオレーナさんは身近にある木の幹を指し示した。

 見ればいつの間にかバツ印が刻まれている。


「こうして木に印をつけておくんだ。等間隔で印をつけた木が重なるように進めば、自然とまっすぐに進んでいける。どうだい、少しは安心してくれたかな」


 ゆっくりと優しげに語るオルオレーナさんから視線を逸らし、後方を振り返る。


 いつの間にそんな事をしていたんだろうか。


 振り返れば確かに、同じようにバツ印のついた木々が視界の中に並んでいた。


「……あの、オルオレーナさん」


「謝罪は不要だよ? 僕を信じてくれさえすれば、それでいいのだから」


 ……頭痛がより酷くなっていくのを感じる。

 思わず頭を押さえて俯いてしまった。


「どのバツ印もはっきりと見える位置にあるんですけど……」


「……あ、れ?」


 キョトンとして後方を眺め、小首を傾げる。

 不思議そうに眺めてるけど、それでまっすぐ進めていると思ってた事が不思議で仕方ない。


「あれ? じゃないですよ。大体、こんな横並びに並んでる木にそれぞれ印をつけたって、意味ないじゃないですか」


「うん。意味ないよね。横並びになんて、なってなかったんだから……」


 ザザザッと木々がざわめく。


「まいったな……。まさか印をつけた木が動くとは思わなかった」


「そんな、木がそんな簡単に動く訳無いじゃないですか」


 周囲に立ち並ぶ印のついた木々を見渡しながら、オルオレーナさんのとぼけっぷりを嗜める。


 ……。


 ……。


 周囲に、立ち並ぶ?


 あれ?


「……オルオレーナさん」


「何、かな? 出来れば前向きな言葉であると嬉しいな」


「……トレントっていう魔物の話を昔、聞いた事があるんですけど、オルオレーナさんは知ってますか?」


「うーん。話にしか聞いた事が無いかな? 森で迷った旅人を食べちゃう怖い魔物だそうだ。身体が木で出来ているからかやたらタフで、相当手強い相手だそうだよ」


 マジかい……。


 すでに周りをぐるっと取り囲まれてしまった。

 気がつけば局地的な密林状態。

 青臭い緑の匂い壁に逃げ場を失っております。


「だ、大丈夫。トレントは本来大人しい性格で、こちらから攻撃したりしない限り、襲ってくる事は無いハズだから……」


 自身も不安なのだろう。

 声のテンションを段々と下げながら補足を付け加える。


 攻撃したりしない限り、……ねぇ。


 私とオルオレーナさんの視線が、示し会わせた訳でも無いのにある一点に注がれる。


 そこには、オルオレーナさんのつけたバツ印が大きく深々と刻まれていた。






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