第1章 第62話 序章 愛を語るに至るまで①
──世界は残酷だと。
彼女は走りながらこう思っていた。弱者は毟りとられ強者はそれを貪る。
弱肉強食と一言で済ませてしまえば非常にシンプルな問題に感じてしまうがそんな言葉一つで済ませてはいけない。
だが彼女には、悲しきかなそれを叫んでも、見向きもされない、いや今この状況では目すら合わせてもらえない。
なるほどと感心する、人は、生物は愚かだ。
弱者救済などとほざいても根本は変わらない、目を逸らし進路を変え、人々は彼女を避ける。
──何が正義だ、何が革命だ、正義を振りかざし革命を起こそうとも人や生物の根本的な性は変わらない、いや変えようともしないのだ、だから愚かなんだ!
なあ、神とやらがいるのならこの世界にいる全ての生物に言ってやれ──愚かで脆弱で糞共と、心の底から叫んでやれ、そうでもしないと世界は変わらないし、変えようともしない。
それが無理なら、この世界にいる糞共に何の意味があるのかを伝えてくれ! 脆く弱く生きるもの達の生きる意味を、存在する意味を! 価値を! 教えてくれよ!
なあ、なんでこんなに弱いんだよ、──嘆く、その彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
──なあ師匠、
「おいらはなんで生きてしまったんだろな」
涙ながらに彼女はそう言った。
クトゥルフの鉄を採取し、辺り一帯を凍らせここを採掘不可にした。
「んじゃまあ、行きますか」
三人が頷く、俺達は歩み始める。
しばらく歩いたところでシフォンが口を開く。
「そーいやゴラフってどんな場所なんだ?」
一同は歩みをやめ勢いよく振り返る。
「「「お前 (シフォン)そんなことも知らなかったのか!?」」」
シフォンは勢いにギョッとするが不貞腐れた顔をして視線を逸らす。
「だって外なんて出たことないし⋯⋯」
と反論した。
「んで質問の答えになってねーぞ、美穂どんな場所なんだ?」
「世紀末」
「へぇ! ?」
シフォンが声にならない声を上げた。まあそれもそのはず、いきなり世紀末なんて言われたらそうなるだろう。
「せ、世紀末ってあ、あのピンクモヒカンがうろちょろしてるあれか! ?」
「どんなイメージ持ってんだよ⋯⋯」
ハルがツッコミを入れたところで俺が補足をする。
「ゴラフは工業都市だったんだよ、元々採掘場所が近くに山ほどあって、加工職人も多く存在していた、昔の人に工業都市で成功したところはどこかって聞いたらゴラフって答える人が多い、それに職人を目指して来る若者も多かった」
「え? めっちゃすげー場所じゃん! どこが世紀末なんだよー」
俺の肩をバシバシ叩く。
「痛てーよ!」
「お、すまーん」
──ちくしょうと思いながら反論しても無駄だからしない。
「──話を戻すぞ、なんでかってか? はっ、簡単な話だ失落したんだよ工業都市として」
「え⋯⋯?」
「まず人が集まらなくなっていった、もっと栄えた工業都市が出来てそっちに人が持っていかれた、それならまだ大丈夫だったんだ、──でも二つの大きな事件が起きたんだ」
「⋯⋯何なんだ?」
「一つ目は都市一番の採掘場『ドルフ鉱山』が宝石龍の住処になってしまったって事だ」
「あ、あそこか?」
「そ、それで迂闊に手を出せなくなったし、そこに頼り切っていた節があり大ダメージを受けた、他の採掘所はあったけどやっぱあそこの金属は質が違ったらしい、防具や武器の質が落ち買い手が減っていった」
「⋯⋯」
「そして二つ目、都市一番の職人が裏切った」
「え? どういう事だ?」
「『ヘーパイストス一派』って知ってっか?」
「あ、ああ何でも神の恩寵を受けた職人の神業的な装備品を作り上げることで有名な一派だろ?」
「そ、シフォンめっちゃ勉強してるじゃねーか、その頭がどこか他の都市に逃げたらしいんだよ」
「え?」
「元々ゴラフにいる職人ヘパイストス一派が八割を占める、頭が抜け状況は混乱、そしてそのまま──解散だ」
シフォンは絶句する、まあそれもそうだろ。俺だって思うさ、何で逃げたんだって。
「理由は知らない、でも頭が逃げ、『ヘパイストス一派』という都市で一番の鍛冶一派が解散し八割ほどいた職人はやる気を消失した。後は簡単な話だまず採掘業が破綻し武器も手に入らないから武器商人も店を閉じた、人々は娯楽に身を投じ、──ゴラフは工業都市として堕ちた」
「⋯⋯」
シフォンの顔が曇る、俺も実のことを言えばこんな話したくはなかった、──でもしなくちゃならないんだ、ここがどういう所かを知らないなんてそれはまさに怠慢だから。
「──ゴラフは元々そんな名前じゃなかったんだよ、『工業都市ゴヴニュ』って名前だったんだ」
尚をも淡々と喋る。
「娯楽によって腐敗した都市、『娯楽腐』はっ、人ってもんはいい名前をつけるな、挙句の果てには『世紀末王国』だって? 全く皮肉な話だよ⋯⋯」
語り手である俺でさえ話していて虚しくなってくる。だが同時にこれは世界の条理だと思ってしまう。
この話が不条理か? いや決して違うこれは道理にかなっている。
幾ら財を築こうとも、その後に崩れ落ちる運命があっても可笑しくないように、一国が幾ら栄えていようともそれが崩れるのもまた道理なのだと。
それでも──人は愚かな生き物だ。おう思はざる負えない。
それが幾ら条理で、あってもその状況の被害者達は不条理に感じる、何故か? 被害者だからだよ。
道理を被った人々はそれを無理と捉え、可笑しいと思う、当たり前だろ、俺だってその立場ならそう思うし、思ってきたんだよ⋯⋯。
美穂の両親、俺のこの世界での育て親であるあの二人が死んだ時そう思ったように、──世界は残酷だ。
辛い話をして一同の足取りが重たくなってきた頃、俺達は無理の王国着いた。
さて、開口一番、俺はこの国を見て思ったことを言ってしまった。
「⋯⋯前言撤回する」
「ああ、俺もそう思ったところだよ⋯⋯」
「私も」
「同じく」
──この国は滅ぶべきして滅んだよ!
え? なんだ? その世紀末みたいなバイクに世紀末みたいな車に、世紀末みたいな髪型に世紀末世紀末世紀末⋯⋯。
「あー! 頭いかれそう!!」
「何だこの国? 舐めてんのか?」
実際初めてだよ生でパラリラぱらりら鳴らしてるバイク見るのなんて、一周まわって感動したよ。
なんかさっきまで真面目に辛い話をしていたのが馬鹿らしくなってくるレベルだった。
よく分からない疲労感に一同思わずため息をついてしまった。
「ん? なんだにーちゃん達、何しに来たんだ?」
いかにも小悪党見たいな人々に絡まれた、ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべ近寄ってくる。
「観光ってわけじゃなさそーだなー」
「この国に観光しに来るやつなんていると思うか?」
「それもそーだなー! はっはー!」
と笑い飛ばされた。
──案外話が通用するのかな?
「行きたい場所があるなら連れてってやるよー」
「ほんと? それは助かるな」
「ただし、嬢ちゃんらを置いて言ってもらうぜ」
前言撤回だ、やっぱこいつら話通用しねぇわ。
「全く、べっぴんを三人も連れていいご身分だなーにーちゃんらよ」
「俺らにもいい思いさせろよーなぁ?」
意地汚い笑いと笑い声がする。
軽蔑の目で見ようがお構い無し見たいだ。
「んじゃ、俺はこのポニーテールの嬢ちゃんを」
美穂は大人のあまりの怖さに腰を抜かしている。
その腕を掴もうとしたそいつの手を掴む。
「触るな」
「あ?」
「聞こえなかったか? 触るなっつってんだよ」
俺がひと睨みする、一瞬時が止まったように動かなくなるがその後に笑い声が響く。
「なんだ? 触るなって? おもしれー餓鬼だなー」
「リジョルお前馬鹿か? そりゃー彼女に手を出されたら溜まったもんじゃーねだろ、つってもおもしれーけどなー」
一頻り笑うと、俺の額に指を当てて笑いながら──
「おい餓鬼、俺を舐めんじゃねーぞ? なんならここで喧嘩してやってもいいんだぜぇ?」
言われた瞬間俺は殴った、体が吹っ飛んでいき近くにあった岩に直撃する。
「ってぇ! ? 何すんだ糞ガキ!!」
「言われた通り喧嘩を買ってやったんだよ。手前、こっから先クーリングオフはしねーぞ」
「ハル、美穂とプレアとシフォン頼んだ」
「おーう、さっさと片付けてこい」
怒り心頭に俺は口を開く。
「死にたいやつから前に出ろ、どうせこっから先お前らは俺にボコられるんだ、先にやられといた方が得だぜ」
「んだとこらぁ!?」
「上等だ! やってやらぁ!!」
──数十分後
「あぐぁ⋯⋯」
「ぐっ⋯⋯」
「か、がぁ⋯⋯」
敵は皆思い思いの声にならない声を出して倒れ込んでいる。俺は振り返って美穂達の元に向かう。
「んじゃ行くぞ」
「おう」
「美穂、シフォンは大丈夫か?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「無理はすんな、無理だったら無理でいいし、いけるんだったら服でもいいしどっか持ってろ、いつ何処で何があるか分からないからな」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
無言で美穂とシフォンは俺の手を握ってきた。
おっけーの合図と捉えていいだろう。
「ハル、プレアの事頼んだぞ」
「ああ、任された」
最大限の安全を確認し俺達は進むことにした。男子勢は殺気を身にまとい、近づこうとする輩をひと睨みで一蹴した。
そして俺は目的の場所に辿り着いた。
「し、志龍ここは?」
「ん? なんだと思う?」
「いやー看板に賭博屋とか書いてあるけどまっさかー」
ニコニコと俺に笑顔を浮かべてくる。
ハハッ、──そのまっさかーだよ美穂君。
「⋯⋯⋯⋯嫌だァァァァァ!! 行きたくないぃ!!」
「お、落ち着け美穂! ほら、飴ちゃんあげるから」
だいぶ昔に話したと思うが、美穂はゲームが大好きだ。いや好みというよりセンスがあると言った方がいいだろう。
彼女がネット上の大会で優勝したゲーム分野、FPS、ACT、RPG、STG、ect⋯⋯。例を挙げたらキリがなくなる。え? FPSとSTGは一緒? そりゃすみません。
ま、まあ話を戻す。伝説は三日前に始めたFTGで玄人達が参加するゲームに一人初心者として参戦して優勝した。
その時彼女はこう言った──
「作戦練ろうが、戦術考えようが、敵の動き読もうが、プログラム改変しようが関係無い、要は一番技術が研ぎ澄まされたやつが勝つんだ、勝つべくして勝つってのはこーいうことよ」
ねーさんマジパネェっす。
だがそんな彼女ですら苦手とするゲームがある。それがこの賭博だ。
イカサマってものを知らない彼女はトランプ、ルーレット、パチンコ、スロットなどのスマホゲーム、一回たりとも俺に勝ったことが無い。
何故負ける? 至極簡単で真っ当な話、彼女はギャンブルを運ゲーと考えているからだ。いやギャンブルが運ゲーってこと事態を否定するわけでは無いが! 然し、全て運って考える事は否定しよう。
そりゃ負けるよ、なんせギャンブルなんて完全無欠な運ゲーな訳が無い、そんな事あってたまるかだし、それならパチンコ屋は破産する。
だがもう一つあえて言わせてもらおう、FPSだろうが戦略ゲーだろうが所詮運ゲーに変わりないとな!
FPSを例に挙げよう、君は初心者としてこのゲームに参戦した。全くルールは分からない、理解していることは殺せばいいその一点だけだ、だが外に出れば目の前にはニコニコと殺意剥き出しの笑顔をした『初心者専用初見殺し』が待ち受けているわけだ。
そしてここまでの話で君は理解する、殺せばいいって考えるだけなら一人で十分だと。
なら初見殺しを相手にどうもワンキルを取る? きっとこう考えるはずだ籠城作戦をな。
そして君は見事ワンキルを取りました。
するとなんていうことでしょう! キルされた方から御丁寧にもメールが届いているじゃありませんかー、開けてみるとそれはそれはなんということでしょう!!
『イモリクソ初心者はゲームやめて死ね!』
とてつもなく辛辣でとてつもない誹謗中傷を書かれる事でしょう。
然しここでもう一度考えて欲しい、籠城してワンキル取ったらキレられた。──いや理不尽すぎじゃね?
仮にもし君が外で彼と戦って勝っていたらこんなメールは送られてこなかっただろう。でもイモリをしたら送られた。
──同じワンキルでも扱いが違いすぎません?。
あんまり俺は詳しくないが暗黙のルールだとかそういうのがあるのかもしれないが、俺から言わせると所詮暗黙のルールなどルールに入りはせんわァ!
手前らが決めたルールだろそれ、そんなの運営は知ったこっちゃねーし、初心者も知ったこっちゃない、それが広まりきっている、例を挙げるなら『高校野球男児は坊主にしなくちゃいけない』等のテレビ等で見たらわかるものならまだ分かる。
だが、所詮ゲームのルールなんぞやっていく上で知っていくもの、それを押し付けようとするなんざ馬鹿の所業にすぎんよ!
FPSなど戦略とか建てようが奇抜な行動、意図しない所に敵が居たりしたらそれでもう無理ゲーと化す、言っちゃ悪いが運ゲーの一種だ。暴論か? いや違う、ゲームをもっと単純に考えず計算だとか色々と難しく考えるからこれを運ゲーを認めずこれは戦略ゲーと考えるんだ。
そのセオリーに囚われそれを定石だと考える輩はそれでも尚こう言う。
「心理的誘導、経験による感ect⋯⋯」
俺はこう言う輩に会って子供のように目を輝かせて笑顔でこう言ってやりたい。
『凄いっすね! 心理的誘導って心読めるんすか?!』
────何を言おうが人なんざ心が読めるわけがない。心が読めたら世界はもっと単純になる。人は無言の意思疎通ができるようになる。痴漢はなくなる、恋愛ゲーはヌルゲーやクソゲーと化す。俺は童貞じゃなくなる。
今それが出来ているか? 断じて違うね! だって俺童貞だもん!
どうだ! ここまでの俺の詭弁は! 清々しいだろ! 褒めてもいいんだぞ! 志龍さんてんさーいって言ってもいいんだぞ!
え? 大事な部分の説明が抜けてる? んなもん知るか、言いたいこと言えたからこちとら満足なんだよ。
「あ、あのー志龍? 何考えてるのか分からないんだけどそろそろこの一秒たりとも居たくない場所に行かなければならない理由を教えていただけませんかぁ!?」
おっと、大事なのはそれだったかな? いや違うかな?
「ある情報が欲しいのさ、それを手に入れるためここに来た、あーゆーおーけー?」
「え? 情報なら人に聞けば⋯⋯」
「美穂さっきの事があったんだぜ、「教えて欲しけりゃ嬢ちゃん達置いてけ」って言われるに決まってるだろ」
「その時は志龍が痛めつけて無理矢理吐かせればいいんだよ」
「どんな鬼畜の所業だよ⋯⋯」
ドン引きするが、体勢を立て直して俺は詳しい説明をする。
「向こうはギャンブル好きだ、ならそれを利用すればいい、賭け金と情報、ゲームなら成立する賭けだ」
「だ、だとしても負けたら⋯⋯」
「ん? 負けねぇよ。美穂、俺がギャンブルで負けたことあるか?」
「な、無いけど⋯⋯でもギャンブルって運ゲー⋯⋯」
「そりゃそうさ、だがな俺が今からするのは定石でも何でもねぇ、ゲームをゲームじゃなくすんだよ」
「え?」
「見とけよ」
俺は勢いよく扉を開ける。
一斉に酒を飲んでいる男、ギャンブルをしている男とかがこちらを見てくる。
俺はまず人を選ぶ、ギャンブルが上手そうなやつを見つけ出しそいつの元へ向かう。
「何しに来た?」
「見ての通りギャンブルだ、ゲームをしに来たのさ」
「ぷっ、ハッハッハッハッハー! お前面白いな、俺に挑むってか? やめとけ自慢じゃないがここら辺では一番強いぜ俺は」
「そうか、俺も負けたことねーんだわ」
ヘラヘラと答えると、打って変わって表情が一変した。
「賭け金は?」
「さっすがー話が早いねー、お互いの賭け金はこっちが決める、俺はここにある金貨言い値で渡そう」
「ほぅ、んで俺は?」
「ある情報を」
「? 情報?」
「ああ、何でも『ヘパイストス一派』の職人が一人まだこの街にいるらしい、俺はそいつに用があるんだ、居場所を教えてくれ」
「んぁ? あの大馬鹿者を探してんのか? そんな情報くれてやる、南に行って一番奥の少し古い工場みたいな所に住んでるよ」
「え? いいの?」
「んなもん情報の内に入らねーよ」
「そ、そうか」
おい、初手からミスる大馬鹿者なんているか? 居たはここに!
なら次なるプランだ、どちらかと言うとこれはあまり出したく無かったのだが仕方が無い、切れる手としては申し分ないだろう。
「んじゃー変えるぜ、但しこれは俺の賭け金も変える、ここにある金全部だ!」
「「「はぁ!?」」」
正気を疑うだろう、だがそれくらいの情報なのだから。
「にーちゃん中々度胸あるじゃねーか、なら教えてもらおうかそんくらい価値がある情報ってやつを」
俺は静かに目を閉じる、大丈夫だ、いける俺ならできる、そうだよな志龍。
「ここに巣食っている黒魔道教の居場所、やつらの最大の裏市場、そしてそれに至るまでになった歴史を洗いざらい教えてもらおうか」
ピクっと眉が動き、目に火が灯る。
「⋯⋯確かにそりゃ金貨全部じゃ無いと足らねえよな」
「だろ」
飛びっきり嫌らしい笑顔をする。
「ここまで餓鬼に言わせといて逃げるってのは良くねえよな」
向こうも笑って返す。
「いいぜ乗った!」
さあ異世界で戦った後は何だ? ギャンブルだ!
さあ始めようか! ゲームでなくなるゲームを!




