第1章 第60話 序章 新たなる航路の道①
次なる町に向かう為に準備を進めていた。
少し後日談を語ろう。
まずプレアは殆ど喋らなくなった。というか喋れなくなった。
毒を取り除いたのではなくあくまで馴染ましたようなもの、慣れを与え流れに身を任せるその影響で口数が減ったと言うより無くなった。
致し方なくと言うと痛まれる言い方、これしか方法がなかったと割り切る他、俺達に出来ることは無かった。
クレナさん曰く。
「これは⋯⋯えげついもんもろたな、生きてるか死んでるか分からんよ」
──人形、美しく飾られた人形のように何も語らず、何も語らせず、ただそこに佇んでいる存在となった。
「早い話手詰まりや、人形を魔法で人間にしろって言ってるようなもんや、うちにはすまんけど方法は分からん」
──すまんなと付け加えて説明してくれた。
詰み、そう言われた。言われても致し方がない状態ではあった。だがしかし、俺達もこれでは終わらない、次なる方法を探し求める、その為にも怠惰との接触は必要かもしれない。
──前に、ただ前に進もう。それが使命だから、それが出来ることなのだから。
ここ2日間程埋葬や諸事情により一切の身動きが取れなかった。色々なお偉いさんが一気に俺達の元へ詰め寄ってきた事に関しては学園長やらクレナさんが取り合ってくれて何とかなった。
然し、ここであった大ニュースとして取り上げるのならこれしか無いと断言出来る。「白い世界」が消えたという事だ。
──翌々日に1人で向かうと天を覆い隠していた白い天井が消えて無くなり死霊達もいなくなっていた。或いは元から無かったかのように。
「⋯⋯どういう事だ?」
──疑ってしまうほどに前とは様子が違った。話したり全面的には出してはいなかったがあの戦いの最中は嫌悪感などが酷すぎて吐き気も覚えたほどだった。
それでいて何事も無かったかのように俺達をまた違う世界で向かい入れた。
──過ぎた話として割り切るべきなのか否かはよく分からないしもうここは壊滅した王国。いや壊滅をしていたのが無理やり継ぎ止められていて糸が切れたと言った方がいいだろう。
「ん?」
帰ろうとした時そこにエルフの老人が立っていた。
──先刻までいなかったのに何処から? その疑問と眼光から迸る鋭い威圧感が臨戦態勢にさせた。
彼が1歩歩く度に冷や汗が流れていく。2歩3歩と近づいていく。異様な緊張感がその空間の中で張り詰めていた。
そんな俺を彼は何ともないかのように通り過ぎていく、──その最中。
「ふむ、今殺すには勿体ないな」
──心臓が抉られ、四肢をもがれ、顔を吹き飛ばされ、内臓を抉り出され、消し炭にした。
5回、その場で5回意識の中で殺された。何度も抵抗した、自分が出来る本気を何度もぶつけた。全て防がれ、躱され何も出来ずに俺はその場にへたりこんだ。
死の恐怖が全身の細胞、血液、骨の髄、何から何まで襲った。──人生で初めての体験だった、自分より圧倒的にレベルが違う敵との交戦というか一方的にやられただけだった。
「な、なんなんだお前は⋯⋯」
「小僧、まだ知らなくていい事だ」
そう言い俺を後にした。
「いずれ知る、大きな絶望と共に天災はやってくるのだから」
それ以上は何も語ることが無かった。何もされずに殺意と恐怖とイメージに圧倒された俺はその場から1時間は動けなかった。
その後、1時間も帰ってこなかった俺に怒鳴り声を撒き散らそうとした美穂だが俺の顔を見ると余っ程顔色が悪かったのだろ一言も言わずに俺をソファーで寝かしてくれた。
一夜、俺は誰とも喋ることが出来なかった。
今日になってやっと冷静さを取り戻し何とか平静を保つことが出来るようになった。
皆もいつも通りの態度をとってくれたので有難かった。ハルと荷物の整理をしている時、無言で黙々とやっていたのだが突然口を開いた。
「何があったんだ?」
ずっと聞きたかったんだろ、昨日の俺の調子からして何があったのか全くわからなかったし、俺も昨日は喋る気がなかったのだから。
今日になって喋ってもいいだろうと思って俺は昨日の事を打ち明けた。
「し、志龍が負けたって⋯⋯?」
「負けたっつーか殺されただな、それも5回」
そう言って俺は吐き捨てるように──
「手も足も出なかったよ」
ハルはこれ以上何も言ってこなかった。
悔しいとかそんな感情は一切出てこなかった、無意識にこの戦いでその程度のレベルにまで達していなかったと判断されたんだろ、「やられた」その言葉しか出てこない。
「志龍」
真剣な眼差しでハルが俺を呼ぶ、只事では無い雰囲気だったので真剣な表情を崩さずに聞く。
「昨日の月詠の所での風呂で良いのが撮れた」
「ほう」
確かに只事じゃ無かった、いや今の俺にとってこれは最優先事項だ。
「シフォン、プレア、美穂のスリーショット、どうだ?」
美しい彼女らの下着姿が収められていた、いや! 納められていたのだ!
全く、ハルお前って奴は本当に──
「相変わらず良い仕事をするな」
最高だぜ。お前と出会えて良かったと心の底から思っている。
「へへっ、あったりまえだろ」
得意げに鼻を鳴らす。
「1枚幾らだ?」
「500円でどうだ?」
「買った!」
「毎度!」
「へぇー私も1枚貰おうかしら」
「俺も欲しいなー」
⋯⋯⋯⋯ヤバイ、ヤバイデゴザイマス。
鬼の形相? 馬鹿をぬかすな、あれは鬼ですら土下座もしくは泣いて逃げていくものだ。
2人は満面の笑みと満天の殺意を此方に向けている。
「ハハハ、ド、ドウシタンダイ」
「ソ、ソウダゼ」
「えー私達はそれを買いたいって言ってんのよ腐れ外道共」
あ、やっばい1番入ってはいけないモードにしてしまった、お隣のシフォンを見る。
「こっち見んなキショい」
シンプル・イズ・ザ・ベスト、心が、俺の心が傷んでいくっ!
そんなゴミを見るような目止めて下さい、いや無理ですけどね、10:0で僕らが悪いっすからね。
「ごめんなさい」
「すみませんでしたぁ!」
「志龍は2ヶ月小遣い無し!」
「ハル、てめぇは暫く俺の荷物持ちだ」
「「⋯⋯⋯⋯はい」」
それぞれが罰を言い渡され男二人は項垂れていた。
「さて、これからの予定を言うぞ」
皆を集めてミーティングを行う。
「クレナさんから手に入れた情報によると最近ゴラフ王国に黒魔道教の奴らの目撃情報が多く中には司教らしき人物の目撃証言もある。俺達はゴラフに次向かう」
「ゴラフって工業が盛んなあそこか?!」
「その通りだ」
「マジかよ!」
ハルのテンションが滅茶苦茶上がった。ゴラフは工業が盛んで名のある刀職人が数多く居る。
他に何か悪い噂が⋯⋯忘れてしまった。
「うわぁー! メイテツ家を見に行こうかなー、いやあえてここはコテツ一派かなー!」
名のある職人の名を遊園地に向かう最中に何を乗るか考える子供のようにわくわくしながら言っていた。
まあ悪い噂なんてなんとかなるだろ。
「まあそういう事は着いてから考えるぞ、もう荷造りは出来ているから5分後出発な、遅れんなよ」
そう言って俺は自分の荷物を持って外に出ようとすると。
「ああぁぁぁ!!」
けたましい叫び声が聞こえた。何事かと思って振り向くとシフォンのハンドナイフが根元から折れたのだ。
──それはまるで次の戦いの予兆を示しているようなものだった。
シフォンはしょんぼりと下を向いていた。
「ま、まあ形あるものはいつか壊れるって言うだろ、なあ志龍」
「お、おうともその通り、仕方がなかったんだよ」
「⋯⋯」
「し、シフォン元気だしてよね」
プリテンシ王国から出て次なる航路を歩んでいるが少し雰囲気が気まずくなっていた。
仕方が無いって言ったら仕方が無い、シフォンが大切にしていた武器が折れてしまったもの。
因みに話は変わるがこれからの航路はゲートを使う事が不可能となった。理由は多々あるが1番はゲートの使用によって黒魔道教に位置がばれて逃げられるのを防ぐ為、今回それでバレた可能性がある為この方法をとる事にした。
まあ歩いて3日もかからない所にあるので問題は無い。
⋯⋯然しどうしたものか、機嫌を治すには。
「ハル、何かいい方法は無いか?」
「んな事言われたって⋯⋯あ、いい事思いついた!」
そうハルは言ってシフォンの目の前に立って皆を集める。
「少し進路を変更する、次に向かうのはこの先にある『ドルフの鉱山』に向かう」
「ドルフの鉱山?!」
『ドルフの鉱山』ドルフ高原にある鉱山でそこには質の高い金属が多く埋まっているという別名『死人山』何故この名称で呼ばれるようになったかと言うとその山の奥にある最高の金属、『クトゥルフの鉄』これを求め訪れた者を片っ端からこの山の主「グラン・ベリオロス」と言うドラゴンが殺している。
そこに俺達も向かおうという訳だ。
「な、何言ってんの?!」
「いやーこれで武器の問題も解決だぜ!」
「そーいうことか」
「お、分かったか志龍」
──まあ要はそこで少し金属を採取してそれをゴラフで鍛治職人に打ってもらう寸法だろう。
俺もこの作戦には賛成だ。美穂も、
「あ、それならオッケーね」
とあっさり承諾してくれた。横でシフォンがあたふたと慌てている。
俺は人差し指を立ててドヤ顔をしながらシフォンを見る。
「団員の戦闘能力の向上はプラスになる事、それは団長として是非ともして貰いたい。どうかな?」
「顔うっぜ!」
ちょっと違う視点から切れ込みを入れられて、俺の心も若干と言うか、か! な! り! 傷付いた。
「ま、まあそれなら⋯⋯」
と渋々というか何だか恥ずかしそうに承諾してくれた。
よし! とハルがガッツポーズをして向かう事にした。
まあドルフの鉱山自体は少し進路を西に変更すればいいだけの話でここから10分足らずで着く、ほらもう見えるもん。
「どの金属使う?」
「え? どのって良いやつがいいな」
「それならクリフ鉄かレンドル鋼かな、あ、一層のことクトゥルフの鉄を取るか!」
冗談めかしにハルが言うとシフォンが目を輝かせる。
「え? いいの! それにしよ! 名前かっこいいし!」
「え? あ、ああいいぜ!」
思いもよらない返しをされて若干困惑していたものの威勢を張るかのように胸を張った。
「やった! 約束だぜ!」
「おうとも! 任せろってもんだ!」
何勝手に話進めてんだあんにゃろうは。
「おい、クトゥルフの鉄ってお前グラン・ベリオロスと戦うつもりか?」
「ま、まあいざとなったらそうなるだろ」
「阿呆か! てめえグラン・ベリオロスって言ったら序数ランクSの災害ランクBだぞ! 何で黒魔道教でも無いのに戦わなくちゃならないんだよ!」
因みに序数ランクとは第二の世界に居る敵モンスターの階級でE~SSSまで存在する。SSSは神竜レベルのモンスターで1匹で王国の自然を変えることが出来る、まさに神の所業をやってのけるレベルだ。
あ、後災害ランクは暴れたりして世界に影響を及ぼすレベルのモンスターを序列化したもの、B~Sまで存在する。災害ランクSより上は天災と呼ばれ神竜達はそちらに分類される。
少なくとも序数ランクSでもかなり強い、倒せば報酬で1000金貨が渡されるくらいだ。これだけで暫くは遊んで暮らせる。
因みにモンスターはやられた時にドロップアイテムと呼ばれる体内に元から宿している希少なアイテムを持っている場合がある。それを換金すると結構良い値が張る時も少なからずある。まあピンキリだがな。
話を戻そう。俺達はそんなモンスターを相手にしようとしてるのだこの馬鹿のせいで。
少し頭を抱え込む。まあこのパーティーで倒せないことは無いしどうせやるなら⋯⋯はぁ、と思いっきりため息をついてしまう。
全くもう、この団は全員お人好しなんだよな。まあそれでバランスが取れているわけなんだがな。
「無謀と判断したら止めるぞ」
「分かってる」
「なら倒すぞ、暫くの宿賃も欲しかったところだし」
「よっしゃー!」
いつまでも子供のようにはしゃぐハルを見て「若いっていいな」と3人が思っていた。まあ同い年なんだけどね⋯⋯。
こんなたわいもない会話をしているともう着いた。
「ここが⋯⋯ドルフの鉱山」
鉱山とはもっとなんか油臭いイメージがあった。然しそんなイメージは払拭された。
貴金属によって光り輝きまるでイルミネーションの様に幻想的な輝きを放っていた。
神秘で作られたもの、うっとりと心が奪われてしまいそうになった。
「す、すげぇな⋯⋯」
「ああ、それ以外の言葉が出てこねぇ」
「綺麗⋯⋯」
「こりゃやべーな」
それぞれが思い思いの言葉を呟く。それくらいここには価値があった。
だが目標の事もある、のんびりとはしていられないのでぱっぱと終わらせる為早足で奥に向かう。
鉱山と言っても小さい山が無数に存在し、言うなれば山の森とでも名ずけられるだろう。
その山々の一番奥にクトゥルフの鉄を採掘出来る場所がある。
「──待て」
戦闘を歩いていた俺は皆を止める。目の前の曲がり角から気配がする。暫く睨めっこをしていると向こうが折れたらしく現れた。
「ゴーレム」
岩で作り上げられた頑丈皮膚と巨躯、3mは有にあるだろう。
然し、序数ランクD。つまり雑魚だ。
「1音 射音」
「グゴォ?!」
初心者用の武器の刃は通さないし、中級者向けの武器でも中々その皮膚は断ちにくい。
皮膚が頑丈? ならば押せば良い。音は中心を撃ち抜き体の芯までダメージを伝える。
「ゴォ⋯⋯」
断末魔を上げその場に倒れ込んだ。
撥を閉まって、倒れたゴーレムの体から何かドロップしてないか見る。
ドロップアイテムはその地域に由来した物がアイテムとして出てくる場合が多い。例えばこの様な鉱山なら鉱山に関係した鉄や貴金属などアイテムが出てくる。
今回は当たりだった。
「お! カラ岩とクリフ鉄、この重量だったら金貨1枚と銀貨3枚だろ」
クリフ鉄はあまりドロップしない事から希少性が高く武器としての性能もいいから高く取引されている。
「これで一先ず、周囲には敵はいない」
「進もう」
一通りドロップアイテムを取ったので一行は進む。
何も喋ることが無いので無言のまま進んでいるとシフォンがふと「あのさー」と言った。
「どうかしたのか?」
「魔導騎士団ってなんかダサくね? 俺も加わったしネーミング変えようよ」
「んー」
俺が悩んでいると隣から美穂が「私も賛成」と言って少し愚痴った。
「前から思ってたのよ、絶妙にダサいの」
一理ある、然し名前変更って言ってもそんな急に良いのが浮かぶってわけでもない。
元よりそんなものはあまり得意では無いので無い頭を捻っても出てこな──。
「『ロストメモリーズ』」
自分にしてはいいセンスだと思った。然し世間の反応は厳しいものだった。
「ダサいっていうかマイナス過ぎない?」
「ちょっとそれは無いわー」
「俺も同感だ」
と皆して言うもんだから俺もムッとした。
「なら自分らで考えてみろよ」
そう言うと3人は頭を捻らしていた。
シフォンが何か思いついたらしい。
「猛き意志を宿す家族、『ウィル・ファミリア』ってのはどう?」
皆がおぉ! と完成をあげる。
「かっけぇー」
「センスがいいねー」
「かっけー!」
そういう事で俺達5人は『ウィル・ファミリア』と名乗る事になった。
──そうこうしているうちに最深部に着いた。
然しお目当ての金属はあってもグラン・ベリオロスは居ない。
「ラッキー」
好都合だとハルが少し山からはみ出てるクトゥルフの鉄を取ろうとする。
空が、俺達を覆う大きな影が現れた。
「っ! ──上から来るぞ!」
空を見上げる。そこには1匹の龍がいた。白銀の体毛は天高く舞い上がる事で輝きを増し、気高く「縄張りを荒らすもの」を睨みつける。
山頂から俺達を睨み下ろし戦いの意を示している。
──序数ランクS ドルフの鉱山の主 『宝石龍グラン・ベリオロス』──
その姿はまさに輝く宝石そのものの美しさと、情熱的に輝く獰猛さを持ち合わせていた。




