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第1章 第57話 序章 弱くて薄弱で脆弱

 私は(つみ)背負(せお)っている。

 両親(りょうしん)裏切(うらぎ)った罪、友達を裏切った罪、国を捨てた罪、ハルを巻き込んでしまった罪。

 これは全て私が持つ最大の罪。


「罪無き人間など聖職者(せいしょくしゃ)であっても居ない」


 その通りだろ。どれだけ罪を嫌っていようとも、無くそうとしようともその人は必ず1つは罪を持ち合わせている。

 何故(なぜ)か? 簡単(かんたん)だ。

 ──それが人間だからだ。

 なら必ず持っているものを何故嫌う? これも簡単。


「自分が背負った罪に恥じらいを持ち、後悔を持ち合わせている、だから罪を嫌うんだ」


 人に何かを教える時は2パターンしかない。

 1つは自分の成功を伝える時。

 1つは自分の失敗を伝え、その道に進ませないようにする時。

 はっきり言おう、この2パターンの内8割は後者(こうしゃ)であると断言(だんげん)出来るだろう。

 だってそれくらいこの世界には罪が蔓延(まんえい)している。

 そうでなければ宗教(しゅうきょう)なんて必要無い、教えなんて必要無い。だって、「自分で全部出来てしまうからだ」

 まあこれこそも罪なんだろうけど、でも私的(わたしてき)には此方の方がいいと思っている。

 理想(りそう)を追い求め、それを叶えられる罪、なんて素晴らしい罪なんだ。

 後悔なんて何もしない、皆が幸せになれる罪。

 私はそれを追い求めている。

 だから罪を(さば)く。それが理想で無いから。

 短い物語だが、今回の戦いは理想というものが如何(いか)に罪で、弱いものかを教えられる戦いだ。


 さて、この話の入りみたいなのを言ったのでここで1つ、この戦いの後の話をしようと思う。

 私は負けました。勝って負けました。

 何を思って負けを認めるのかは人それぞれだとそれは分かっている、でもこれは完璧な負けだ。

 (さく)(おぼ)れて負けた──違う。

 完膚(かんぷ)無きまでに力で負けた──違う。

 そう、勝負として、肉弾戦としては私は勝ったと言えるだろう。

 なら何で負けた? ──簡単だ。

 相手と言う存在に負けた。

 私と言う意味を存在価値(そんざいかち)を、そして夢を完全否定された。

 言い様のない言い分、言い様のない悪意(あくい)、言い様のない彼の存在に圧倒された。

 負ける事が信念(しんねん)、だから私に勝てと言った。

 後で悟った事だがこの彼の信念を鵜呑(うの)みにしたおかげで私は完全敗北(かんぜんはいぼく)()したのだ。

 心を1度取り戻した時、自分が嫌になり、腹立たしく思え、自然と血が(にじ)むほど唇を()()める。敗北者に出来る事と言えばこれくらいしかない。

 ──他のどんな負け方をしても私はここまで悔しがる事は無かっただろう。だが奇しくも、その最悪が私の元にやってきたのだ。


(何処からどう見ても敗北者の面構(つらかま)えだな)


 彼に最後にそう言われた。

 ──その通りだ。

 嘲笑(あざわら)われ、馬鹿にされ、コケにされ、蔑まれ、正論の悪口を叩かれ、挙句(あげく)の果てに夢を否定された。

 その癖、勝負には堂々と負けた。

 これが彼の勝利。

 私は何が何だか分からなくなった。信念がなんなのか、目的がなんなのか、私と言う存在は何を意味して生まれてきたのか分からない。










 分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて分からなくて。

 ────挙句の果てに心が折れた。




 少し前の話。


 剣を取り出す。

 白銀に輝き、その輝きは絶える事の無い栄光を象徴(しょうちょう)した。


『聖剣カリバーン』


 剣を敵に向ける。


「倒すのですよ」


 そう一言呟く。

 彼は俯いて、小刻みに肩を震わせ笑う。

 何がおかしいのか、彼に問う。


「ウケるんだけど、何が「倒す」だよ少年漫画かよ」


 今度は天を仰いで腹を抱えて嗤う。


「まあ倒されてやってもいいぜ、どうせ負けるなら(いさぎ)く負けるって方がかっこいいじゃん」


 「気持ち悪」


 ニタニタと気色悪い笑みを浮かべこちらを見る。

 歪んだ顔の私を見てより一層深い笑みを宿す。


「いいねぇーその表情、堪んねーよ、俺が変人ってか? その通りだ否定しねーよ、それよりも肯定をしてやるよ、だってその通りだもの、誰よりも変わっていて、卑屈(ひくつ)で、卑怯(ひきょう)で、卑猥(ひわい)で、(ひが)んで、狂っていて、その上他人から見たら存在価値なんてその辺の糸くず以下だよ」


「そんでもって誰よりも弱い」


 そう一言付け足して言った。


「⋯⋯自己紹介は終わったのですか?」


「ああ、終わったぜぇ」


 私は彼の上半身と下半身を真っ二つにした。

 味っけの無い終わり方をした。


「これが貴方の実力なのですか?」


 亡骸に私はそう問う。


「そうさ、その通りさ!」


 ギョッとした、いや忘れていた、こいつが死霊(アンデッド)だということを。

 下半身から上半身が生えてきた。


「いやー見事見事、流石だねぇ」


「⋯⋯もう一度」


 私は剣を振りかざす。


「はい殺人罪」


 彼の思いがけない一言に私の手が止まる。

 彼は薄ら笑いを止めずに此方(こちら)に近づいてきた。


「どうしたんだ? ほら早く斬れよ、その剣で俺を」


 斬らないと分かっていてどんどん近づいて強気な発言をする。


「殺人罪だ、おや? さっき俺の事 躊躇(ちゅうちょ)無く殺してたのに罪を自覚したら斬れなくなるのか?」


 私にとって嫌な手を使ってくる。

 彼は攻撃の手を休めることは無かった。


「何でだ? 何でそれを自覚したら出来ないんだ? 怖いのか? 最初はどーとでもなかったのに怖いのか? その程度の意志で俺を倒すってか? ウケるんだけど」


 今度は顔の前で豪快に笑ってくれた。何かが私の中で切れ、無意識に彼を殴っていた。

 近くにあった建物まで飛ばされ鈍い音がした。

 然し、そんな目をあって尚笑っていたのだ。


「これで、暴行罪、傷害罪もプラスかな、おもしれーな」


 次の一撃が私は出すことが出来ない。


「ほら、もう何も出来なくなった」


 マジックを終えたかののように彼は軽く礼をした。

 歯痒い、何がかって全てだ。

 彼の行動がうざったらしく如何に私を馬鹿にしているのかが分かる。


「なんで攻撃してこないのですか?」


「ん?」


「今私は無防備なのですよ」


「そうだな」


「攻撃するのが道理なんじゃないのかですよ」


「ふむ、成程一理あるなー、でも俺はお前みたいになりたく無いんだよねぇ」


「っ⋯⋯」


 言葉が詰まった。


「ほら言い返せない、所詮そんなもんなんだよ」


 今度は笑わずに私を見据える。


「何が倒すだ? いや質問を変えよう、何を倒すんだ?」


「⋯⋯」


 畳み掛けられる。


「俺か? 俺ならさっきも言った通り何時でも倒されてやるよ、それがお前の目的なら、それでいいじゃねーか、(ただ)お前は罪を背負うがな」


「お前の夢みたいなの当ててやろうか? どーせ皆幸せになれればいいのにみたいなんだろ、無理だね、お前じゃ無理だ、何でか分かるか?」


「⋯⋯⋯⋯」


「罪を知らねーからだよ」


 ──私はただ突っ立ってる棒に成り果てた。

 そんな私を蔑むような目で見る。


「悪意を、憎悪を、憎しみも、嫌悪感も、何もかもを知らない、何もかも背負う気が無いから知らないんだ、それを嫌っているから、プラスの方向にしか目が行ってないから何も見えちゃいないんだよ、それで幸せに? コントでもやるつもりなら楽屋に行ってきな、お前が言ってんのはそんな事なんだよ、知ったふりをして、知った気になって、自分を肯定し続けて、周りを肯定しない、いずれ知るぜ、いや今知ったか、言い様のない悪意の前には勝ち負けなんて意味を成さない、それにお前の1番苦手なタイプなんだよ、良かったなー今それと出会えてて、もし生死を分ける勝負で出会ってたらお前確実に死んでたよ、良かったなー俺の生業が負けることにあって、負けずに済むぜ! お馬鹿ちゃん」


「⋯⋯るさい」


「んー? どーしたのかなー?」


 ふざけた顔を近づけて煽ってきた。


「うるさい!」


「逆切れとは恐れ入ったぞ」


 腹立たしかった、憎かった、ウザかった、死んで欲しかった言いくるめられてる自分がこんなにも醜いなんて、死んだ方がまっしだ。


「っ! いけぇ!」


 千を超える武器を射出する。

 彼を目がけその逆切れとも言える刃を彼に向ける。


「タガでも外れたか」


 そこに私の罪の意識はなかった、膨れ上がる怒りが爆発し、本能のままに八つ当たりをする。肉片1つも残す気にならない、二度と生き返れなくなるくないの攻撃をする。

 完全に狂っている、自分でそう理解はできる、でもそれでも抑えることは出来ない。

 悪意に屈する自分を許せない。それを理解してしまう自分が憎い。


「うらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 地面が崩れていく。割れて、落ちていく。

 それでも攻撃は止めない、いや止めたくない。それをしてしまったら私はあいつを認めてしまうって思ってしまうから、それが怖いから続ける。


「うらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 叫び、疲れ果てて武器を出す気力すら無くなった時には地面に原型などなく、そこは隕石でも落ちたかのように陥没していた。


「はあ、はぁ⋯⋯」


 腰でも抜かしたかのように地べたに座り込む。

 そして自分に言い聞かせる。

 ──私は悪くないと。

 何を言いくるめられている、夢や目標を持って何が悪い。それを否定されたからどうだって言うんだ、それでも自分にとってそれはそこに向かって突き進みたいと思うものなんだろ、なら恥じる必要も無いだろ。

 だから私はもう一度言い聞かせる。

 ──私は悪くないと。


「はぁ、理想の中でしか生きられねぇのかお前は?」


 現実に、少し前の自分に戻すような声がした。


「⋯⋯悪いのですか?」


「ああ悪いさ」


「それを抱いて何が悪いの?」


「現実に目を向けられなくなるんだよ、なら一つ問うぜ、お前は何人人を救ってきた?」


「分からない、でもそれでも自信を持って私は救えた人はいると断言できるのですよ」


「ふむ、そうかならそれの犠牲になった人は何人いる? そんでもってその犠牲者はお前の夢にそう形で死んでいったのか?」


「⋯⋯⋯⋯何が言いたいのですか?」


「小を救う為に多をを犠牲にする、これがお前のやり方だと俺は思う、違うか?」


「⋯⋯」


 犠牲は、今まで必要だと思っていた。

 夢の為にそれなりの犠牲は払うつもりだった、だが今言われてみればそれは夢に相反するものだと思った。


「気がついたか、そうだ矛盾してんだよお前のやり方は、いやこれ迄の世界のやり方は、主人公と呼ばれる奴は世界を救うとかどうとかほざくがその過程にどれだけの死体の山を築いて来たんだ? それを割り切って考える? それが救いなのか? それなら俺は余っ程悪の方がマシだと思ってるよ、だって最初から犠牲を払う為にやっているんだ、そっちの方が清々しいよ全く」


 ──自分の心に問を投げかけろ、皆手を取り合って仲良くなれる世界って作れるのかーって。

 問うまでも無い、無理だ。例え世界に100人しか居なくてその中の10人が悪なら人々はそれを排除しようとする。そして90人で手を取り合ってコザックダンスを踊るんだ。

 ────パキリ。

 どこからともなくヒビが入る音がした。


「な、無理だろ分かったか」


 コクリ、頷いた。

 ──なら良かった。と勝ち誇った笑みを浮かべた。


「俺の名前は「カン・バルーン」以後お見知り置きを」


「私の名はプレアなのですよ」


「⋯⋯覚えてたら覚えておくよ、さあ仕上げといこうか」


 そう言って両手を広げ、勝利の一言を発する。


「俺を殺せ」


 私は槍で彼の心臓を貫く。

 そのまま地面に彼は倒れた。


「ははっ、中々に楽しめたぜ」


 ────パキリ。

 何も感情が出てこなかった。


「あ、死ぬ前に言っといてやるよ」


 ────パキ、パキ、パキ。


「お前、何処からどう見ても敗北者の面構えだな」


 ────バキ。


 そしてこの物語は冒頭に戻る。




 崩れ落ちた、涙すら出なかった。

 私が何だか分からない、砕け散った心の破片を集めることすらする努力を怖がっていた。

 また直したら壊されるんじゃないか。

 壊されたらもう二度と立ち上がれない気がした。

 体が震えていた。このまま穴があったら入りたいとも思えた。


「ん? お! プレアじゃねーか!」


 元気な声がした、ハルの声だとは一瞬で分かったが私はそっちを向くことさえ出来なかった。

 ハルですら私は怖く思えた。


「おい、どうしたんだプレア?! なんて目してるんだよ!」


 死人のような目、今の私にピッタリの言葉だろう。


「おい! 返事をしてくれよ! なあプレア!」


 答えること、唇を動かす事も叶わなかった。

 目の前は真っ暗になり、頭は真っ白になった。そして世界が灰色に思えてきた。


「なあ頼む返事をしてくれよ⋯⋯!」


 ハルの少し啜り泣く声がする。

 それでも私は何も感情を抱かなかった、いや抱けなかった。

 普通ならどれだけ悔しいことか、でもそれすら感じられなかった。

 私の世界はここで幕を閉じた。

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