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第1章 第65話 序章 愛を語るに至るまで④

 話し終えてランが皆を呼ぶとぞろぞろと降りてきた。


「んあ? 志龍もう起きてたのか⋯⋯」


「ああ、とっくの前に目が覚めた」


「そうかー⋯⋯ふぁぁ」


 会話も歯切れが悪いというか、まだ眠気は取れておらず三人とも目がまだ微睡みを帯びている。

 というかシフォンに関しては立ったまま⋯⋯寝てる、だと⋯⋯ッ!


「シフォン起きろ」


「んあぁ⋯⋯まだ眠いよ⋯⋯⋯⋯ふぁぁ⋯⋯」


 ソファーで横になりまた寝ようとする。


「美穂何とか──ってお前もか!」


「⋯⋯私はぁ⋯⋯眠たくなんか⋯⋯な⋯⋯ぃ⋯⋯ィ⋯⋯」


 どうやら皆まだ心というか居場所は夢の中らしい。

 全く、仕方が無い起こすとしよう。


「ラン、バケツを貸してくれ」


「な、何する気にゃ?」


 俺は笑顔で答える。


「え? アイスバケツチャレンジだよ、ほら昔流行った」


「笑顔で清々と怖いこと言うなにゃ! ていうかそのグッドサインはなんにゃ?! あれか? あいるびーばっくってやつかにゃ?」


「お、落ち着け──なら別の方法にしよう」


「そ、そうしてくれにゃ、うちが持たないにゃ」


 俺は美穂の首元に冷気を与える。


「ひゃぁ!!」


 軽い悲鳴と共に意識が覚醒する。


「これなら大丈夫だろ」


「おおー! 流石にゃ!」


「あ、貴方達! 何したの?!」


「え? そりゃなー」


「決まっているにゃ」


「「丁寧でありながら優雅に、そして歯切れ良く尚且つスマートに、まさに完璧! まさに十全十美! この完璧さは語るまでも無い、名付けるならそう、『華麗なるモーニングコール』をした迄だ!(にゃ!)」」


「⋯⋯ああ、そう」


 美穂が無関心のようにこちらを見ている。全く、もう少し「きゃーすっごい! 志龍ってばてんさーい!」って言って尊敬してくれてもいいのに。って冗談はさておき本命は──


「まあ飯前だ、少し強引に起こさせてもらっただけだ」


「あらそうなの、それは仕方が無いし志龍ありがとね」


「ああ、サンキューな」


 飯前だし流石に意識は取り戻してもらはないと困る。

 ──この調子でシフォンも起こした。さてさてさーて残る人物はハルのみ。ここで同じ起こし方をしても面白くない、ならどうするか──決まっている。


「志龍バケツ持ってきたわよ」


「外に誘導したぜ」


「おう、なら始めようか」


 只今より、ゲス三人衆による華麗なる(アイスバケツ)モーニングコール(チャレンジ)を執り行う。


「目標確認、総員構え!」


 三人で構える、そしてとびっきりの笑顔で起こしてあげる。


「「「ハル! おっきろー!」」」


 バッシャーンと水しぶきと音が上がる。


「フギャァァァァァァァ──ァァ! ッ! ──ァア!」


 ──天高くその甲高い悲鳴はこの都市の夜の一つの音色として輝いた。


 ──全員揃って食卓に着く。


「そんじゃ! いただきます!」


「「「「いただきます!」」」」


 今夜はクリームシチューとバケット、そしてサラダとシンプルではあるが中々にボリューミーなご飯となっている。


「ん! 美味い!」


「ほんっと! とても美味しいわ!」


「うん! めちゃくちゃうめえ!」


 生クリームの優しい舌触りと味に子羊と子牛の肉の旨みが溶けていて絶品だ。中に入っているにんじんなどの野菜もしっかりと煮込んであり柔らかくしっかりと中までクリームが染み込んでいて美味い。

 さらにバケット、これとクリームシチューがとにかく合う。

 忘れてはいけないサラダ、さっき庭で採った野菜だからとてもみずみずしくどれも甘い。


「すっげ、全然青臭くない⋯⋯」


「ふっふーん、野菜作りには凝っているにゃ!」


「へー、今度教えてくれよ」


「いいにゃー! その代わりビシバシいくにゃ!」


「お、おう⋯⋯」


「はっはー! 志龍弱気になってんじゃねーか」


「うっせー! また氷水ぶっかけるぞ」


 などとたわいも無い会話を繰り広げる。

 皆、料理に饒舌を打ちつつ、完食する。満足になりまた眠気が襲ってくる。


「寝るのはいいけどシャワーくらい浴びてきてにゃー」


 と言われたので順番にシャワーを浴びる。


 俺は一番最後だったのであがった頃にはもう一階は薄暗い電気しか付いていなかった。

 俺は電気を消して二階に向かう、自室の場所は何となく覚えているのでそこに向かう。


「えーっとここだよな」


 扉を開ける。部屋は合っていた、証拠に美穂がこちらを見ていた。

 ──久しぶりだなこの状態の美穂を見るのは⋯⋯ここの所、気をずっと張っていたのだろう、いつも以上に彼女が小さく、か細く見えた。


「⋯⋯志龍」


「どうした美穂」


 隣に寄り添う。それくらいしか俺には出来ない、昔から変わらない、これ以上もこれ以下も彼女にできることは無い。


「志龍は強いね⋯⋯」


「気休めはよせ、俺がどれだけ弱い人間かお前は知ってるだろ」


 ──美穂の後ろばかり着いていて、強がっていても結局は泣き、それを美穂に慰めて貰っている。

 ──誰よりも弱かったからこそ憧れた、その手には届かない輝き(美穂)を。

 そして自分を偽り、偽りの輝きを手に入れてきた、だがそれは結局のところ──弱さの象徴だった。


「ううん、志龍は強いよだって──」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「⋯⋯」


 偽りは本物では無い、それは確定している条理、世界の定石だ。だが偽りでも本物に限りなく近づくことはできる。

 ──どうやって? 確固たる意志を持ち続けるんだ。それがどれだけ汚くとも。所詮は紛い物だ、本物のような綺麗さは要らない、泥臭く、そのヘドロのような心で抗い、近づけ。さすれば一歩手前迄ならいける。

 だがそれを成すのに生半可な心を持っていては心身共に壊れてしまう。──それ程までに過酷なものなのだから。


「とは言っても俺は元々心は死んでいたんだよ、ヘドロの中に突っ込んでも黒に黒を混ぜるようなもんだ、意味がねえ」


 苦笑いをする、我ながら言ってみたが酷すぎて泣けてくるレベルだ。


「それでもね⋯⋯強いよ」


「⋯⋯」


「だって志龍だもの」


 ──弱き少女だ言っちゃ悪いが貧弱で片時も目が離せない。何が起こるかわからない、感情が、心が、その重さに耐えきれず爆発してしまうからだ。

 ──あの日、彼女は変わった、何度でも言おう。それが彼女の転機でもあり、俺の転機でもあった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが今の俺であり彼女だ。

 あえてこの状態になったことを言葉で表すのなら『不条理』ってのがお似合いだろう。

 ──世界は平等でない。あの日俺はそう感じ心の中で誓った。「強くなると」

 それが今でも俺を支える柱となっている。美穂という存在とこの決意が無ければ今頃俺は──世界という不平等に嘆き絶望に膝が折れていただろう。

 たとえ記憶を取り戻すという大きな目的があれどもだ。

 ただ俺はこうとも思っている。

 ──それは美穂も同じだと。

 表裏一体、俺達は互いに支え合い、互いにある一定の干渉をする。俺の柱は彼女であり、彼女の柱は俺であるのだ。

 俺は美穂の髪の撫でる。


「う⋯⋯あぅ」


「お前は強いな」


「う⋯⋯ん?」


「弱いようで強い、流石俺の輝きってだけあるぜ」


 憧れたのはそう、彼女なんだ。

 誰よりも明るく、子供の俺からしてみたらカリスマというか人の先頭に立つ人物だと思っていた。

 だからこそ強い、根底を覆すことがあろうとも、それ以上に地中深く根付いているものはやはり違う。

 強すぎる、ある意味俺以上の地獄を味わっているだろう。なのに、まだその心は砕けない。それどころか余計に強化されている。

 そんな芸当俺には出来ない。


「う⋯⋯んぁ?」


 だからこそ──俺はそんな彼女が愛おしい。


「志龍⋯⋯」


「美穂⋯⋯」


 お互いにお互いを求めるように近づく。

 その唇と唇が触れる──


「志龍! ちょっと話が──ァァ?!」


 空気を読めない野郎(ハル)が登場して、俺達は離れた。お互い赤面してハルを睨む。

 俺はハルを家の外に連れ出す。


「なんだ? アイスバケツチャレンジもう一回してぇのか? あ?」


「い、いやすまねえ、ちょっと話があってよ」


「さっさと言え、さもなくは凍らせる」


「辛辣!?」


 俺の冗談にオーバーリアクションをして一つため息をつく。


()()()()()()


「⋯⋯」


「俺はどうしたらいいんだ? このまま眠り姫みたいになっているプレアを⋯⋯」


「──お前はどうしたいんだ?」


「どうもこうもねえ、助けたい」


 その目には燃える様な思いが宿っていた。


「俺はプレアに救われたんだ、あいつという存在に俺は助けられた、でも同時に烏滸がましいかもしれないがプレアもそうなんだ、俺はあいつを救い、あいつは俺を救った、()()()()()()()()()()その呪いを和らげてくれた」


 そう明かすハルに俺は思わず笑ってしまった。


「ふっ、お互い様ってやつか」


「⋯⋯ああ」


 ハルは赤面し目を背ける。口先もなんか尖らせてこう見るとまだまだ子供だな。──どの口が言ってんだろ⋯⋯。

 ──何処と無く俺と美穂の関係に似ているのもを感じた。助けられ助ける、その絶妙な関係が強く絡み合い俺達という存在を作り上げている。

 ハルは誰よりも過去を呪っている。俺達に話そうとしないのがそうだ、あいつが昔、俺に打ちのめされて大分丸くはなったが──それでもやはり何処と無く過去に棘が刺さっていてそれを呪っている。

 だが、それを和らげてくれる人がいる、想い人がいる、それを護りたい自分がいる。全く、何処かの誰かさんみたいだ。


「──似たもの同士だなやっぱ⋯⋯」


「ん? 何か言ったか?」


「──いーやなんでもない」


 寝転んで夜空の星を眺める。ハルも寝転がる。


「今はまだその方法は俺も知らない、でも必ず見つけ出そう、約束だ」


「ああ」


 拳と拳を交わして、俺達はそう誓った。


 ──後日談と言っちゃなんだが、あの後夜空を眺めていたら一睡してしまい俺達は風邪を引いた。


「あんた、ほんっと馬鹿ね」


「なーにしてんだか⋯⋯」


「おみゃーらバカなのかにゃ?」


「お、おい志龍、なんかプレアが心做しか俺の事を蔑んだ目で見てくるんだが、なんでだ?」


「気にするな、馬鹿が風邪を引いたのを哀れに思ってるだけだ」


「って、おいプレアそうなのかぁ⋯⋯」


 いつになくハルが弱く泣きそうな声でプレアに語りかける。

 俺はベットから起き上がる。


「さてと、それじゃ行くか」


「ええ──って、何言ってんの?!」


 美穂に驚かれた。驚くようなことは何もしているつもりでは無いのだが⋯⋯。


「さてと、それじゃ行くかじゃないでしょ! 病人なんだから寝ておきなさい!」


「とは言っても、もう熱も下がった」


「はぁ?! 外で寝て38度出したやつの台詞?」


「そら、見てみろ」


 さっき測った体温計を渡す。そこには36.5度と書かれていた。


「はぁ?! なんで? 朝測った時は熱あったのに!」


「ん? 簡単だ、()()()()()()()()()()()()


 簡単だ、魔法、『絶対零度の(アブソールーゼロ)領域(リージェン)』は体外に魔力を放出してそれを一気に氷系統に発動する技。それを極小に、凍らない程度に発動させ、先程言った通り()()()()()()()()()()()()

 美穂は俺の方法を聞いて頭を抱えて一つため息を付いた。


「ん? なんだ間違ったことでもしたか?」


「はぁ、いーやなんでもない、どっちかって言ったらこの糞超人の理解不能の能力に頭痛がしただけよ」


「え? なんか俺一周まわって貶されてるくね?!」


「⋯⋯まじなんでも出来るな」


「ニャニャ、なんだにゃこいつ⋯⋯」


 他二人には不思議なものというかUMAでも見ているかのような視線を送られた。


「んじゃ問題ないな」


「⋯⋯ええ」


 俺はそう言って話題を変える。黒魔道教の情報は今朝ガンから手紙で送られてきた。


「持っている採掘場の情報は手に入れていた、そして今朝手に入ったのはアジトの情報だ」


 俺はそう言って手紙に入っていた一枚の地図を取り出す。


「敵、黒魔道教、怠惰がいるアジトは敵が持つ採掘場の北西の森、『ガバングルの森』に居る」


「今から俺、美穂、プレアで偵察をしに行く、直接対決はないと思うが、万が一起こった場合は赤い発煙筒を上げる、それが上がった場合はラン、街の皆を街から誘導してやってくれ、ガンも手伝ってくれるだろうし、何とかそこは頼む」


「──ああ、任せるにゃ」


「ハル、一応解熱出来るようにこの氷を作ったが、多分まだもう少し解熱には時間がかかる、それゆえ、お前にはもしこっちに流れてきた時、そいつを頼む」


「あ、ああ、それは任せろ⋯⋯」


 俺はそう言って立ち上がる。


「第一に戦わないのが最善だ、こちらも戦力は万全という訳には行かない、だがもし争い事になった時は、各自、自分の持てる限りを尽くして戦え。──これは戦いだ、どこかでこの災害(黒魔道教)に苦しむ人が居る、この街もそうだ、──俺達もそうだ⋯⋯」


 皆が一斉に目を背ける。


「だがな、このまま過去に縛られるのだけは嫌だろう、──その鎖が行く手を阻むというのなら抗え、過去は変えられない、でも未来は変えられる! 俺達がゆく未来の一歩にしよう、この戦いを勝つ為に!」


 そして俺は手を掲げる。


「我らが行く末に栄光あれ、我ら名を『ウィル・ファミリア』」


 なーんてちょっとカッコつけてみた。あー恥ずかし、少し熱くなりすぎたかな⋯⋯?

 ──いーやそうでもなかったみたいだ。


「いいね、大将! そうでなくっちゃ!」


「はっ、運命なんてそんなもんよ、抗ってなんぼ、ゲームでもそうでしょ? それが楽しいんだから」


「ウィル・ファミリア、やっぱカッケー」


「ニャニャ! いいこと言うにゃ!」


 全員頼もしいったらありゃしない。

 俺は天井を見上げる。

 ──なあ、やってやるよ、無いと定められている運命だというのなら、それに抗ってやるよ。俺にはその役目がある。そして君を助け出さなくちゃならない。


 ──殺して。


 夢の中でそう語りかけた誰かを思う、それは酷く懐かしく、でもどこか空虚に穴が空いている感覚がした。


「っ!」


 やはり考えれば頭痛がする。今は考えるのを止めておくことにした。

 でもいつか、いつか必ず──


「お前を助け出す、必ずだ!」


 俺は立ち上がる。


「さあ! 敵は本能寺にあり!」


「それは違う!」


 晴天の空の中、俺は一歩踏み出そうとしていた。

























































「ふふ⋯⋯」

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