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第1章 第58話 序章 一度目の終焉、終わりは新たな始まりと絶望を告げた

 ────体を起こす、まだどうにもならない体の重たさが起きるなと告げているが自分自身に鞭を叩いてどうにかした。


「とは言え俺一人で城に道場破りしに行く訳にも行かねえしな」


 ────道場破りならぬ城破りってか。

 クソつまんない冗談を挟んだところで先程(さきほど)のアダムスとの戦い、そして視野(しや)を広げ周りを見渡してみるとあちらこちらに大きな戦いの跡が残っている。

 それを辿っていけば多分一人づつではあるが合流はできるだろう。


「さーて何処に行こうかなー、右かなー左かなー、真ん中かなー」


 左にしよう。

 教訓(きょうくん)である思い立ったが吉日という言葉通り(絶対言葉通りでは無いがまあ良しとしよう)にその道に進む。

 そこは一際(ひときわ)大きな戦闘があったように見える。あちらこちらに自分が戦っていた場所より大きな穴や跡がある。


「戦ってると何も聞こえないもんなんだな」


 実際(じっさい)そんなに場所的には離れていなかった、それでもその戦いに気が付かなかった。

 日常生活でこんな事あってみろ、5キロメートル先でもビックリして気がつくぞ。


「しっかしまあこんな派手な戦いをやったのはどこのどいつだってんだよ」


「ここはドイツじゃねーよ」


 横を向くと底に血だらけで倒れているシフォンがいた。


「んなこった分かっている、って大丈夫か?!」


「お、ツッコミさんきゅー、まあ大丈夫だほらヒーリングかけてくれ」


「『福音(ふくおん)』」


 傷が全て(いや)される。


「おお! すげ!」


 子供みたいにはしゃぐ有様(ありさま)だ。

 さて彼女も回復した事だし聞くか。


「ここでどんな戦いがあったんだ?」


「見ての通りの有様だって言っておこう」


「まあ客観的視点(きゃっかんてきしてん)から見るのであればその説明だけで大丈夫だ、でもなシフォン、これは一人称(いちにんしょう)だ、もっと具体的に言ってもらえないか?」


「そこまで突き詰めるかお主は」


「ああ勿論(もちろん)


「はぁ、軽くストーカーだぜ、まあいいや結構きつかったよ、あの体格でアダムス以上のパワーを持ち合わせてるんだぜ、クレーターみたいなのは全部あいつが空ぶったもの、ほぼ無理ゲーだっつーの」


 最後の言葉は吐き捨ててはいるがそう言った。

 然しアダムス以上のパワーを持っているなら正直──


「俺の方が向いているって思ってるだろ志龍」


 正解だ。


「まあな、単純な力比べ勝負なら絶対俺の方が確率は高いと思うんだ」


「勝負に確率論(かくりつろん)を持ち込むな、勝負なんて五分五分、いくらお前が言う確率論で勝率が高くとも負けることだってあるし、俺が勝つこともある、だから軽率にそんなんするもんじゃねーよ」


「⋯⋯すまん」


 暴論(ぼうろん)に言いくるめられた。


「まあそれにあいつを倒せるのは俺しかいないしな⋯⋯」


「それはどういう────」


「気にすんな、いつか分かる」


 何かとんでもないものを彼女は抱えてるように思えた。

 それ以上にもう結構時間が経っているように思えた。


「ここにずっと居ておく訳にもいかないしそろそろ向かうか」


「そうしよう」


 元来た道を辿って戻り門の前に着く。

 全員集まっていた。

 普通ならみんなで喜びあって「さあ魔王を倒しにひと狩りいこうぜ」みたいなノリになるのだろう。

普通(ノーマル)」であれば。

 それは正しく異常(アプノーマル)だった。

 美穂は泣き、ハルも泣き疲れてぐったりとしており、プレアは完全に心を失っている目が虚ろになっていた。


「な⋯⋯何が起こったんだ⋯⋯」


「まじかよ、やられたなあいつの『触れぬ致死の猛毒 (アンタッチャブル・デスポイズン)』」


「なんだそれ?」


「彼が持つ毒の名さ、それは触れることが出来ない、体に入れば猛毒になる、防ぎようの無い毒」


「そ、そんな⋯⋯解毒剤は無いのか?!」


 ハルが必死に懇願する。


「無いと言えば無い、あると言えばある」


 曖昧な返事だ、ハルはそれを聞いた瞬間胸倉を掴もうとした、必死に制止する。


「やめろハル! 気持ちは分かるがそれはダメだ!」


「るせぇ! なんだよその気の抜けた返事は! ふざけんなよ!」


「⋯⋯すまん、でもそう言うしかねーんだよ」


 少し間を置く。


「あれは平たく言えば悪口だ、そう、あんな名がついているが実際プレアがされたのは悪口を叩かれただけだ」


「なっ⋯⋯」


 ──ハルも美穂も俺も言葉が出ない驚きにあった。


「驚いたろ、でもな悪口だって立派な武器だぜ、悪口や陰口一つで人間の心を折るなんて簡単な話だ、でもこれはそれの強化バージョン、致死とは言うが死にはしないまあ自殺をしない限りの話だが」


 ──だけれども、と言ってシフォンは少しプレアを見て気の毒そうな顔をした。


「心を完全にバラバラにされている、そして大事な部分を奪われている、例えるならそう完成したパズルをひっくり返された挙句(あげく)5個ほどピースを盗られたって感じだ」


 それはつまり──


「治らないって言うことだ」


「くっそがぁぁぁ!!」


 ハルが地面に拳を叩きつける、皮膚が割れ地面に血が染み込む。

 美穂は更に泣きわめく。

 ──俺は拳を握り締め血が滲むくらい唇を噛み締める。


 ──悔しい。何が悔しいって手に届くものが救えないという事だ。拳を震わせ自分の情けなさに腹が立つ。


「こればかりは俺の完全な落ち度だ⋯⋯すまん本当にすまん、伝えておけばよかった心配ないって思って油断してしまった」


 シフォン自身も肩を震わせ固く拳を握っていた。


「お前が教えとけば良かったんじゃねーのかよ!」


 行き場の無い怒りをシフォンにぶつける。

 彼女は唇を結い言い返す言葉も弁解も無くただハルの怒号を受け止めている。


「なんで⋯⋯なんでこうなるんだよ!」


 ────くっそが⋯⋯と言い残してその場にへたりこんだ。

 俺は考えていた、100%では無いがプレアを救う方法を、何処かに落とし穴が無いか。

 ──悪口、悪口か、俺もよく美穂に言われたものだ。

 何度か本当に心が折られる様な暴言も吐かれたな、その度にハルに慰めてもらったな。


「志龍、それも愛情表現の1つだぜ」


 全く、よくもまあ昔はそんな事で言いくるめられてたな。

 少し最近は丸くなったけど──ん? 言いくるめられた────


「⋯⋯あ、」


 下を向いているシフォンの肩を掴む。


「なあシフォン、その毒って心を完全に折るだけの悪口なんだよな!?」


「え? ああそうだけど⋯⋯」


「志龍、何する気なの?」


「美穂、いけるぜプレアを救う事が」


「ほ、本当?!」


「本当か志龍!」


 ハルが飛び込んできた。

 息が荒いので落ち着かせる。


「救うって言い方は少し間違っているかもしれない、いやこれは単なる荒治療に似た洗脳まがいのもんだ」


 全員驚いていた。そりゃそうだろう、だって洗脳なんて聞き覚えの悪い言葉だ。


「洗脳なんて自己暗示に似たもだそれを他人の力を借りてやっているだけだ、他人暗示とでも言っておこうか、それに成功するかなんて一分あるかないかだ、それも俺達じゃ出来ねぇ、ハル、お前しか無理だ」


「お、俺か?」


 予想外という表情をしていた。


「お前以外適役はいないよ、悪い言い方になるかもしれないがプレアの好意を利用するからな」


「ど、どういう事だ?」


 ハルを少し遠くに連れ出しす、そこでするべき事の趣旨を伝える。

 全て伝え終えたところでハルは俺の顔を殴った。


「ふざけんなよ! そんな事出来るわけないだろ!」


「するしかねーんだよ」


「他にもっといい方法は──」


「それを探してる間に手遅れになったらどうするんだよ」


 声を低くする、ハルがぎょっとした。


「応急処置みたいなものだ、それでまだ少しマシな方に傾けば何とかなるかもしれない」


「でも⋯⋯」


「でもだってで恋人を諦めんのかよクソ野郎!」


 逆に殴り返す。

 盛大な音と共に吹っ飛んでいった。


「それで手遅れになったらどうするんだよ?! あ?」


 胸倉を掴んで怒鳴り散らす。


「少しでも高い可能性にかけてみろや! 助けたいんだろ!」


 手を離す、ハルはズボンに着いた埃を払う。


「1つ聞くぞ」


「なんだ?」


「助かるんだよな?」


「見込みが高いだけだ保証は出来ない」


「それでも1番高いんだよな」


「俺が思ってる中ではな」


「⋯⋯かけてみるぜお前に、プレアに」


 俺は手を振って彼の決意を背中で受ける。


「そうか、なら頑張れよ」


 ヒラヒラと手を振って俺は後にする。

 まだやり残していることがある。


「戻ったぞー」


 呑気な返事をするとそわそわと挙動不審な2人がいた。


「行くぞお前ら、どうした? オシッコか?」


「「しばくぞ!」」


 ────おかしい、しばくぞは実行に起こさず脅迫だけの意味のはずなのになんで殴られてるんだ?


「それにしばくは平手打ちとかの事だ! 殴るなら殴るぞと言えよ!」


「あらごめんなさい」


「素っ気な!」


 冷たい返事をされて少し落ち込もうとするってそんな時間は無い。


「行くぞ、時間は刻一刻と迫ってんだよ、幹部とか外部から押し寄せられたりしたらたまったもんじゃない、速攻でケリつけるぞ」


「おう!」


「うん!」


 いい返事が聞こえた。


 目の前の門を見据える。

 でかく魔王の城の前っていう雰囲気を出している。

 ⋯⋯やっべー、めっちゃ楽しみになってきた。


「さて行くとするか」


「ええ、そのつもりよ⋯⋯」


「おう、行こうぜ」


 門をそろりと開け───。


「ドゴォーン!」


 ⋯⋯俺は真ん中に立っていた、両の手で門を開こうとしたら空気を押した。無論そんなもの押せるわけないので前に倒れ込んだ。

 門といえば2つとも綺麗に吹き飛ばされていた。


「うぉぉい! お前RPGやった事ねーのかよ! ここはゆっくりと開ける場面だろぉ!」


「馬鹿言ってないで行くわよ」


「⋯⋯はい」


 華麗にスルーされた。


 中を見ると案外小綺麗なものだった、埃一つ床に落ちていない、本の整理もしっかりしている全くもう──


「黒魔道教って元掃除業者の人でもいたのかな?」


「阿呆な事言うなって────志龍」


「ん? なんだ?」


 俺はこの状況をそれとなく理解していて、美穂もそれとなく理解していた、その理由は──


「この状況あんたの予想が当たってたってことでいいの?」


 無表情に俺は城の中を見渡す。

 確かに小綺麗(こぎれい)で生活感はある、然しそれも数日前 (まで)のものだ。

 人の気配も無い、恐らく逃げられたんだろう。


「え? どういう事⋯⋯」


 シフォンが1番動揺していた。



「まあそうなるわな、俺だって本当なら面をくらってる所だろうしな」


「⋯⋯知ってたの?」


「いーや仮説を立ててただけの話だ」


 立って話すのも疲れたし近くにあったソファーに3人座り込む。


「少し前怠惰と死霊(アンデッド)を通して話したんだよ」


 その時は自分自身そんなに違和感と呼べるものを感じてはいなかった、然し段々と不思議に思えてきた。


「なんで直接会いに来て直接対決をしなかったんだろうってな」


「そんなの負けるからじゃないの?」


「あくまでこれは仮説の話だ、それに向こうに地の利もあれば夜だった、俺にとっちゃ超絶不利な状況に追い込まれてたって訳だ、攻めても構わないって思ってたんだがな」


 ──それに。


「神の試練とやらにここで俺達と戦うっていうのは無かったんだろ」


「何? その神の試練って」


 美穂がこれに食いついてきた。


「怠惰が言っていた事だ、多分神とやらを復活させるのに必要な出来事なんだろう」


「ふーん」


 思ったよりも無反応だった。

 手を叩き話を切り替える。


「まあ居なくなったものは仕方がねぇ、切り替えて探すぞ───」


 突然右の頬に痛みが来た。目の前を見ると美穂がそこに体をふるわせて立っていた。


「なんだ美穂?」


「なんだじゃないよ! なんで志龍はそんなに冷静にいられるの?」


「団長だからじゃないか?」


「ふざけないで、志龍このままじゃ死ぬのよ!」


 美穂が危惧していること、──そう、俺にかけられた呪いだ。


「何でそんなに自分の事を気にかけないの?」


 ──もっと自分を大切にしてよ。と言うと崩れ落ちた。

 ⋯⋯多分、美穂はあの日から気が気じゃなかったんだろ。

 ──おい、何で今俺は自分の事を他人事のように語ったんだ?


「ねえ、答えてよ、何でなの?」


「⋯⋯⋯⋯」


 答えられない、いやこの質問に俺自身の心が(こた)えられない。

 何でだ? 何でなんだ? 自分を騙しているんだ?

 詭弁なら幾らでも思いつく、でも美穂に本心から自分の心に語れる気がしない。悪い事だ、そんな事分かっている、自分が一番してはいけないことをしている自信はある。

 ──それでも俺は美穂の心を優先したい。

 大丈夫、演技をしろ、美穂が安心できるように、俺は飛びっきりの嘘をつく。


「美穂ごめんな、俺自身もっと気にかけるべきだった、でももう大丈夫だもっと自分の事について考えるよ!」


「⋯⋯ほんと?」


「勿論」


「⋯⋯信用するわ」


 ──なんと言う他人事、素晴らしいマニュアル回答、まるでお得意様との飲み会をして目上の人を調子つかせる様な機械的対応(きかいてきたいおう)

 腹立たしいよ、自分自身が! そんな事でしか美穂を安心させることが出来ない! ああクソッタレが!

 俺自身の当たりどころのない怒りが心の中で爆発する。

 落ち着かせろ、俺は団長なんだ、こんな事後からで十分だ。

 ──心の中で深呼吸を3回する⋯⋯⋯⋯よし大丈夫だ。


「さて戻ろう、多分向こうも終わってるから合流して一度洋館で仕切り直しだ、次の手を打とう」


「⋯⋯ええそうしましょ」


「さんせー」


 心無しか女子達の反応が悪い。

 ──まあ気のせいだろ。


 ──全く馬鹿な考えしか出来ないもんだよ。




 ハル達と合流する。


「おう、早かったじゃねーか倒してきたのか?」


「こんなに早く倒せたら楽なもんだよ」


「まあそりゃそーだよな」


 ハルの反応も悪い──まあいい、俺は隣のプレアを見る。


「⋯⋯成功した感じだな」


「まあな」


「ねぇ、何をしたの?」


「それ、お前らだけで喋るから全然全容を知らないんだよ」


 まあ言い渋る様なことでは無いので一から十まで説明する。


「悪口を慰める、それをしただけだ」


「意味分かんない」


「よく悪口を言われたら落ち込むだろ? そんでそんときに慰めてもらったりしたら嬉しいし楽になるだろ、それの応用バージョンだ、要は壊れたパズルじゃなくて違うパズルを(あたか)も相手のパズルかの様に見せるんだよ」


「⋯⋯」


「言わば悪口を上から塗り替える感じだ」


「なっ⋯⋯」


 ハルは俯き美穂とシフォンは絶句する。

 当然だ、俺はただ当事者を救えるだけの話をして傍観者の事は何も考えていないのだから。

 だから3人がショックを受ける前提の話をした。

 それしか方法はないと思って俺は根本的な解決方法をこの場では必要無いと切り捨てた。

 それもまた俺は仕方が無いで片付けるのだろう。


「ぷ、プレア大丈夫なの?⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯大丈夫なのですよー⋯⋯」


 目は虚ろとしていて感情はまるで出さない。

 生きたマリオネットの如く彼女は道化と成り果てたのだ。

 美穂は口を噤む。


「⋯⋯1度戻るぞ」


 一同頷いて岐路を辿ることにした。

 戻った頃には辺りは薄暗くなり始めていた、赤く染め上がった空が何かとてつもない不安を煽る。


「ただいまー⋯⋯」


 誰も居ないのか? 返事は帰ってこないし何の音もしない。

 電気もついていなくて何も見えない。

 ──何故か不安が背中を襲う。


「何が起こってるんだ?」


 電気をつける、そこはまるでさっきの城の如く人っ子一人いない。

 ──異臭がする。

 食堂の方から異様な匂いが立ち込めている。


「お前ら少し待っててくれ」


 食堂の扉の前に立つ、俺は震える手でドアノブを握り恐る恐る開けた。


 ──ピチョン


 水のようなものが落ちる音がした。

 食堂の電気をつける。

 覚悟は出来ていた、何が起こったのか、いや起こってしまったのか、ある程度の予想はついた、でもまだ確信は無い、だからまだ可能性は────


「⋯⋯」


「ねぇ、そこにな、に、が⋯⋯」


 美穂は腰を抜かしてしまった。

 続くハルも何も言えずその場に立ちすくんだ。


「あ、ああ⋯⋯ァ」


 シフォンは声にならない声を上げた。


 ──悪い事は続くものだ。いやこれは予想外の事だった。

 この王国でも物語はバットエンドを迎えた。

 元生存者であった生き残りの人々の死体が無数に転がっていた。

 シフォンは体を震わせる、目に涙を貯め嗚咽を漏らす。

 美穂の元に縋りそれに気がついた美穂は彼女を抱きしめる。──結界が欠落した。


「あ、ああああああああぁぁぁ!!」


 一度目の終焉は新たな始まりと共に地獄の絶望を与えた。

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